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二十二話 軋轢

 メルディアは朝から臥せっているという報告を聞いていたジルヴィオだったが、夕食時には食堂へやって来たので、ひと安心をする。顔色はあまり優れた状態ではなかったが、表情は明るい。

 元気になった原因はユージィンが何か行動を起こした訳ではなく、メルディアのたった一人の友人・レイシェイラがやって来たお陰だった。


「それから、レイシェイラ様が頑張ったご褒美にうさぎの刺繍の入ったハンカチをくれて」

「それは良かったですね」


 ジルヴィオは妹の楽しそうな様子に目を細めながら、老執事の手によって注がれた酒を飲む。


 レイシェイラ・スノーム。

 スノーム侯爵家の娘で、見た目は優しげで妖精のような可憐さを備え持った美少女だったが、何を理由に妹へ近付いて来たものかとジルヴィオは警戒をしていた。


 そんなレイシェイラは、あろうことかジルヴィオとユージィンを勘違いし、宣戦布告をして来たのだ。

 恐らく幼馴染であるユージィンを信仰するかのように愛するメルディアを見て、小さな頃から言うことを聞くように支配をしていると思われているのかもしれないな、というのがジルヴィオの個人的な見解であった。


 レイシェイラの接近はジルヴィオにとっても都合が良いと感じていた。

 かの侯爵令嬢は妹を陥れる為に近付いてきたのではないか、という疑念が完全に晴れていなかったからだ。

 じっくりと見極めて、メルディアを傷つけるような勝手な行動に出ようとすれば、排除をしなくてはと、そんな風に考えていた。


 ところが、そんな疑いの心を見事に裏切って、彼女はメルディアの初めての友達となる。


 レイシェイラは大人しそうな外見をしているにも関わらず、性格は苛烈で気位が高い。

 ところが、驚くべきことに夜会などでは大人しい猫を被っているようで、弱気な令嬢のフリをしているのを偶然発見してしまう。

 その時、レイシェイラは大勢の人に囲まれていたので、ジルヴィオが居るのには気付いていなかったのだ。


 そんな事もあって、レイシェイラがただの正義感が強くて真面目な娘では無い事が判明し、本性をジルヴィオやメルディアにだけ見せているという事が分かったのだ。


 それは、ジルヴィオの安心にも繋がっていた。

 正義感が強い人間は、誰にでも優しく出来る。同情から生まれた友情など、仕様も無いものだという考えがあるからだった。

 

「兄上、どうかしましたか?」

「いいえ、なんでも」


 杯の中にある残りの酒を一気に飲み乾すと、食器を下げた執事と入れ替わるように、別の使用人が食堂へ入ってくる。その手には一通の手紙が握られていた。


「若君様、お手紙が」

「あ、私も手紙を出さなきゃいけなかったわ。後で取りに来」

「メルディア、アウグスト伯爵家への礼状なら先ほど出したので不要です」

「そうだったの!? ご、ごめんなさい」

「今日はずっと具合が悪かったから仕方が無いですよ。早く言っておけば良かったですね。まさか、こんなに早く復活するとは思って無かったものですから」


 ジルヴィオがユージィンを通して書くように命じていた伯爵家への礼状は、レイシェイラの帰宅後にシーツを換えに来た使用人から伝えられた。メルディアはすぐに手紙を書いて、あとは投函をするだけになっていたが、ジルヴィオが代筆をしてくれたので不要の産物となる。


