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十三話 恵投

 さわやかな朝。

 ベルンハルト邸の住人は食堂に集まり、使用人の給仕を受けていた。

 本日はアルフォンソとジルヴィオ、メルディアが集まって朝食を摂っている。


 食事を終えた後、執事が盆に載せた品を持って来て、メルディアの前に置いた。


「若君様からの贈り物でございます」

「あ、ありがとう」


 メルディアは綺麗に包装された小さな箱を持ち上げ、向かいに座る兄にぎこちない微笑みを見せた。


 本日はメルディア・ベルンハルトの二十一歳の誕生日だったのだ。


「お誕生日おめでとう、メルディア」

「ありがとう、兄上」


 貰った品を開封してもいいかと聞いてから、包みを開く。


「……わ、わあ」


 中に入っていたのは白銀で出来た蔦模様が彫られている指輪だ。

 貰った瞬間に綺麗な品だと心を奪われ、その後、自分には勿体無い品だと考える。

 以前、兄に贈り物を貰った時に嬉しくなさそうな顔をしている言われたメルディアは、どういう表情をしていいのか分からずに、視線が宙を泳ぎ出す。


 だが、これではいけないと思い、指に嵌めて兄に見せた。


「兄上、その、嬉しいです。ほ、本当です」

「それは良かった」

「今度の夜会に着けて、いくわ」


 ジルヴィオはそんな不器用な妹の様子を楽しむかのような笑顔で頷く。


「こちらは旦那様からです」

「!!」


 執事の言葉にメルディアは素早く背後を振り返った。


 ところが、期待していた品は執事の持つ盆の上には無い。


「……あ」


 執事の手によって目の前置かれた品は、長方形の箱に入った大粒の宝石があしらわれた首飾りだった。


「お前も宝飾品の一つ位持っていてもいいだろう」

「は、はい。ありがとう、ございま、す」

「?」


 あきらかに落胆した様子を見せる娘を、アルフォンソは訝しむ。


「どうした?」

「い、いえ」


 メルディアは首飾りを指でなぞりながら、顔を伏せている。その原因が分からないアルフォンソは、目を細めるばかりだった。


「今年は父上の勝ちですね」

「どういう意味だ!?」

「だってメルディアがあんなに残念そうにしている」

「はあ!?」


 ジルヴィオはメルディアが表情を曇らせている理由を語り出す。


「メルディアは今年も父上からのぬいぐるみを期待していたのですよ」

「なんだと!?」


 アルフォンソは思わず涙目の娘を睨み付ける。その顔を見たメルディアは、眦に溜めていた雫を溢れさせてしまった。


「は!? おま、どうして、馬鹿か!? 今年でいくつだと思って……」

「う、うう……」


 信じられないとばかりに発せられた怒鳴り声も、はらはらと涙を流す愛娘を見ながらだと、どんどんと小さくなっていった。


「父上、どうしてそう、怖い顔をなさるのですか?」

「う、うるさい、顔は生まれつきだ!! それに、どこの国に誕生日だからと言って、ぬいぐるみを欲しがる二十一歳が居ると考える!!」

「ここに」

「……」


 メルディアは執事から受け取ったハンカチで涙を拭っていた。そんな姿を見たジルヴィオは可哀想に、と小さな声で呟く。


「父上もメルディアの趣味をご存知でしょうに」

「知っていて指輪を贈るお前もどうかしているがな!!」

「私は父上が今年もぬいぐるみを買ってくると思っていたのです」

「元々ぬいぐるみは二十年分しか注文をしていなかった!! お前の分と合わせて何十年もぬいぐるみを受け取りに行く私の気持ちを考えた事はあったか!?」

「それはさぞかし恥ずかしかったでしょうね。天下のベルンハルト商会の会長の手に可愛らしいぬいぐるみ」

「……」


 アルフォンソは子供が生まれたその日にぬいぐるみを特別注文していたのだ。ジルヴィオのくまとメルディアのうさぎ、それぞれ二十年分。

 どんなに忙しくても自分で店まで取りに行って、直接渡していた。だが、そのぬいぐるみは去年分で終わりだったのだ。


「メルディア、うさぎのぬいぐるみは兄上が買って差し上げますよ」

「おい、甘やかすな!!」

「父上はちょっと黙っていて下さいね。お叱りは後で受けますから」

「はあ!?」


 幼い頃の素直な少年はどこへやら、すっかり口が達者になってしまった息子にアルフォンソは勝てなくなっていた。

 ぐぬぬと声を漏らしながら、悔しさを押し殺して新聞紙を雑に掴んで読み始めることにする。


「どんなうさぎをご所望ですか、お姫様?」

「黒くて、青い目の、うさぎ、さん」


 メルディアは、つい、子供の頃にあげてしまった黒いうさぎのぬいぐるみを思い出して口にする。

 本当は渡したくなかったのだが、小さな子供相手だったので、我慢をしなければと言い聞かせながら渡したのだ。そのような事情もあり、現在メルディアが所有をするうさぎのぬいぐるみは全部で十九体となっている。


