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成金令嬢物語  作者: 江本マシメサ
番外編
29/30

二十九話 出帆

 ユージィンが王城の文官になって働き始めてから二年の月日が経っていた。

 先日言い渡された昇給を機に、メルディアを籍に入れる事を決意する。


 ユージィンの実家で花嫁修業をしていたメルディアは、涙を流して喜んだ。

 彼女の二年間にも及ぶ長い家事習得も、数日前に終わっていたのだ。


 まずはメルディアの父親であるアルフォンソ・ベルンハルトに許しを貰い、その後に両親へ結婚の報告をした。


 婚姻届けには証人が二名以上必要となる。

 一人目はユージィンの父親が署名をしてくれた。

 もう一人はメルディアの父親に頼もうという事で話が纏まる。


 それから数日後、ユージィンは単独でベルンハルト家を訪れていた。


「お忙しい所、お時間を頂き、感謝を」

「いや、構わんよ」


 ユージィンとアルフォンソの二人が、居間で向かい合って座っている。

 今まで主人として仕えていたので、同じ目線の高さに義理の父親となるアルフォンソが居る事を不思議に思っていた。


 因みにメルディアは出掛ける用事があると言って、一緒に来ることは出来なかった。

 結婚式を間近に控えているので、花嫁はなにかと忙しい毎日を送っているのだ。


「まさかメルディアが小さい頃に絵本を読み聞かせていた相手と結婚するとは思わなかったな」

「私も、結婚を許して頂けるとは思いませんでした」

「全く、不思議な縁だよ」

「ええ、本当に」


 二人とも口数が少ないので、沈黙が続く時間も長かったが、かつては主従関係だったユージィンとアルフォンソが静かな空間を共有する事は珍しい事ではなかった。故に、部屋の中には気まずい空気など欠片も無い。


 そんな沈黙を破ったのは、アルフォンソだった。


「今だから言える話だが」

「?」

「私はお前にベルンハルト商会を譲ろうかと思っていた」

「!!」


 ユージィンは十五歳の時からベルンハルト家の小間使いとして働き始めた。

 物覚えが良く、様々な仕事を器用にこなすという周囲の評価を聞いて、アルフォンソ付きの小間使いへと昇格させた。


 傍に置いていると、ユージィンの能力が手に取るように分かり、普通は小間使いがする仕事ではない、簡単な書類関係の仕事も頼むようになった。


 ユージィンの通っている学士院には、ベルンハルト商会も援助をしている。筆頭支援者として度々学校の行事に呼ばれていたが、参加をするのは一年に一度と決めていた。

 そんな中で学士院を訪れていたアルフォンソは、学長にユージィンの成績を閲覧したいと頼み込む。


 見せてもらった資料に目を通せば、予想通り成績のほとんどが【優良】で、生活態度も学徒の見本となる優等生だと学長も話していた。


 彼ならば、娘とベルンハルト商会を任せても大丈夫なのでは? という考えが浮かんでくる。


「まあ、そういう下心もあって、お前には将来を考えて特別厳しく接してしまった。本当に申し訳ないと思っている」

「いえ、そのようにお考え頂いていたなんて、光栄です。それに、教えて頂いた事は、今の職場でも役立っています。礼を言わなければならない位です」

「それならば良かったが」


 その当時のジルヴィオは、商会を任せられる程の器は無いとアルフォンソは見ていた。

 彼の穏やかな性格を捻じ曲げる事件があったのかもしれないが、それが何かは耳には入ってこなかった。


 投げやりな商売をし、売り上げがあれば何をしてもいいだろうという態度が気に食わなかったアルフォンソは、顔を合わせる度にジルヴィオと喧嘩をしており、商会は継がせないと吐き捨てていた。


