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七話 茶会

 メルディアは母親の知り合いに頼んで何度かお茶会に参加をした。

 ところが、何回行っても馴染めないという無惨な結果になっていたのだ。


 若い令嬢が募って行われる集まりは、愉快なお喋りと美味しいお菓子を楽しむ場でもある。が、社交界での情報も行き交うという、女たちの戦いの場でもあるのだ。


 しかしながら、今回は優しい令嬢たちに囲まれた状態でのお茶会だったが、メルディアは緊張で味のしないお菓子を頬張り、紅茶の入ったカップとソーサーを掴めば、手が震えてカチャカチャと音を立てているという、残念な様子を見せるばかりだった。


 令嬢たちは赤子をあやすような気持ちでメルディアに接したが、当の本人の警戒心が薄まらず、距離を縮めることに至らなかった。


 そして、時間は残酷にも過ぎていき、ハルファス公爵夫人主催のお茶会当日を迎えてしまう。


 メルディアはなるべく目立たない服装や化粧、髪型をするように使用人に頼み、時間に余裕を持って出掛けた。


 ◇◇◇


 同時刻。

 ハルファス公爵の庭園では、美しい令嬢達が楽しそうに歓談をしていた。

 大きな机に九つある椅子は一つだけ空となっている。


「――それにしても、ベルンハルト様はどうなさったのでしょうか?」

「ええ、心配だわ」


 ハルファス夫人の近くに座る美貌の侯爵令嬢、レイシェイラ・スノームは憂いの表情を浮かべ、気にかけるような言葉を発していたが、内心では高笑いをしたい自分を必死に押し隠していたのだ。


 メルセデス・ベルンハルトに招待状を出したのはレイシェイラだ。

 底意地の悪い侯爵令嬢は、お茶会の開始時間を一時間遅く書いて出したのだ。


(お茶会に遅れて来たメルディア・ベルンハルトは、どんな表情を見せて頂けるのかしら?)


 目の前にある、メルディアの為に用意された紅茶が冷えきる様子を眺めながら、レイシェイラは悪辣な笑みを湛える口許を扇で覆い隠した。


 ◇◇◇


「――え?」


 メルディアは公爵家の執事の言葉を信じ難いと言わんばかりの表情で聞き返す。


 しかし、二度目に聞いた内容も一度目と変わらず。


 ――お茶会は一時間も前に始まっております。どうか、お急ぎ下さい。


 早足で歩く執事の後を追うメルディアは、どうしてこのような事態になっているのだと自問を繰り返していた。


 招待状は何度も読み返し、時間や場所も間違えが無いようにしていたのだ。


(なんで、なんで、こんな事に!?)


 既に泣き出しそうになっていたが、歯を食いしばって必死で堪える。


 しばらく廊下を進むと、大きな窓から庭園の中へと案内された。


 庭園には無数の美しい薔薇の花が咲き乱れていたが、メルディアに楽しむ余裕など無かった。


 そして、お茶会が行われる場所へ到着してしまう。

 メルディアの到着を告げる執事の声が、頭の中にガンガンと響き渡り、目眩を覚えるような感覚に陥っていた。


 顔を上げなくても分かる。ハルファス夫人の責めるような視線が、令嬢達の批難するかのような視線が。


(ま、また、やって、しまったわ)


 目頭がカッと熱くなるのを感じている。


(もう、消えて無くなってしまいたい!!)


 メルディア自身の失敗か、それとも招待をしてくれた令嬢の失敗か。混乱した頭の中では、冷静な考えなど出来る訳も無く、ただただ俯く事しか出来なかった。


(ユージィン、私、全然駄目だったわ)


 完璧なお嬢様になる筈だったのに、この結果は情けない以外に表し様が無い。


「如何なさって? メルディア・ベルンハルト。遅刻をしてまでも来るなんて、具合でも悪いのかしら?」

「!!」


 ハルファス夫人の突き刺さるような冷たい一言で、メルディアはユージィンから言われていた言葉を思い出す。


 ――何かを言われて俯くようでは、相手が調子に乗ってしまう。更には付け入る隙にもなります。


 メルディアは、このままではいけないと自らを奮い起たせ、恐る恐る顔を上げた。


 目の前には、不機嫌顔のハルファス公爵夫人と、批難をするかのような表情を扇で隠す令嬢達。


(胸を、張らなければ)


 ドクドクと高鳴る胸を押さえながら、メルディアは公爵夫人に向かって膝を深く折る。


「参上が遅れまして、申し訳ありませんでした」

「別に構わないのだけれど、何か、理由があるのかしら?」

「……楽しみにする余り、時間を正確に把握するのを疎かにしてしまいました」


 メルディアは膝を折って、頭を垂れる体勢のまま、ハキハキと質問に答える。目線が合っていなかったので、はっきり言い切る事が出来たのかもしれないと、心の中で不思議と冷静に考えていた。