 そんな妹の望みを聞きながら何かを思いついたかのように、耳に入れた言葉を繰り返す。


「黒い毛で、青い目の、ね」


 ジルヴィオは、食器を片付けていた老執事に何かを問い掛けるかのような視線を送る。「お宅の黒い髪と青い目を持つうさぎは出勤日だったかな」と。


 意を汲んだ執事は、孫の出勤表を手帳から取り出して、メルディアに気付かれないようにジルヴィオに手渡した。


 ◇◇◇


 いつものように執務室での仕事を終わらせたメルディアは、またしても一人で自己嫌悪状態に陥っていた。


 気にしているのは朝の贈り物を貰った時の態度だ。


 小さな子供ではあるまいし、卑屈な表情や我儘な態度を見せてしまった事を今更ながらに申し訳なく思う。

 以前兄に贈り物には相手を喜ばせようという気持ちが篭っている、という話を聞いたばかりなのに、どうしてそれを忘れてしまったのかと、自らを責めていた。


 しかしながら、終わった事に対してうじうじと考え事をしていても時間の無駄だという事に先日気がついたので、次回から気をつけようと決意を新たにする。


 昼食を終えて、気分転換に馬を駆って遠乗りに行ってから帰宅をすると、玄関を通った瞬間に使用人に捕まって風呂場へと連行される。


 それから全身を綺麗に磨き上げられ、いつ作ったのかも分からない真新しいドレスを着せてくれた。

 そして、朝に兄から貰った白銀の指輪を嵌められる。胸元の開いた青いドレスであったが、何故か首には何も着けない。

 髪の毛は編まずに流した状態で、頭部の前方から両耳までの髪を押さえる、細い半円形をした小さな宝石が散りばめられた金の髪飾りカチューシャが差し込まれた。


 どうしてこのように着飾る必要があるのかと聞けば、使用人は「誕生日だからですよ」という言葉しか返さない。

 誕生日と言っても、家族は明日の昼まで揃って不在だ。夜は一人でケーキをつつく予定となっている。


 使用人から解放されたのは、日も沈みきった時間帯だった。

 久しぶりに馬に乗った疲労感もあって、ふらふらと私室に戻っていく。


 部屋の扉を閉めて、灯りを点ける前にふうっと疲れを誤魔化す為の息を吐いていると、窓際に人影があることに気が付いて、驚きで体を震わせる。


 だが、薄暗い部屋の中で、振り返った者の体の線はよく見慣れた男のモノだった。


「ユージィン?」

「……」


 部屋の灯りを点けて、その姿を確認する。


「どうして、ここに?」

「ジルヴィオ様から、ここに居るようにというご命令を、書面で頂いたもので」


 仕着せではなく、学生服姿のままのユージィンは無表情で話す。


「何か飲み物でもご準備しましょうか?」

「い、いいえ、要らないわ」


 着飾っている自分を見られるのが恥かしくなったメルディアは、やはり冷たい飲み物を持って来て貰えば良かったと、熱くなっている頬を手のひらで押さえながら後悔していた。


「よかったら、座って」

「ありがとうございます」


 ずっと立ったままだったユージィンに、長椅子に座るように勧める。メルディアも対面となった位置に腰掛けた。


「今日は、メルの誕生日ですね」

「え、ええ。そうね」


 また一つユージィンと歳が離れてしまったと、悲しい気分になる。

 ユージィンは毎年メルディアに本を贈ってくれた。メルディアもユージィンの誕生日には本を贈っている。


 なので、今年はどんな本だろうかと考えていると、目の前に細長い箱が置かれる。


「これ、は?」

「誕生日の」

「!!」


 予想を裏切って、今年の贈り物は本ではなかった。

 震える指先で箱を掴み、じっと綺麗に包装された贈り物を眺める。


「こ、これ、ユージィンが、選んでくれたの?」

「ええ。先日、ジルヴィオ様と宝飾店のお供をした時に、買い物をしていいと言われたので」


 ばくばくとうるさい鼓動を鳴らしている心臓を押さえて落ち着いてから、了承を得た後に包みを丁寧に剥がしてから箱を開く。


 長方形の中に入っていたのは、上下にレースのあしらわれた黒いリボンで、中心には小さな円状の銀飾りが付いている、首に巻いて後ろで結んで留める品だ。


 銀の薄い硬貨のような飾りの裏側には、メルディアの名前が彫られている。


「あ、ありがとう。嬉しい、わ」


 父親や兄から贈り物を貰った時と同様に、微妙な態度で礼を言ってしまった。


 だが、昔から幼馴染の微妙な反応に慣れているユージィンは無表情のまま、「リボンを着けて差し上げます」と言って立ち上がるとメルディアの背後へと回り込む。


 ユージィンはメルディアの黒髪を片手で掬い上げ、結ぶのに邪魔にならないように、左胸の方へ慎重な手付きで持って行って垂らす。


 そして、メルディアの首元へ手を伸ばし、リボンを巻きつけた。ヒヤリと冷たい円形の銀飾りが肌に触れた時は何も感じなかったが、ユージィンの指が直接触れた時は飛び上がりそうな程に肩が震えてしまった。

 ユージィンは何も反応を示さなかったので、バレなくて良かったと苦しくなっている息を整える。


「良く、お似合いです」

「ありが、とう」


 顔が熱くなっているので、赤面しているのを自覚しているメルディアは、目の前に居るユージィンを直視出来ずに俯いたまま礼を言った。


 その後、部屋に何故か食事が運ばれ、食後に誕生日のケーキを一緒に食べるという夢のようなひと時を味わう事となる。


 ユージィンが帰った後、兄がこの手配をしてくれたのだと気が付き、心の中でありがとうと何度も繰り返し礼を言った。


 ◇◇◇


「それで、ユージィンがこれをくれて」

「そ、そうですの」


 後日、メルディアはユージィンに貰った贈り物を見せつつ、レイシェイラにその日の話をしていた。


 珍しく上機嫌のメルディアに、惚気話を聞かせれていたレイシェイラは、ある言葉をずっと我慢していた。


(――それって首輪じゃありませんの!? まるでご主人様と犬のようではありませんか!!)


 ご丁寧にも裏側に名の入った円形の札を眺めながら、必死に突っ込みの言葉を押さえ込んでいた。


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