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成金令嬢物語  作者: 江本マシメサ
番外編
28/30

二十八話 家族

 メルディアは、荷物を鞄一つに纏めて、長年育ってきた家を出る。


 十九体のうさぎのぬいぐるみは、ベルンハルト家に置いてきた。


 ユージィンの家までは乗り合いの辻馬車で行き、そこからは出迎えがあった。


「あれ? メルちゃん、荷物それだけなの?」

「はい」


 馬車乗り場にメルディアを迎えに来ていたのは、ユージィンの母親だった。今日は他の家族は全員不在で、手の空いているのは彼女だけだったらしい。


 家までの道のりを、お喋りしながら歩く。


「もうねえ、リュファが喜んじゃって大変でね」

「私も嬉しいです」


 リュファ・ザン。

 ユージィンの十一歳年下の妹だ。

 一度、人見知り克服の為に紹介された後も、何度か屋敷に呼んでお茶会をしたり、本を読んだりと、七歳児であるリュファと真面目に交流をしていた。

 二人はすっかり仲良しで、求婚を受ける数日前にはお泊り会なども計画していた程だ。


 メルディアはリュファに会ったばかりであったが、再会を楽しみにしていた。

 普段から妹のように思っていた娘である。今度からは本当の妹になるのだと思うと、嬉しさが込み上げて来ていた。


 馬車乗り場からしばらく歩いて行くと、二階建てのザン家に到着をする。


「狭いお家ですが」

「いえいえ」

「まだ、住宅の借金が五年、残っておりますの」

「ユージィンのお父さん、頑張っているのですね」

「ええ、もう」


 家の中へ入っても世間話は止まらない。

 ユージィンの母親は明るく、接しやすい人物であった。


 メルディアの荷物は二階へ持ち込まれる。

 案内されたのはユージィンの部屋だ。


「ちょっと、と、いうか、かなり、本が多くて、狭いけど」

「わあ」


 ユージィンの私室がメルディアの個人部屋となる訳だったが、出入り口の扉と学習机・寝台を寄せている以外の壁は全て本棚と本で埋め尽くされている。


「もうねえ、ずっと本で家が沈んじゃうよお、って言ってたんだけど、年々増える一方で、売ったりあげたりもしているみたいだけど、この現状を見たら本当に!? ってなるよねえ」

「ふふ、ユージィンらしいお部屋です」


 それからメルディアは部屋に一人残され、荷物の整理をする事となる。


 収納は全て寝台の下にある物入れの中だ。

 服などは必要最低限だけ持ち出す様にしている。いつも着ているようなレースたっぷりの華美な服装は、この辺で着るとどうしても目出ってしまうからだ。


 寝台の下には三つの収納箱があり、服は一つ目の入れ物を満たすだけであった。

 後日、服などを買いに行かなければならないな、と考えつつも、鞄の中身を空にする作業を進める。


 空になった鞄は本棚と寝台の隙間に詰め、なんとか自分の部屋が完成をする。

 と、言っても、部屋の見た目にはあまり変わりは無い。変更点と言えば、学習机の上にあった空の本棚に、ユージィンから過去に誕生日の贈り物として貰った本を詰めた位か。


 少しだけ緊張をしているので、それを解そうと寝台に座って寝転がった。


 布団からは、日の光の下で干していたかのような暖かな匂いがしている。


(ユージィンの香りも少しだけする)


