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十六話 詭弁

 レイシェイラは今季に入ってから五度目のお見合いを王都の中心部にある、上流階級が集まる城館で行っていた。

 ここは以前王族の庶子が住んでいた大邸宅であったが、八十年程前に起こった内乱の際に手放したとされる場所だった。


 豪華絢爛な部屋では晩餐会や茶会、舞踏会なども行われており、最上階には宿泊出来る部屋もあるが、貸し出しを許可しているのは社会的に地位のある一部の者に限定されている。他にもハイデアデルンの紳士の嗜みである撞球室や喫煙者用の談話室など多彩な場が開放されていた。


 城館への出入りが自由というのは表向きとなっている方針なだけで、実際に中で過ごせる人々というのは上流階級の者だけと決まっている。


 この場で時間を過ごすというのは一種の自慢や見栄を張る際の話のネタにもなるといわれていた。


 侯爵家の令嬢であるレイシェイラは、皆が憧れる場所に子供の頃から出入りしていたので、城館に行く事に対して感動も何もない。

 それにお見合いも回数が重なるごとに憂鬱さが増していた。


 今回の相手は伯爵家の長男で、かなり乗り気だったのか、いつも以上に食いつきが凄かったという感想を伯母に話す。

 今日の見合い相手は、伯母である公爵夫人の紹介だったのだ。


 現在居るのは、その昔応接間だった場所を喫茶店に改築した店だ。

 公爵家が所有している最上階に位置する個室もあったが、伯母と二人きりになれば今日のお見合いや今後の結婚相手について深い話になりそうだったので、それを避ける為に大衆用の施設を選んだ。


 大衆用と言っても、ここは会員制の店で、入れる者は制限されている。

 客もレイシェイラ達の他に一組しか居らず、その者達も数分で帰ってしまった。

 店の中央にある、大きな階段を上がれば最上階へと繋がる宿泊施設となっている。伯母はそこで一泊してから帰るかと聞いて来たが、レイシェイラは首を振って断った。


 そろそろ帰ろうかと伯母に切り出そうとすれば、一組の男女が入店してくる。その者達が席に案内されてから出ようと決めていたが、どうやら最上階への階段を上がる目的で来たらしい事が店員の階段を示す案内で判明した。


 時刻は深夜になろうとしている。見合いの後、伯母とのお喋りが長引いて、このような時間帯となってしまったのだ。


 こんな夜更けに個室で男女がする事など決まっている。しかも自分の家でなく、このような場所を選ぶのは不貞を働く以外にありえないというのが常識だ。

 一体どんな人間が来ているのやら、と呆れながら通り過ぎる男女を扇で口許を隠しつつ横目で観察すれば、見知った顔に息を呑んでしまった。


「――ッ!?」


 その後、湧き上がった感情を抑えきれなくなって、扇を机の上に叩きつけると、立ち上がってその者達へ接近をした。


「――おや?」

「あ、あなた、誰?」


 近づいてきたレイシェイラに、男女は異なる反応を示す。


 レイシェイラは怒りでワナワナと震えつつ、男の方を睨みつけながら、周囲を気にすることなく罵倒を浴びせた。


「よくも、メルディア様を裏切りましたわね!! この、浮気男ッ!!」


 レイシェイラが偶然見つけたのは、数ヶ月前にベルンハルト邸で出会ったユージィンもとい、ジルヴィオだった。勿論本人は人違いに気付いていないし、ジルヴィオも面白そうな顔をしてレイシェイラを見下ろすばかりだった。


 にこにこと余裕ぶった表情をしている男に、レイシェイラの怒りは最大値にまで膨れ上がり、一気に距離を詰める。


「あなた、罪悪感はありませんの!? こ、このような、場所に、時間帯に、こんな、女を連れ込んで……!!」

「ねえ、あなた、何なの!? 今日、彼は私と約束をしているのよ!!」


 レイシェイラと男の間に入ってきた女の顔をレイシェイラは知っていた。そのご婦人が手にしていた扇を奪い取ってザッと勢い良く広げると、詰め寄って来ていた女が接近出来ないような壁を作る。そして、背後に佇む浮気男に聞こえないように扇で口許を隠しながら、耳元である情報を囁いた。


「ノーヴル夫人、夜遊びは楽しい?」

「!?」


 扇を取り返そうとレイシェイラに手を伸ばしていた女の動きが止まる。


「このような場所に夫以外の男性を伴っていれば、また、夜会を盛り上げてしまいましてよ?」

「な!?」


 居心地悪そうな顔で、女・ノーブル伯爵夫人は後ずさる。


 偶然にも、目の前に現れたのは、夜会で若い愛人が出来たと噂されていた人物だったのだ。

 