「昨日、アウグスト様に随分と迷惑を掛けてしまったようで」

「大丈夫です。後日、こちらから、改めてお礼を言っておきますから」


 ジルヴィオ自身も、元よりメルディアと伯爵家の次男との恋の橋渡しはしないと決めていた。


 世界で一人の可愛い妹である。一番好きな人と幸せな結婚をして欲しいと、そう、願っていた。


 そして、ジルヴィオ宛にと手渡された手紙の裏には、とある令嬢の名前の頭文字が書かれているだけであった。勿論、それが誰であるかは理解している。


 因みに手紙は中央街にある通信局の私書箱を通じて手元に届けられる。

 ジルヴィオはレイシェイラと手紙のやり取りをする為だけにわざわざ開設をしたのだ。


 食事を終えると書斎へ移動し、手紙を開封した。


 手紙の紙面には、明日の正午に指定された店に来るように、という簡潔な文が書かれているだけだ。

 今までも何度か手紙のやり取りをしていたが、ジルヴィオが呼び出されたのは初めての事で、一体何の用事だと首を捻る。


 昨晩からメルディアが落ち込んでいたのと関係があるのだろうかと考えながら、手紙を丁寧に折り畳んで机の中の引き出しへ仕舞った。


 ◇◇◇


 天気は曇天、うっすらぼんやりで、レイシェイラの心情を映し出しているようだった。

 本日はユージィンを個室のある店に呼び出した日で、そろそろ用意をしなければならない時間だ。


 レイシェイラは昨日使用人の手によって運ばれていた箱を目にする。

 中身には、侍女が着る仕着せが入っていた。


 これはレイシェイラが城仕えをする時に着用をする特別な品で、室内帽に白いシャツに動きやすいワンピース、フリルの付いた前掛けなどが収められている。


 偶然にも、侯爵家で使用人達が着ている仕着せと同じ意匠だった。


 レイシェイラは素早く侍女服に着替え、使用人には部屋に入るなと言っておいたので不在には気付かない筈だと考えながら、早足で私室を後にする。


 何故、このように変装をして出掛けなければならないかと言えば、二日連続で外出する所を姉妹の誰かに見られたら、また文句を言われるのではないかと考えていたからだ。


 化粧はしないで髪の毛を左右に三つ編みにして室内帽を深く被れば、パッと見てレイシェイラだと分かる者は居ない。

 父親の妾や姉妹が廊下を歩いて来ても、すっと端によって頭を深く下げていればバレなかった。だが、すれ違っている間、変装をしたレイシェイラの内心は、何か用事を頼まれるのではないかとどきどきしていた。


 使用人用の出入り口から外に出ると庭であるものを引き連れ、小走りで馬車のある場所まで行き、驚きの表情を見せる御者を脅すようにして目的の場所まで急ぐ。


 ◇◇◇


「……遅くなって申し訳ありませんでした」

「いいから、お座りになって」


 時間ぴったりに店に現れた宝石商の男は、部屋のある存在に目を留めながらも、見なかった振りをして椅子に腰掛ける。


 ここは上流階級の人たちが通う料亭で、全ての部屋が個室となっている珍しい造りをしている店だ。


 ユージィン(※人違い)の前には冷え切った紅茶が置かれている。

 レイシェイラは意地悪のつもりで三十分前に到着をしてすぐに注文していたのだが、目の前に座る男が猫舌なのを知らないので、動じない様子を見て「あれ?」という表情を見せていた。


「これをレイに」

「?」

「買い付けに行った時に買ったお土産です」

「まあ!」


 手渡された細長い箱の中身は宝石を模して作ってある、色とりどりの飴だった。

 全部で六粒入っており、パッと見た印象ではお菓子には見えない。

 箱は厚紙で出来ていたが、金で彩られた花模様の印刷は宝石箱の様に美しい。


「綺麗」


 ふわりを漂ってくる上品な甘い香りにうっとりとしていたが、すぐに自分の任務を思い出して、厳しい顔付きに戻る。


 そんなくるくると表情の変わる少女を、ジルヴィオは優しい眼差しで眺めていた。


(――さて、どうするか)


 ジルヴィオは、こちらをジロリと睨みつけるレイシェイラを見ながら、どこから突っ込もうか悩んでいた。


 使用人の服を纏っている侯爵令嬢。その隣で唸り声を上げつつも、牙を剥きだしにしている大きな灰色の毛並みを持つ闘犬の存在。


 そして、何より気になるのが……。


「あの、その手にしている品は、犬の操る物でしょうか?」

「いいえ。あなたが変態的な行動に出ようとした時に、天罰を下す物ですわ」

「それはそれは」


 レイシェイラの手には、乗馬鞭が握られていた。

 それは皮の丈夫な馬用に作られたものなので、人に向かって打てば皮膚は確実に腫れるか裂けるであろう危険な品であった。


 犬用ではなく対人用であった鞭に、ジルヴィオはにこやかな表情は崩さずにひっそりと心の中で慄く。

 鞭の存在に触れなければ良かったと考えながら、本題に移るように促した。


「それで、お話とは?」

「……」


 犬や鞭を見ても平然とする男を前に、レイシェイラは苦虫を噛み殺しかかのような表情となっていた。


(やはり、私みたいな小娘では、大人を脅す事は不可能ですの!?)


