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十八話 夜宴

「奥様用に作ったドレスですが、見事にぴったりですね」

「ええ、そうね」


 憂鬱な表情を浮かべるメルディアは、使用人の感想に軽く相槌を打つ。


 本日はアウグスト伯爵邸での夜会だった。


 何故母親のドレスを着ているかと言えば、急用で行けなくなった為に代理出席を申し出たからで、体型がほぼ同じな為にそのまま使い回す事となったからだ。


 用意されたものは飾り気の無い、若葉色のドレス。

 肩紐と袖の無い、首から指先まで露出している衣装で、胸元が開いているのは首飾りが目立つようにする為だという。

 ベルンハルト商会の宝飾品の宣伝も兼ねているので、このような形のドレスが作られるのだ。


 レースも何も付いていないドレスは地味だったが、首に着けた飾りのお陰で派手な装いとなる。


 髪の毛はふんわりと巻いて頭の高い位置で一つに結び、生花から作った白い薔薇の髪飾りで留めた。


(今日は、アウグスト伯爵夫人に挨拶をして、可能ならばハルファス公爵夫人に前回の夜会のお礼を)


 何度も何度も挨拶の言葉を繰り返し唱え、会場へ行ってからの行動も頭の中に叩き込む。

 参加名簿の中に公爵夫人の名前も発見したので、前回招待された夜会でのお礼を言いに行かなければと決意を固めていた。


 会場へ同行する付添い人も慣れた使用人で、前回の公爵家での夜会に通訳役を務めた者だ。何かあれば彼女に頼ればいいと、自らを落ち着かせる。


 そして、馬車へと乗り込み、アウグスト伯爵邸へ移動をした。


 ◇◇◇


 伯爵の屋敷には、大勢の招待客で溢れ返っていた。

 なんとか人を掻き分けて受付を済ませ、夜会会場となる広間へと進む。


 苦労して辿り着いた広間も人だらけ。

 何とか付添い人と逸れないように気を付けながら、周囲を注意しつつ目的の人物を探す。


「すごい人ですねえ。ちょっと招待し過ぎなんじゃないですか?」

「え、ええ。あまり、個人主催の夜会に参加したことが無いから分からないけど、こんなに人だらけなのは初めて」


 体の線に沿った形のドレスなので、移動には苦労をしない。行く手を阻むのは、団子状の集まりを作っている人々だ。

 扇で顔を隠しつつ移動をしているので、ベルンハルト家の性悪女と噂されるメルディアが来ている事に誰も気付かない。そんな事実にホッと胸を撫で下ろしつつも、伯爵夫人が居ないか会場を見渡す。


「あ、あそこじゃないですか? すっごい人が集まっている」

「中心に赤いドレスを着ている女の人が居るわ」

「じゃあ間違いないですね」


 ハイデアデルンでは、誕生日に命を象徴する赤い服を身に着けるとその先一年は幸せになれるという言い伝えがあった。


 伯爵夫人で間違いないと確信を得てから集団に近付こうとした時、背後から呼び止められる。


「まあ、メルディアさんではありませんか?」

「!!」


 心当たりのある高い声を振り返れば、想像通りの人物が驚きの表情でメルディアを見つめていた。


「マリア様、あ、あの、お久しぶりです」

「ええ」


 声を掛けて来たのは、マリア・ハルファス公爵夫人だった。


 今回の参加者名簿にメルディアの名前が無かったのでびっくりしたと夫人は言う。


「母が急用で来られなくなって、その代理で」

「あらあら、素晴らしい心がけね。うちの娘にも聞かせたいわ」


 公爵夫人には婿を取って家に残っている二十八の娘が居るという。その娘は産後に太ったからと夜会に出たがらないのだと言っていて困っていると冗談めかしながら話す。


「ああ、そうそう」

「?」


 公爵夫人はぐっとメルディアの近付き、扇で口許を隠しながら、耳元で囁いた。


「新しくルティーナ風の騎士服を作ったの。今度試着しに来てくれるかしら?」

「……それは、はい。勿論、よ、喜んで」

「本当に? 嫌がるんじゃないかと心配していたの」

「いえ、光栄、です」

「うふふ。良かったわ」

「……」


 それから何故か上機嫌の公爵夫人に腕を組まれて、伯爵夫人が集まる輪の中へ入る。


 流石と言うべきか。

 公爵家の奥方が近付くと、伯爵夫人を囲んでいた人垣は無くなり、すぐに目的の人物に近付く事が出来た。


 それに公爵家の人間と一緒に居るメルディアの悪口を言う者は一人も居ない。


 メルディアは夫人の加護の力に感謝をした。


 ハルファス公爵夫人は挨拶を済ませると、他に用があると言って伯爵家の輪の中から消えてしまった。去り際に、メルディアには「あとで招待状を送るわね」と言って笑顔で居なくなる。


