3話
ガネーシャには直感で分かっていた。そう、 これは本当に天然物の食材を使用しているとい う事が。しかし、ここでそれを認めたくはない 。だが、この湯気と共に立ち昇る香り、間違 いなくこれは天然物の香り。
そして、丼の上を 彩る具、麺、スープ。どれをとっても天然物の 色と香りだ。
ゴクリ。思わず生唾を飲み込んでしまう。そ う、実際もうガネーシャは我慢が出来なかった 。今、この目の前にある白い丼ごと喰らい尽く してしまいたい衝動に駆られるほどだった。
しかし、そこでガネーシャはいったん冷静に 、ポケットにしまってあったバレッタを取り出 し、その長い黒髪を束ね無造作に結い上げる。
しかし、そこで我慢の限界が来てしまった。本 来ならスープから味を見て麺、それから具と行 くのがセオリーなのだろう。しかしガネーシャ の空腹はそれを許さなかった。
目の前に置かれ た割り箸を手に取ると一気に二つに割り、そし て面をズズー! と一気にすすり上げる。それ を二、三回繰り返し、麺のコシを歯触りで堪能 する。見た目は細い麺。だが、一回噛むとその 麺のコシの強さに歯は跳ね返される。が、しか し、二回三回と麺を噛むうちに麺はその弾力を 弱め、終いには心地よくプツンと切れる。
その あまりにも心地の良い歯触りに、ガネーシャは 夢中になり、麺を噛みしめ、そしてすすりこむ 。
そして、次はスープ。臭みの無い豚骨。獣臭 さを完全に消し去り、そして旨味だけを残した スープが今までにあっただろうか? いや、今 までにこれほどのスープは三ツ星のフレンチ レストランでも、はたまた老舗の料亭でもこの スープに比べればまるでそれは素人の腕自慢ほ どにしか思えなかった。
そう、それほど見事に 豚骨の旨味だけを掬い上げたスープは今まで食 したことが無かった。そのスープをレンゲも使 わず、丼を持ち上げ、そのまま丼からスープを 飲む。
さらに、この添えられた具達。葱にチャーシ ュー、メンマそれに紅ショウガ。この一つ一つ の具にも一切の手抜きは感じられない。そう、 総てがこの一杯のラーメンの中で渾然一体とな りお互いが主張する事なくその相乗効果で総て の食材一つ一つが一杯のラーメンを演出してい る。
ガネーシャは夢中だった。無我夢中、一心不 乱。そんな言葉を総て足しても今のガネーシャ の状態を表現するにはまだ足りない。麺をすす り上げる度に飛び散るスープも気にする事無く 、食べる。そして、名残を惜しむように丼を持 ち上げ、最後の一滴までも残すまいとスープを 飲み乾す。
丼を降ろし、その両手にまだ丼を持ったまま 恍惚とした表情を浮かべる。視線はまだ宙に浮 いたままだ。 暫くそうした後、はっと気付き親父の方を見る 。
「オジサン! 本当に美味しかった! 今まで こんなにも美味しい料理を食べたのは初めて! いや、これはもう芸術だわ! これは本当に ラーメンなの? 私の中のラーメン像が音を立 てて崩れていくほど、このラーメンは今までの ラーメンの域をはるかに超越していた! こん なに、こんなに美味しいラーメンがあったなん て……」
その言葉を聞いたとたん親父は今までの無愛 想な仮面は剥がれ、一気に人の良いにやけた笑 顔をガネーシャの方に向ける。
「お嬢ちゃん、わかるかい? いや、最初から 解ってたんだ。お嬢ちゃんはどこか違う、本物 の味が解るお嬢ちゃんだって事を! やっぱり 解る人間には解るんだな〜、いかにこのラーメ ンが手間暇をかけて作っているかって事が……お りゃ嬉しいよ……」
調子の良いことを言いながらも少し涙ぐむ親 父。
「でも……」
ガネーシャが不思議そうに親父に言 う。
「でも?」
「何でこんなに美味しいラーメンなのにこんな にお客さんが来てないの? オジサンの腕は一 流、まあ、店がちょっと汚いのは有るけど、そ んなのこの味の事を考えればちょっとした味を 演出するためのオプションみたいな物だし……」
「ああ、場所によるんだろうな〜。なんせ、流 しの屋台みたいに移動しながらやってるからな 。まあでも、けっこうゴンドラ乗りの連中には 人気あるんだぜ。本物の地球の味だってな」
「えっ! 地球の味!?」
ガネーシャは驚きを隠せなかった。地球の味 を再現するのは難しいという事をガネーシャは 知っていたのだ。 なぜならユミノミオは確かに 天然の食材を生産している。でも、それはあく までも水耕栽培で、やはり土壌で作った物とは 格段に味が違う。家畜にしてもそうだ。牧草や 天然の素材を食べて育った物と比べれば味は全 然違う。
「まあ、俺も伊達に宇宙をまたにかけてあちこ ち動き回ってたわけじゃないからな。やっぱり 地球の物は良い物だよ。だから俺もこうして天 然素材にこだわったラーメンを作ってるってわ けさ」
その言葉にガネーシャは感嘆の言葉を口にす る。
「やっぱり……宇宙海賊って凄いのね……」