 他人が使っていた布団に寝そべる事は初めてだったので、なんだか恥ずかしいような気分になっていた。


 少しだけ寝台の上でうつらうつらとしていると、扉が元気良く叩かれる。


「メルちゃーん、終わった?」

「!!」

「あら? 疲れちゃった?」

「い、いいえ!! 大丈夫、大丈夫です!!」


 メルディアはガバリ、と勢い良く起き上がって乱れた髪の毛を整える。


 疲れている訳では無かったが、布団からユージィンの香りがして、落ち着いた状態となったので眠たくなった、とはとても言えなかった。


 心配されていたので、それを誤魔化すかのように、話題を別のものへと移す。


「そ、それにしても、エドガーさんには悪かったですね」

「ああ、いいのいいの! メルちゃん来なくても追い出す予定だったから」

「そう、だったのですね」

「ええ! 気にしないでね」


 エドガー・ザン。

 ユージィンの四つ年下の弟で、現在騎士学校に通っている思春期真っ只中の少年だ。


 この度、メルディアが家に来るという事で自宅を追い出され、騎士達が生活をする公舎に引越しを余儀なくされた不憫な男でもあった。


 申し訳なさそうなメルディアに、ユージィンの母は当初から追い出す計画があったと話す。


 なんでも、先日行われた講師と親の面談会で、エドガーは座学の時間はほとんど眠っている、という情報が伝えられたのだ。


「騎士舎だったら怖い寮母さんが生活を管理してくれるから、寝不足になるって事も無いって思ってね」

「さ、左様でしたか」


 しかし、当の本人エドガーは納得いかないようであった。


 ◇◇◇


 騎士学校から帰って来て、部屋でゆっくりと寛いでいたエドガーは、突然の母親の襲撃を受けていた。


 何事かと身構えるエドガーに、母親は「騎士舎に入るように手続きを済ませて来たから」という残酷な言葉が発せられる。


「――は、はあ!? なんで俺が出て行かなきゃならねえんだよ!!」

「だって授業中にでねむねむしてたでしょう? 講師の先生に聞いたよ? 騎士舎だったら朝錬前の時間までバタバタしないでゆっくり眠れるし、いいよね?」

「これから生活を改めればいいだけだろうが!!」

「うん。でもね、お兄ちゃんのお嫁さんが来るから」

「は?」

「お嫁さんをね、この家で預かるの」


 兄の結婚を知らされていなかったエドガーは、信じられないとばかりに目を見開く。


 その間を三冊の参考書を持ったリュファが通過して行った。


「……?」


 よいしょ、と掛け声を上げながらエドガーの学習机の上に本を乗せると、ふう、と言って額を拭う仕草をした。


「いやいや!! ふう~、じゃねえよ!! リュファ、お前、なんで俺の机に私物置いているんだよ!!」

「ここね、わたしの勉強部屋になるの」

「はあ!?」


 エドガー無き後は、リュファがこの部屋を使うようになっていた。学士院の参考書は毎年何冊も買わされて収納に困るので、勉強専用の部屋に置く事を決めていたのだ。


 家から追い出される、突然の兄の結婚、部屋を妹に奪われる。

 様々な事態が重なって、エドガーの頭の中は混乱状態にあった。一体何から突っ込んでいいか分からずに、ただただ呆然とする。


 とりあえず、一番気になっている事から聞いてみる。


「に、兄ちゃんって誰と結婚すんの?」

「メルちゃんと!!」

「は? メル・チャン?」


 元気良くリュファが答えたが、誰だか分からなかったので母親の顔を見る。


「メルちゃんだよ」

「だから、メル・チャンって誰だよ!! つか、なんで俺が出て行かなければ行けないんだ!!」

「だって思春期の男の子とメルちゃんを同居させるなんて危険だもの~」

「どういう意味だよ!?」

「あなた、絶世の美女と一つ屋根の下、至らぬ妄想をしないと誓いますか?」

「は!? 絶世の美女って、なんだそれ!! 兄ちゃん、どこで捕まえて来たんだよ!! つーか先に紹介しろよ!!」

「あ~今度ね~」


 母親はエドガーの主張を話半分に聞きながら、ゴミ袋を掴むと次々と中の私物を処分していく。


「待て、虫の抜け殻それは要る物だ!! ゴミじゃねえよ」

「うん。でも、気持ち悪いから捨てるね。掃除する時いつも気になってて」

「待て、待て待て!! おい!!」


 エドガーはゴミ袋から虫の抜け殻を取り出して、棚の中から収集品の保管用の容器を取り出す。壊れないようにそっと丸い缶の中に入れてからポケットの中にねじ込んだ。


ちいおにーちゃん、おパンツは何枚までですか?」

「は? おパンツは三枚あれば大丈夫ってお前、なんで勝手に人の荷造りをしているんだよ!!」

「お洋服はね、こうしてくるくる巻いたら沢山入るのよ~」

「お、俺のパンツをくるくるするな!!」


 文句を言いながらも、くるくると小さくなっていく自分の服を感心しながら眺めていたが、ハッと我に返って頭を抱え込んだ。


「ああ、もう、どうして早々に俺を追い出しにかかってるんだよ!! 新婚夫婦を追い出せばいい話じゃないか!!」

「あ、お兄ちゃんはお祖父ちゃんの家で暮らすのよ」

「へ? なんで?」

「学士院を卒業して、お仕事が落ち着くまで別々に暮らすのよ。そうしないと大変でしょう?」


 良く分からない事情ではあったが、エドガーはその日のうちに家を出る事となった。


 以上がエドガーの門出の瞬間である。


 ◇◇◇