 自分の後にも沢山の人たちがお祝いの言葉を言う為に待機をしているので、急いで挨拶を済ませなければと、メルディアは伯爵夫人にぎこちない微笑みを向けた。


「ベルンハルトさん、よくぞ、お出でいただきました」

「母に代わって参上をさせて頂きました。本日はお招きに預かり光栄に思います」

「ええ、お会いできて嬉しいですわ。母君様があのようにお美しい御方でしたので、その娘さんもさぞかし、と思っていましたが、想像以上で」

「……いえ、その、ありがとう、ございます」


 手放しに褒められ、穴があったら入りたい気分になるが、激しく謙遜したい感情をぐっと押し留める。


 それから何故か周囲の空気を読まずに会話は弾み、伯爵夫人は胸の前で煌く首飾りをベルンハルト商会で買ったものだと言って見せた。


「とってもいい買い物でしたわ。皆様に素敵だと褒められますの」

「それは、光栄です」

「あなたのお兄様もご趣味が良いですわね」

「帰ったら、伝えておきます」

「一緒に居た女性も可愛らしかったわ」

「女性?」

「婚約者の方ではありませんの? 親しげに【レイ】と呼んでいらっしゃいましたが」

「レイ?」


 兄と女性。

 今まで家に連れて来た事は無かったし、女性と共に居るジルヴィオが想像出来ないな、とメルディアは思っていた。

 それにレイという女性は何者だろうかと、気になってしまう。

 兄が結婚をすれば義理の姉が出来る。優しい人だと良いな、とささやかな願望を抱いていた。


「あら、ミゲルだわ。ミゲル!! ちょっといらっしゃい!!」


 伯爵夫人は息子を発見したので呼び寄せていた。

 メルディア個人としては「それではごきげんよう!」と家に帰りたい気持ちでいっぱいであったが、夫人は息子に手を振るので忙しくしている。


 背後からの「早く済ませろよ」という視線も背中にジクジクと突き刺さっていた。

 もう少しで白目を剥きそうになる前に、伯爵夫人の息子が辿り着く。


「ベルンハルトさん、二番目の息子のミゲルですわ」


 こういう場では家族の紹介もするのだな、と考えながら会釈をして挨拶を済ませる。


「ミゲルは騎士隊の事務官をしておりますのよ」

「さ、左様でしたか」


 ミゲルと呼ばれた伯爵家の次男は、二十代半ば位の年齢で、金髪に碧眼というハイデアデルンではありきたりな髪色と目の色をした青年だった。優しげな容姿をしており、人が良さそうな外見をしていた。


 目と目が合った瞬間にメルディアは、兄・ジルヴィオと少し雰囲気が似ているな、という感想を抱く。


「ほら、何を見蕩れているのですか!!」

「う、わ!!」


 母親に背中を叩かれたミゲルは、その時になって我に返ったような驚きの声を上げていた。


「折角だから、踊って貰いなさいな」

「……」


 踊り、と聞いて微かにメルディアの肩が震える。

 一応もしもの事があるといけないので、練習はしてきた。が、まさか本当に踊ることになるとは、と周囲にバレないように心の中で落胆をする。


 母親の後押しもあって、ミゲル青年はメルディアを誘った。


(――彼は兄上、彼は兄上!!)


 目をぎゅっと閉じて目の前の青年は兄だと思い込むように念を押し、差し出された手に指先をそっと重ねた。


 ゆったりとした曲調に合わせて、決まった足取りで舞い踊る。

 以前レイシェイラと踊った時のように楽しむ余裕など少しも無く、間違わないようにと頭の中で必死に三拍子を取りながらくるくると回っていた。


 やっとの事で曲も終わり、膝を曲げてお辞儀をしてお別れだと思っていたのに、ミゲル青年はこの後の予定を聞いて、何も無いと言えば、酒の入ったグラスを手渡してきたのだ。


 見知らぬ人間との対話で緊張していたメルディアであったが、ミゲルが兄と似ている事もあったので、あまり人見知りをせずに済んでいる。

 それにミゲルは騎士隊の事務官、メルディアは母親が騎士学校の講師という共通の話題もあったので、なんとか会話も途切れなかった。


 メルディアは、緊張感を誤魔化すために酒が進んでいた。

 そんな初対面の女性を、ミゲルは心配をする。


「あの、大丈夫ですか?」

「え?」

「その、顔が真っ赤で」

「す、すみません、あまり、強く、なくって」


 頬が紅潮し、潤んだ目で見上げられたミゲルはゴクリ、と生唾を飲み込む。

 上から見下ろした胸の白い谷間から目が離せなくなっていた。


 都合が良いことに、ここは自分の家だ。

 上で休まないかと簡単に己の部屋へと移る事も出来る。


「あ、の」

「は、はい!?」

「もう、帰ります。家族が、心配、を」


 気分が優れないのか、憂いを帯びた表情でメルディアは帰ると主張していた。

 その顔は、こちらを誘っているかのような、酷く艶やかなものであったが、そんな筈は無いとかぶりを振る。少し話をすれば、メルディアが真面目な人間であることは分かっていたのだ。


「あ、えっと」

「……?」


 ミゲルは心の中の邪念を振り払い、家まで送っていくと、酔いでふらつくメルディアの肩を抱き寄せた。


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