「もういいわ。目障りだから、席についてちょうだい」

「ありがとう、ございます」


 メルディアは再び頭を下げて、侍女が引いた椅子に座る。


 額には汗が吹き出し、心臓も一向に落ち着かない状態を保っていたが、何事も無かったかのように装っていた。


 噎せ返るような薔薇の香りに包まれた庭園の中で、楽しいお茶会は再開となる。


 優雅な貴婦人が夢中になる話題といえば、流行りのドレスに、見目の良い貴公子の話、身に着けている宝飾品に、街で話題のお菓子など。残念ながら、どれもメルディアには興味の無いものばかりで、眠気をも誘い込む話であった。


「レイシェイラ様の首飾りも素晴らしいですわ」


 どこぞの令嬢の一人が、宝飾品の話題になったので、レイシェイラの着けている大粒の青い宝石が嵌め込まれた首飾りを誉め称える。


「いえ、こんな小粒の首飾り。ハイデアデルンイチの宝石商である、ベルンハルト商会のメルディア様の前で着けるには、恥ずかしいものですわ」

「!!」


 レイシェイラの謙遜の言葉と共に、皆の視線が一気にメルディアに集まる。


 メルディアは平然とした表情を見せながら、穴があったらそこに隠れたいと願っていた。


「メルディア様、今までで一番素晴らしい宝石の贈り物のお話を教えて下さらない?」

「わたくしも興味があるわ」

「天下のベルンハルト商会ですもの。きっとわたくし達の想像を遥かに超える品なのでしょうね」

「……」


 レイシェイラの言葉に続くように繰り出された令嬢達の質問責めに、メルディアの表情が一瞬で強張る。


「メルディア様、どうかなさいましたの?」

「そう言えば、今日は宝石品を着けていませんのね」

「お綺麗な方だから、自らを飾る必要はないのよ、きっと」


 令嬢らの遠慮の無い言葉を聞きながら、背中に嫌な汗が伝っていくのを感じていた。


(……なんて返事をしていいのか、全く分からないわ。それに、宝石の贈り物なんて、一度も)


 メルディアが父親から誕生日に貰う品は、宝飾類ではない。


(うさぎのぬいぐるみを貰って喜んでいるなんて、絶対に恥ずかしくて言える訳ないわ)


 昨年の誕生日には、父親からはうさぎのぬいぐるみを貰い、母親からはうさぎの筆入れ、兄からは異国で買ってきたという香水を貰った。


 ぬいぐるみはメルディアが生まれた時に父親が二十年分予約をしてあったもので、毎年それを楽しみにしていたのだ。


 他所行きの服装に合わせる宝飾類は全て母親の品で、メルディアは宝石があしらわれるような高価な飾り物は一つも所持していない。

 

「教えて頂けるかしら、メルディア・ベルンハルト。素晴らしい、至宝とも呼ばれる、宝石のお話を。それ位ご存知よね? ベルンハルト商会は、一流の商品を取り扱っているのですから」

「……」


 ハルファス公爵夫人に質問され、メルディアは息を呑む。彼女には、宝石の知識など欠片も無かったかのだ。


 見つめ合う公爵夫人とメルディアの二人を見ながら、歓喜に震える者が居た。


 言わずもがな、メルディアにお茶会の間違った開始時間を記して送り、かつ、今のこの状況を作り出した本人、レイシェイラ嬢だ。


(遂に、遂に、メルディア・ベルンハルトの鉄の顔面が歪みましたわ!)


 公爵夫人に対峙するメルディアは、眉尻が下がり、困ったような表情で言葉に詰まっているように見える。


(ウフフ、そろそろ助けてあげましょうか、それともまだこの状況を楽しむべきか)


 レイシェイラがそんな事を考えていると、思いもよらない話が、メルディアの口から語られる。


「父と母の、新婚旅行の話ですが」

「あなたのご両親?」

「はい」


 メルディアは一つだけ母親から聞いた至宝の思い出話があったので、それをか細い声で語り出した。


「二十年以上も前、新婚旅行に出掛けた両親は、船で移動をしておりまして、その時に、今までの人生の中で一番の宝を見たと言ってました」

「見た、と言うことは、手に入らなかったのかしら?」

「はい。それは、人の手では掴めない宝だったのです」

「?」


 メルディアの両親が見た宝とは、夜空に瞬く満天の星空だった。

 ハイデアデルン国の夜空は厚い雲に覆われているので、明るい星しか見えない。なので余計に珍しい星空を、尊い物として眺めてしまったと母親が語っていた事を、メルディアは記憶の底から思い出しながら話した。


「まあ、素敵ね」


 ポツリと公爵夫人は呟く。


 それに続いて他の令嬢達も、メルディアの話を絶賛し始めた。


 その中でキョトンとしていたのは、レイシェイラ一人だけだった。


 それから一時間後にお茶会はお開きとなった。

 公爵夫人に急ぎの客人が来たようで、主催者が一番に席を離れる事となる。


 メルディアはやっと終わったと安堵の息を吐くのを我慢しながら、立ち上がって公爵夫人に礼をする。


「メルディア・ベルンハルト」

「は、はい!」

「あなたの話はなかなか新鮮だったわ。また、話しましょう」

「ありがとう、ございます」


 なんとか嫌われる、という事態は回避したのだな、とメルディアはこの時になって知った。


 ◇◇◇


(こんな筈では、ありませんでしたのに!!)