 そして、レイシェイラとの睨み合いに負けた夫人は、用事を思い出したからと言って踵を返してしまった。


 去り行く女性を見ながら夫人の扇子で風を起こしていると、背後から手を取られてしまう。


「あなた、何をしているの!?」


 レイシェイラを問い詰めているのは、ずっと傍観を決め込んでいた伯母だった。


「この御方はどなたなの?」

「それは――」


 ユージィン・ザン。

 メルディアの恋する男性であり、深夜に人妻を連れ込んで不貞行為を行おうとする最低な人物、などと紹介出来る訳がない。言ってしまうのは簡単だが、詳しく説明をすればメルディアを貶める行為にも繋がるからだ。


「こちらはベルンハルト商会の関係者ですわ」

「まあ、そうなの?」


 嘘は言っていない。詳しい職業は知らないが、ベルンハルト邸に出入りしている商人だろうとレイシェイラは想定していた。


「伯母様、わたくし、この御方と二人きりでお喋りする事がありますの」

「許しません」

「すぐに済みますから、少しだけ下の階で待っていて頂けますか?」

「未婚の女性が男性と二人きりになるなんて、ふしだらな行為だと習わなかったのかしら?」

「本当に、少しだけですわ。それにここなら店員の目もありますもの」

「……」


 公爵夫人は微笑みを絶やさない青年を睨みつける。そうすればその男は懐から名刺を取り出して夫人に手渡した。


「私は、残念ながら怪しい者ではありません」

「まあ、あなたは!!」


 それから少し離れた場所で公爵夫人と男は会話をして、二人きりでの会話が許可される。


 こうして因縁の相手と二度目の対面を果たしたレイシェイラは、怒りの全てをユージィン(※人違い・勘違い)に放とうとしたが、相手にその言葉を遮られてしまう。


「最初に、言っておきますが、今回は商売を行いにここまで来ました」

「はあ!?」


 そう言いながら、地面に置いていた長方形の鞄を机の上に広げて見せる。


「!!」


 その中には、首飾りや指輪などの宝飾品が納められていた。


「あ、あなた、宝石商か何かですの?」

「ええ。ご婦人向けの宝飾品を訪問販売しております」

「……」


 だったら今日売った喧嘩は自分の勘違いだったのかと、額に汗が浮かぶ。だが、かぶりを振って我に返った。


(――いいえ、ただの商売ならば、寝室のある部屋で行わない筈ですわ!!)


 下の階にも寝室の無い個室は存在する。ふしだらな行為をするからわざわざこの部屋を選んだのだと、そう確信してギッと鋭い目つきで男を睨みつけた。


 ただ、本当に勘違いだったら謝罪をしなければならないので、一応念の為に確認を取る。


「こ、こんな場所でひそひそと商売を行うなんて怪しいです、わ。それにあのご婦人も、わたくしの挑発に顔を青くしておりましたもの。なにか、不都合な点があるに違いありませんこと!?」


 なるべく声が大きくならないように気をつけていたが、ついつい語尾が強くなってしまった。


 そんな決定的な言葉にも、男は動揺の素振りすら見せない。


「まあ、そう思われるのも、無理はありません」

「!?」

「お客様が望めば、そういうことも……」

「最低!!」


 何だか悔しくなってレイシェイラの眦に涙が浮かぶが、それが頬を伝えば負けだと思ったので、必死に瞬きをしないようにして、強がりを見せる。


(メルディア様は、こんな、最低最悪の男に恋なんかして……!!)


「お嬢様、男とはそういう生き物ですよ」

「全員がそういう方ばかりではありませんわ!! ジルヴィオ様は、絶対にそういう事はなさいません!!」

「……はい?」

「!!」


 何を言っているのだ、という顔で見つめられて、レイシェイラの頬はカッと赤くなる。

 勢い余ってとんでもないことを言ってしまったと、ついでに涙をハンカチで拭いつつ、扇子を扇いで顔を冷やした。二人が顔見知りだったら気まずいと、そんな事も考えていた。


「そんな商売の仕方をして、ご両親が悲しみますわ」

「そうですね。一度、父に止めるように言われた事があります」


 商会イチの売り上げを叩き出していた事に不信感を覚えた父親は、探偵を放って実の息子の調査を行っていたのだ。

 そして、その商売の実態を知った父親は怒り狂い、止めるように言ったが、現在もズルズルと顧客達との関係は続いていた。


「なんで止めませんの!?」

「楽をして売れるから、ですね」

「あなた、ノーヴル夫人との事が社交界で噂になっていますわ!! 商会の印象の悪化にも繋がりますのよ!! 今すぐお止めになって!!」

「……」


 男は顎に手を当てて、何かを考える素振りを見せている。


「わたくし、メルディア様が悲しむ顔を見たくありませんの」

「それは、私も同じです」

「だったら!!」

「分かりました。このような商売方法は止めましょう」

「!!」

「ですが、ただでとは言いませんよね?」

「へ?」


 男から人畜無害そうな笑みが消え、代わりに邪心を抱いているかのような、悪い顔をした微笑みを浮かべる。


「新たな商商売については、あなたにも協力をして頂きましょうか。レイシェイラ?」

「は、はい!?」


 思いもよらない展開に、レイシェイラの目は点となった。


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