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八話 謝意

 お茶会が終わった後は落ち込んでいたメルディアだったが、馬車の中で振り返ってみれば、そこまで悪い内容では無かったのでは!? と思いなおしていた。


 けれど、反省すべき点は沢山あった。


 一つ目は遅刻。

 招待された場所に遅れて参上するなどあってはならないこと。

 運よく主催者であるマリア・ハルファスは許してくれたが、普通ならば追い返されていただろうと身震いをする。

 集合時間に間違いは無かった筈なので、もしかしたら後から訂正の手紙が届いていたのかもしれないと、手紙の整理を数日怠っていた事を今更ながら後悔をしていた。次回からはきちんと万全な状態で参加をしようと決意する。


 二つ目は会話に自分から参加出来なかった事。

 ドレスも、社交界で噂の殿方も、街で人気のお菓子も、深く把握をしなければと反省をする。

 これは分かっていた事で、メルディアも話題に乗り遅れないようにと事前に調べていたのだが、実際に話をするとなると令嬢達は感性で語り始めてしまったので、頭に叩き込んだだけの知識は何の役にも立たなかったのだ。

 興味の無いものを偽って話すのは無理がある。ここは聞き手に回るしかないのだな、と諦めた。


 三つ目は我慢出来なくなって公爵邸で泣いてしまった事。

 緊張から解放されたメルディアは、誰も居なくなった茶会の席で涙を流してしまった。

 しかも、それを侯爵家の令嬢に目撃されてしまったのである。


 二十を過ぎているのにも関わらず、子供のように泣きじゃくるメルディアを、侯爵令嬢・レイシェイラ・スノームは恥かしい人だと罵倒した。


(でも、その通りだわ)


 彼女は公爵夫人の姪で、今回のお茶会に招待をしてくれた張本人でもある。


(彼女は、まだ私よりも年下なのに、堂々としていて、完璧な貴婦人だわ)


 夜会でも一度その姿を見て、立ち姿から何から美しいと思っていた令嬢と同一人物だったとこの時になって思い出す。


(レイシェイラ様に手紙を出さなければ)


 お茶会に招待をしてくれたお礼に加え、心配して様子を見に来てくれたお礼を書かなければと頭の中を整理する。


 家に招くのは失礼だろうかとメルディアは考えていた。


(そういえば、また会ってくれるって言っていたわね)


 レイシェイラの言っていた「覚えていなさい!」を都合よく解釈したメルディアは、彼女との再会の可能性に少しだけ勇気付けられたように思っていた。


 ◇◇◇


 公爵家から屋敷に向かう馬車は、ユージィンの通う学士院の前を通る。

 帰宅時間なのか、歩道には多くの学生達が列を成して楽しそうに歩いていた。


 その中に、特別な存在が居たのを目敏く発見する。


(ユージィンだわ!)


 制服姿のユージィンは、何人かの男子生徒と共に歩いていた。他の生徒のような楽しそうな顔を見せる事は無く、いつもの無表情で居た。


(どこに居ても、ユージィンはユージィンなのね)


 そんな揺るがないユージィンを見ていたら、酷く心が痛むのを感じていた。


 先日、暴言を吐いてからまともに喋っていなかったし、謝罪も出来ていなかったのだ。


 近付けば甘えてしまう、離れたくなくなってしまう。


 そんな風に思っていたので、このまま嫌われた状態でも構わないと思っていたのに、現状は身が裂かれる程に苦しいのだ。


(あの日の言葉を謝って、お礼、お礼を言う位なら)


 今回はユージィンに言われていた事を実行出来たので、何とかベルンハルト家の矜持を保てたのだとメルディアは自らに言い聞かせていた。そのお礼を言う位ならば大丈夫だろうと、御者に声を掛けて馬車を止めさせ、窓を開けて幼馴染の名を叫んでいた。


「ユージィン!」


 メルディアが名を呼ぶと、ユージィンの黒い目は驚きで見開かれた。


 御者が出入り口を開き、ユージィンを招き入れる。今日はベルンハルト邸での仕事の日だったので、大人しくその流れに従って馬車の中へと入って来た。


「と、突然呼び止めて、ごめんなさいね」

「いえ、謝罪など不要です」

「……」


 ユージィンは素気無い言葉を吐き捨ててから、メルディアから視線を外し、斜め前の位置に腰を下ろす。

 夕刻の沈んでいく眩しい日差しを避ける為に窓のカーテンは閉められ、車内は薄暗い状態となっていた。


 メルディアは先ほどから何度も口を開いては閉ざし、という行動を何度も繰り返している。何を言っても「年下のくせに!」と傷つけてしまったユージィンには届かないことは分かっていたが、このままでは悲しいと、二人の思い出すらも記憶から蘇らせる度に辛くなるからと、自分自身を奮い立たせた。