 一人、心の中で憤怒を露にしているのは、本日のお茶会での目論見が外れてしまったレイシェイラ嬢だ。

 他の参加者と共に庭園を抜けて、公爵家の廊下を歩いている間も、湧き上がる怒りが治まらずに、持て余していた。

 

 くだんのメルディア嬢は居ない。しばらく庭を眺めてから帰ると言って、一緒に帰る事を辞したのだ。


「でも、メルディア様は意外な御方でしたわね」

「ええ、案外穏やかな方ですのね」


 令嬢達のお喋りを聞きながら、レイシェイラは舌打ちを我慢するが、顔が醜く歪んでいくのは止められ無かった。その凶相を素早く自覚して扇で隠す。


(どうして、このような結果に!!)


 ギリ、と奥歯を噛み締めつつ、悔しい気持ちを抑え込む。


(――この感情を、家に持ち帰ってはいけない)


 レイシェイラはくるりと踵を返す。


「レイシェイラ様?」

「庭園に、忘れ物をしたようですわ」

「まあ!」

「とても、大切なものだから、今から探しに行って来ますわね」


 心配そうに取り囲んでいた令嬢達を振り返りもせずに、レイシェイラは庭園までの道を早足で歩いて行く。


(一言、物申さなければ!!)


 レイシェイラは、メルディアに嫌味の一つでも言って泣かせてやろうと考えていた。

 今日の感じを見る限り、メルディアは強気な性格では無いという事が分かっていたので、気晴らしをしようと思い至った訳だ。


 薔薇と薔薇の苗木の間をすり抜け、机と椅子が置かれた広場へ辿り着く。


「メルディア! メルディア・ベルンハルト!」


 レイシェイラはメルディアの黒い頭が見えた途端に自然と名前を叫んでいた。


「――!?」


 さあ、泣かせてやろうか! と意気込みながら近付いたのに、メルディア・ベルンハルトは既に眦から大粒の涙を流していたのだ。


「あ、あなた、なんで、泣いていますの?」

「!!」


 今になってレイシェイラの存在に気が付いたメルディアは、慌てて涙を拭うも止まらないので、さっとハンカチで顔を隠す。


 レイシェイラはメルディアの近くに寄り、ハンカチを奪い取った。


「!?」

「質問に、答えて頂けます?」

「……」

「メルディア・ベルンハルト!!」


 耳元で名を叫べば、ビクリとメルディアの体が震えた。


 自分よりも年上の、しかもとびきりの美人がレイシェイラの言葉に脅え、顔を真っ赤に染めている様子を見ていると、今までの苛立ちが消えて、自分の中にある筈も無い嗜虐心が満たされるような気分になった。


 レイシェイラは調子に乗って、更なる攻撃的な言葉をメルディアなぶつける。


「言葉も余りご存知無いのかしら!?」

「あ、あの、その、ご、ごめんなさい」

「謝ってないで、教えて頂けるかしら、何故泣いているのかを」

「そ、それ、は、自分が、情け、なくて」

「はあ!?」

「せ、折角、誘って、頂けた、の、のに、時間は、守れない、し、上手く、会話も、出来なくて」

「……」

「いつも、き、緊張を、して、何も、話せなく、なって」


 それ以上の言葉は詰まってしまって出てこなかった。レイシェイラは、メルディアの至極残念な様子を眺めている途中に正気に返り、自らの目的を思い出して頭を抱える。


(わ、わたくしは、こんな、こんな、ポンコツ相手に、醜い嫉妬をしていたなんて!!)


「いい大人が幼子の様に泣いて、みっともありませんわ!!」

「ひっ、ご、ごめ」

「お黙りになって!!」


 レイシェイラの叫びと同時に、薔薇の花の苗木の影から、盆を地面に落とす音が響き渡った。


「誰ですの!?」


 苗木の前から、誰かが走り去る足音が聞こえた。


(まさか、今までの会話を!?)


 苗木の傍に居たのは使用人だろうが、二人の会話が噂になれば不味い事態になると、レイシェイラは青ざめながら考える。


 メルディアとの事はまた次の機会にと考え、その場を後にするように決める。


「メルディア・ベルンハルト!! 覚えていなさい!!」


 そう叫んで、話を立ち聞きしていた使用人を追った。

 

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