 その後、メルディアは久しぶりの料理をする為に台所に立っていた。

 以前、大変な品(※食べられないお料理)を作って以来、ベルンハルト家ではメルディア・単独料理禁止令ダメ・ゼッタイというものが父親から発令されていたのだ。


 今から作るのはメルディアとユージィンの夕食だった。

 今日は祖父であるエドガルが夜遅い勤務なので、二人で食事をすればいいという提案を、ユージィンの母親がしてくれたのだ。


 品目は厚切りにした丸パンに野菜と炙った燻製肉を挟んだものに、野菜スープという簡単なものだ。


「じゃあねえ、その葉っぱを手で千切ってくれるかしら?」

「わ、分かりました」


 髪の毛を一つに纏めて前掛けをした、格好だけは立派な料理人が、緊張の面持ちで指示に従う。

 ロゼットと呼ばれる葉野菜は、くるくると丸く内側に巻きつくように生えるもので、シャキシャキとした食感が肉に良く合う。


 メルディアはロゼットをがっしりと掴み、恐る恐る葉を毟り取る。


「メルちゃん、顔がちょっと怖い」

「す、すみません」


 凶相を浮かべながら葉を千切る娘に、ユージィンの母親は慄いていた。


 ◇◇◇


 こうして、メルディアは不器用ながらもなんとか頑張り、料理は形となった。

 肉と野菜の挟まったパンは籠の中に入れ、スープは細長い缶の中に入れて持って行く。


 二人して検討を称えあっていたら、玄関から元気な声が響いてくる。


「ただいまー!」

「あら、リュファだわ」

「!!」


 玄関に迎えに行こうとしたが、向こうが来る方が早かった。


「わあ、メルちゃんが居るーー!!」


 リュファはピョコンと飛び跳ねて、喜びを体で表現していた。


「リュファ、メルお義姉さんでしょ」

「あ、そうだった。メルちゃん、おにーちゃんと結婚するから、メルおねーちゃんだ!」


 姉が欲しかったリュファは、もじもじとしながら「メルおねーちゃん」と上目遣いで見つめてくる。

 そんないじらしい様子のリュファが可愛くって、メルディアはその小さな体をぎゅっと抱きしめた。


 ◇◇◇


「これ、おじーちゃんの夕食?」

「いいえ、お兄ちゃんとメルちゃんのよ」

「メルちゃん、お兄ちゃんと食べるの~?」

「ええ、リュファも一緒に食べ」

「待って!!」


 リュファも食事に誘おうとしていたメルディアを、ザン家の母は制止する。


 今日は、ユージィンの祖母・ランフォンが旅行で不在だ。

 なので、鬼の居ぬ間、というのは本日限りなのだ。


 なんとか二人っきりで過ごして貰おうと、母は残念そうな顔をしているリュファに声を掛ける。


「お祖母ちゃん今日は旅行で居ないし、リュファが居なかったら、お父さんと二人っきりでとっても気まずい、じゃなくて、とっても寂しいなあ」

「それは、大変!」


 単純なリュファはすっかり騙され、母親と一緒に居る事を決意してくれた。


 それからメルディアは、リュファの案内でエドガルの家へ行く事となった。


 案内、と言ってもエドガルの家はザン邸より徒歩でしばらく行っただけの近場にある。


 鍵を手渡され、リュファと別れた。


 勝手に入る他人の家は、なんだかドキドキするな、と思いつつ、中へと入る。


 エドガルの家は三階建ての一軒家だ。

 この家は勤続二十年のお祝いとしてベルンハルト家から贈られたもので、いずれはユージィンとメルディアが同居する事を目論んで建てられた家なのだ。


 中は、男性二人暮らしの家であったが、清潔に保たれていた。

 暖炉の中も灰の一粒さえも無い。


 部屋は寒かったので、薪を積んで火を熾して点火させる。

 それから台所と食堂が一体になっている場所へ行き、机の上に皿を並べたり、カップを置いたり、ということをして時間を潰していた。


 それから一時間後にユージィンは帰宅をする。

 メルディアは玄関口まで走って行って出迎えをした。


「おかえりなさい、ユージィン!」

「ただいま帰りました」


 平民の夫婦は、こうして毎日のように妻が夫を出迎える、という習慣があると聞いた時に、メルディアはなんて素晴らしいものだと感動した事を思い出していた。


 それからユージィンをこうして待ち構えるのは初めてだったので、この後どうすればいいのか迷ってしまう。


 チラリ、と玄関の前に立つユージィンの顔を見てみれば、淡い微笑みを浮かべていた。


「メル、おいで」

「!!」


 両手を広げてメルディアを呼ぶユージィンの胸に、駆け足で飛び込んでいく。


 が、勢いが良すぎて、ユージィンは玄関の扉で後頭部を強打してしまった。


「ああ、ごめんなさい、嬉しくって、つい」

「大丈夫、です」


 まさかの体当たりを食らったユージィンは、メルディアの頬を優しく撫でて安心するように囁く。


 メルディアは、瞼を閉じてされるがままでいた。


「メル、口付けをしても?」

「ユージィンが、望むのなら」


 ああ、違う、喜んで、だ、と言い直そうとしたが、その唇はそんな暇を許すことなく塞がれてしまった。


 甘い痺れが全身を駆け巡り、ほろり、と眦から歓喜の雫が頬を伝う。


 二人を邪魔するものは最早何も無い。


 そんな幸せの時間を、ユージィンとメルディアは思う存分に堪能していた。


 番外編・家族 完。


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