 闘犬は一頭ではなくて、三頭位連れて来れば良かったと後悔する。

 そんな風に考えていたレイシェイラは知らない。ジルヴィオが愛犬家だという事実を。


 ベルンハルト家でも大型の犬の室内で飼っている。侯爵家の闘犬よりは小さいが、犬の居る環境には慣れているのだ。


「レイ?」

「!! よ、用件は、メルディア様の事ですわ」


 自らを奮い立たせる為に机をドンと拳で打ちつけ、威嚇をする。

 打ち付けた机が思いのほか硬くて、痛みに耐えつつ涙目になりながら目の前の男を睨みつける。


「一体、どういう事ですの!? 自分の方から気高いお嬢様になれ、と言ったのに、頑張ったメルディア様を認めないなんて!!」

「ああ、その件でしたか」

「なんですって!?」


 またしても、軽く受け流す宝石商に、レイシェイラの怒りはどんどんと溜まっていく。


「私では、どうしようもない問題です」

「何を仰ってますの!? 一言、頑張ったと言うだけですのに」


 あんなに熱烈な愛情を示しているのに、どうしてこの男は気が付かないのだとレイシェイラは激しく憤る。知らぬ間に、鞭を持つ手に力が入り、手が真っ赤になっていた。


「どうして、どうしてあのいじらしい御方を、愛して下さらないの!? メルディア様には、あなたしか、居ないのに!!」

「……」


 最大値まで溜まった怒りは、何故か涙となってレイシェイラの頬を伝う。

 そんな自分に気が付き、信じられないとばかりに溢れ出る熱いものを手で拭った。


「本当に、私ではどうにも出来ないのです」

「どう、して?」

「……私とメルディアは、腹違いの兄妹、ですから」

「な!!」


 驚愕の事実に、メルディアは手にしていた鞭を床に落とす。


「きょう、だい? ほ、本当、に?」

「ええ」

「メルディア、様は、ご存知、では?」

「さあ、その話をした事はありません」

「……」


 手先を見れば、分かりやすい程にぶるぶると震えていた。


(――わたくしのしていた事は、全て無駄、だったと)


 メルディアが幸せになる為に、ここ数ヶ月間必死になって宝石商を真面目な人間にしようと、人としての道理を説いてきた。なのに、それも全て無駄だったという事が発覚する。


 それを自覚するのと同時に、メルディアの恋が一生叶わないものだと気付く。


「そんな、そんなのって」

「……あの、レイ?」


 名前を呼ばれて顔を上げれば、場違いな笑みを浮かべている男と目が合う。


(――この人は!!)


 メルディアの気持ちなんて全く気付いていないし、純粋な娘に対して思わせ振りな行動をしていた事に罪悪感の欠片も無いのだと悟る。


「もう、あなたみたいな最悪な人間には、一生会いませんわ!!」

「え?」

「ごきげんよう!!」


 レイシェイラは犬と首輪を繋げている紐を掴み、部屋を飛び出る。


「レイ!!」


 ジルヴィオは慌ててその後を追う。が、扉の取っ手を捻ったが、ガチャリ、と硬い音が響くだけだった。扉は鍵が掛かっていて、開かない状態となっている。


「!?」


 ジルヴィオは、珍しく途方に暮れたような、困った表情を浮かべていた。


 腹違いの兄妹だと告げた後に、ネタばらしをする予定だったのだ。

 メルディアと血が半分しか繋がっていないというのは嘘ではない。ジルヴィオは父親・アルフォンソの前妻との間に生まれた子供だ。


「……」


 嫌われるだろうな、と躊躇っていたのが失敗だったと一人反省。


 そして、床に落とされたままとなっている乗馬鞭を拾い上げながら、これからどうしようかと一人、思案を巡らせていた。


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