 そんな中でユージィンの才能を見出し、多大な期待を掛けていたのだ。


「その二年後だったか、お前の将来進みたい道を聞いたのは」

「そうですね」


 学士院卒業の二年前に就職先の斡旋が始まる。

 アルフォンソはユージィンが学士院で希望を出す前に、今後の話をしておこうと話し合いの場を設けたのだ。


 そして、その中でユージィンは城に仕える文官になりたいと、強く希望していた。

 まっすぐな視線を向けながら将来について語る若者に、アルフォンソは自分の商会を継いでくれ、とは言えなかったのである。


「まあ、でも、お前がその道を選んでくれて、本当に良かったと、今では思っている」


 その頃からだった。社交界に出始めたメルディアの悪評が流れ始めたのは。


 アルフォンソはすぐに夜会会場でいつもの病気ひとみしりが出たのだな、と気付いていた。


「娘は、社交界の適用力に欠けていた。とても、ベルンハルト商会の長の妻を務める事は出来なかっただろう」


 宝石を取り扱っているベルンハルト商会の主な客層は貴族の女性だ。

 商会長の妻となる女性は夜会に宝石を纏って宣伝活動をしなければならないし、顧客との深い付き合いもしなければならない。


 メルディアは、そのどれもを苦手としていたのだ。


「不器用で不束ふつつかな娘ではあるが、未来永劫、大切にしてくれると私も救われる」

「ええ、お約束を致します」


 それから婚姻届けの証人の署名をしようと万年筆を取る。


「……」

「眼鏡を、お持ちいたしましょうか?」

「ああ、頼む」

「場所はいつもの引き出しで?」

「そうだな」


 アルフォンソは机の鍵を渡し、眼鏡の到着を待つ。


 腕を組んで偉そうに待っていたが、その数秒後にユージィンを使用人のように使ってしまったと気が付いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 ◇◇◇


 その後、ユージィンはベルンハルト邸を後にする。

 アルフォンソは昼食に誘ったが、昼から仕事だと言うので、またの機会となった。


 そんなユージィンと入れ替わりにしてやって来たのは、こそこそと行動をする怪しい母子。メルセデスとメルディアだった。


 メルセデスの私室に辿り着いて、手にしていた白い布を広げる。


「……」

「……」


 驚きの白さを見せるそれは、娘が母親と二人で【少しの幸せ】という意味のある花を刺繍するという、ハイデアデルンでは花嫁道具の一つとされる机掛けだった。


 その一つの幸せの意味する花を布地いっぱいに縫って、結婚生活に沢山の幸せが訪れるようにという願いを込めて作るものだが、花は一つも白い布に咲いていなかった。


 結婚式の準備は、婚約期間であった二年間でちょこちょこと進められていた。

 この、机賭けの刺繍も、少しずつではあるが進めていたのに、完成間近の作品をメルセデスの母親に見せたら「これは無いわー」と言われてしまったので、最初から作り直しとなったのだ。


 それが数日前の話。


 結婚式はすでに迫っていて、他にもする事は山のようにあるので、机掛けに時間を割いている暇はなく、メルセデスの母親にも手伝って貰おうと実家に頼みに行った。が、つい何日か前に母親は趣味の庭弄りをしている途中に手を負傷してしまったので、針仕事が困難となっていたのだ。