「ユージ」

「メル、言いたいことがあるのですが」


 メルディアの渾身の勇気が篭った言葉は、ユージィンに遮られてしまった。


「な、何かしら?」

「このように、男と二人きりになってはいけないと、礼儀の先生に習いませんでしたか?」

「え?」


 ポカンとしているメルディアの隣に、ユージィンは移動をして来て腰掛ける。


「私が、幼い頃から知っているから、弟のように思っているのでしょうか?」

「い、いえ、あなたを、弟のように、思ったことは」

「ならば、何故、このような密室に招き入れた?」


 ユージィンはメルディアの髪を纏めているリボンを掴んで一気に引いた。

 緩く編んでいた三つ編みは、簡単にユージィンの指先で解かれてしまう。


 されるがままのメルディアを眺めながら、ユージィンは落胆をしたかのようなため息を吐く。


「メル、あなたは警戒心が足りない」

「い、いいえ。そ、そんな、こと、は」

「……このように、髪の毛を触る事すら許しているのに?」


 ユージィンはメルディアの髪をじっくりと触りながら、真っ赤になっている耳がよく見えるようにかき分ける。


 メルディアは、一切の抵抗を見せずに、目をぎゅっと瞑って大人しくしていた。


「メル」

「……」

「メルディア」


 メルディアは、このように追い詰められた状況にあったが、体が言う事を利かずに硬直するばかりだった。


 それ所か、名前を呼ばれて歓喜している事に気がつき、そんな自分を恥じていた。


 ユージィンの言う通り、いくら幼馴染とはいえ、嫁入り前の娘が男性と二人きりになるのは良くないことだ。使用人とでさえ、今の状況は許されていないとメルディアは本日何度目かも分からない反省をする。


 結婚前の異性との交流方法については良く理解しているつもりだったが、お茶会で疲労していた事もあり、更にはユージィンとの関係に深く悩んでいたメルディアは、判断能力が低下していたのだ。


「ち、違う、の」

「違う?」

「今日は、あなたに、謝りたくて」

「何度も言っていますが、使用人に謝罪は不要」

「違うわ!!」


 メルディアは隣に座るユージィンに視線を移し、まっすぐに見つめる。


「私は、ずっと謝りたかったの。あなたの為にではなくて、自分の為に」

「……」

「勝手な女でしょう? 自分の言った暴言に罪悪感を覚えたから、発言の責任を放棄して謝るなんて」

「メル、それは」

「ユージィンも、愛称で呼んでくれているのに、私の言葉は使用人のように跳ね返すなんて卑怯だわ。仕着せを着ていない時は、幼馴染の、私だけのユージィンで居てくれないの?」

「!!」


 メルディアに指摘をされて、ユージィンも言葉と行動の調和が取れていない事に気が付く。


「……それに、二人きりが平気なのも、髪の毛を触るのを許すのも、ユージィンだからなの。私、あなたの事を頼りない年下の男の人だと思ったことは一度もないわ。このままでは、何も出来ない状態で、一生あなたに甘えて生きなければならない事になるから、つい、強がってしまったのよ。ごめんなさいね」


 ユージィンは、膝に肘を付いた状態で頭を抱えていた。

 メルディアは立ち上がって、ユージィンの前にしゃがみ込む。


「あと、今日、私はあなたの言葉を思い出して、なんとかお茶会を乗り切る事が出来たわ。これは大きな一歩だと思っているの。だから、ありがとう」

「……」

「謝罪とお礼をしたいのだけれど、何かあるかしら?」


 ユージィンはハッと我に返り、膝を着いて座っているメルディアを引き上げて座らせると、先ほど言われた言葉を思い出して、深いため息を吐き出した。


「ユージィン?」

「……」

「あ、今、じゃなくてもいいの、よ」

「いえ、今、戴きます」

「え、ええ、どうぞ?」


 じいっと見つめられて、メルディアは落ち着かない気分になる。


「頬に口付けを」

「え!?」


 驚きの言葉を発するのと同時に、メルディアの頬にユージィンの唇が押し付けられた。


(――口付け、される方なの!?)


 メルディアは自分がするものだとばかり思っていたので、まさかの行動に混乱状態となる。


「ありがとうございました」

「……」


 そして、何事も無かったかのようにユージィンは顔を離し、お礼を述べた。


 メルディアは、口付けをされた場所から火が噴いているのではと思う位に熱くなっている頬を、手で強く押さえながら帰宅をする事となった。


 ◇◇◇


 早く仕事を切り上げて帰ったベルンハルト家の当主・アルフォンソは、久々に娘と二人で夕食を摂る事となった。


 実を言えば心配だったのだ。

 今日は公爵家のお茶会に招待をされたというので泣いて帰って来るのでは!? と考えていた。


 ところが、問題の娘はぽわんと上の空の様子を見せ、落ち込んだような表情は見せていない。


 そして、まるで酩酊をしたかのような様子で、給仕をするユージィンの姿を視線で追っていたのだ。


 二人の間で何かがあったのは、鈍い中年にも分かりやすい状態になっていた。


 ここ数日、娘が落ち込んでいるのに何も出来ない自分を不甲斐無く思っていたが、今の状況も面白いものでは無かった。


(骨抜きにしよって!!)


 何事も無かったかのように涼しい顔で食事の世話をするユージィンを、アルフォンソは睨み付けた。その視線に気がついたユージィンは、切り分けていた肉を主人の皿に装う。


 別に追加の肉を要求する視線では無かったが、八つ当たりするかのようにフォークで刺すと、乱暴に口の中へと運んだ。


 傍で食後の果実酒を杯へ注いているユージィンへ、アルフォンソは呪詛のような言葉を呟く。


「……責任を、取って貰うからな」

「はい?」


 アルフォンソの発言は早口で、かつ低い声色だったので、ユージィンには聞き取れなかったのだ。


 娘の熱い視線に見ない振りを続けるユージィンを鋭い目で睨みつけ、手に持ったままとなっている果実酒を奪い取り、アルフォンソは一気に呷る。


 本日も、アルフォンソの悩みは解決の一途を辿る事は無かった。

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