 メルセデスもメルディアも驚く程不器用で、この短い期間ではとても間に合わないと表情を互いに曇らせる。


「メルディア。レイシェイラに正直に言いましょう」

「そ、そんな、お、怒られてしまいます」

「怒られましょう。彼女の力がないと、とても間に合いません」

「……」


 手先が不器用な母子は、裁縫が得意なレイシェイラに泣きついた。


 ◇◇◇


「――信じられませんわ!!」


 一年前、ジルヴィオと結婚をしたレイシェイラは、凄まじい表情でメルセデスとメルディアに詰め寄っていた。


 怒られている二人はしゅん、としている。


 しかしながら、こうしている暇も惜しいと言ったレイシェイラの行動は早かった。

 メルセデスとメルディアに刺繍の指導をしながら、驚きの速さで青の花模様を縫っていく。


 そんな中で、長時間部屋に閉じ篭っている家族を不審に思ったアルフォンソが部屋を覗きに来たが、輝かんばかりの笑顔を浮かべるレイシェイラに捕まってしまった。


「お義父様、いい所にいらっしゃいました」

「なんだ?」


 長椅子のレイシェイラの隣をポンポンと叩かれたので素直に座れば、がっしりを腕を取られ、一枚の紙を押し付けられた。


「なんだ、これは?」

「作っているのは家族で作る伝統のある、花嫁道具の机掛けで、その紙はお花の完成図ですの」

「は?」


 紙に書かれていたのは、刺繍してある花模様を拡大した製図だ。細かく番号が振っており、その順番通りに針を通せば幸せの花が完成する。


「お義父様も手伝って下さいませ」

「な、なんだと!?」

「このままでは間に合いませんの。刺繍は子供でも出来る簡単なものですわ」


 子供でも出来る簡単な刺繍に戸惑っている二人をレイシェイラは指差し、このままでは期日内の完成は絶望的だと告げた。


 観念したアルフォンソは深いため息を付きながら、差し出された針と糸を取る。


「……クソ、手元が少しも見えん!!」

「誰か!! お義父様に老眼鏡を!!」


 レイシェイラが周囲でオロオロとしている使用人に命令をする。


 初めての刺繍に挑戦をしたアルフォンソは、意外にも器用な手先を見せていた。


「全く、六十を過ぎたジジイに、なんてことをやらすんだ!!」

「お義父様、お口ではなく手先を動かしてくださいな」

「……」


 こうして様々な人達を巻き込んで、なんとか机掛けは完成をした。


 ◇◇◇  


 そして、結婚式の前日。


「ふえええええ!!」

「ちょ、おま、何で俺の顔を見るなり泣きだすんだよ!!」


 騎士学校を卒業し、従騎士となったエドガーは、街の巡回に家の近くの担当を任されたので、休憩時間になってから食料でも漁りに行こうと帰って来ていた。


 が、食卓の椅子に一人で座っていたエドガーの妹・リュファが、兄の顔を見た途端に泣き始めたのだ。


「なんだよ!! 俺、何かしたか!?」

「ふえええええん!!」


 残念ながらリュファからの回答は無い。


 どうしてこうなったのだと頭を抱えていると、結婚式の最終打ち合わせに行っていた母親と義姉が帰宅をして来た。


「あ、あれ?」

「まあ!」


 号泣するリュファに、立ち尽くすエドガーを見て、また泣かせたのか、という非難と困惑・二通りの視線を向ける。


「リュファ、また食べ物取られたの?」

「と、盗ってねえし!!」


 母親がリュファに優しく問い掛けるが、反応は別の方向から返って来る。


「リュファ、どうして泣いているのか、お母さんに教えて?」

「うううう」

「リュファ?」

「……お、お兄ちゃんが、メルお姉ちゃんを、も、持って、行っちゃう、の」

「ん?」

「み、みんなの、メルお姉ちゃんなのに、あ、明日、お兄ちゃんが、持って、行っちゃう」

「あらら、そういうこと」


 リュファは明日の結婚式を憂いでいた。


 この二年間、リュファは毎日メルディアにべったりだった。


 一緒に本を読んだり、勉強を見て貰ったり、お菓子を作ったり、買い物に行ったり、夜、一つの布団で寄り添って眠ったり。


 本当の姉妹のように共に在ったので、明日から居なくなる事を考えたら、悲しくなってしまったのだ。


「リュファ」

「メルお姉ちゃん、寂しい、寂しいよお」

「……」


 リュファもメルディアが幸せになりに行くのは分かっている。だから、今日まで我慢をしていたのだ。


 なのに、何故かエドガーの姿を見たら涙が溢れて来て、ついには泣いてしまった。


「リュファ、お前、俺が家を出て行くときは涙の一滴も流さなかった癖に」


 そんなエドガーの呟きは綺麗に無視される。


「リュファ、少し、お部屋で話をしましょう」

「ん?」


 メルディアは九歳にしては小柄のリュファを抱き上げ、二階へ上がる。


 リュファを布団の上に下して、寝台を置いた位置の壁側にある窓を開いた。


 夜空はあいにくの曇天。

 星はほとんど出ていない。


「リュファ、あの星の名前、覚えているかしら?」

「宵の明星、幸せの星?」

「ええ、そう」


 二人で読んだ本の中に、星の物語があった。その中に宵の明星も出てきて、夜になったらあれがそうだと、メルディアが指を差して教えたのだ。


「ユージィンがね、私に素敵な贈り物をしてくれたの」


 メルディアは両手の人差し指と親指をくっつけて、四角い枠を作る。


「これはね、宝石箱なのですって」

「?」


 首を傾げているリュファの隣で、メルディアは宝石箱を天に向かって伸ばし、夜空の一番星を手で作った四角い枠で囲んだ。


「お兄ちゃんは、お星様の宝石をくれたのね?」

「そう。これを手にしたら、幸せになれるから、って」


 そして、その手を下したメルディアは、リュファの小さな両手を握る。


「このお星様は、リュファにあげるわ」

「!!」

「私は幸せになれたから、今度はリュファの番」

「メル、お姉、ちゃん……!!」


 メルディアは静かに肩を震わせるリュファを抱きしめた。


「私は遠くに行く訳でも無いし、リュファが寂しい時は、いつでも駆けつけるわ。それに、ユージィンの家にも遊びに来てくれたら嬉しいし、私もここに遊びに来ます。リュファは、世界一可愛い妹ですもの、毎日でも会いたいわ」


 その言葉を聞いて、リュファは再びわっと泣き出す。


 メルディアは昔の自分を見ているようで、複雑な気分となってしまう。


 そんな姉の様子に気が付いたリュファは、違うの、と言って首を振った。


「メルお姉ちゃん、これは、嬉しい、涙」

「え?」

「お星様、ありがとう。わたしも、メルお姉ちゃん、みたいに、幸せを、掴みに、行くよ」


 リュファを話を聞きながら、幸せは来るのを待つのではなく、自分で掴みに行くモノだと気付かされたメルディアであった。


 ◇◇◇

 結婚式当日。

 貸し切りとなった礼拝堂は、祝福の声で包まれていた。


 中心に居る花嫁とその夫は、幸せそうな笑みを浮かべている。



 こうして、成金商家で育った娘は、これ以上に無い果報を手に入れた。


 そして、この物語もめでたし、めでたし、で幕を閉じる。


 成金令嬢物語・番外編 完。


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