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幽鬼幻想紀  作者: 風光
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第2話「正義の味方」

「さてと、それじゃぁこれからやってみるか」

「えぇ〜」

 俺の言葉に対して、明美はあからさまに嫌そうな顔をしてくる。おいおい、お前の為に勉強するんだぞ?

 そこで俺は大袈裟に腕を組むと、明美に背を向けてそのまま部屋を出て行こうとした。

「嫌なら、別に構わないんだぞ? その代わり、四日後の試験はどうなっても知らないからな」

「あぁ〜ん、なんて不幸なんだろぅ……」

 そう言いながらも、明美は諦めた顔で英語の問題を解き始めている。

 俺は偉そうに肩口から見下ろしていたんだが……おや? 明美の奴、すらすらと問題を解いてるじゃぁないか! この問題、結構難しいんだぞ? …しかも、その解答が当たってるんだからなぁ。

「どぉお? 当たってるぅ?」

「…完璧だな。どうして、これで試験が出来ないんだ?」

 率直な意見だな、これが。ところが、明美も不思議そうに首を傾げている。正解した事も信じられないらしい。

 その時、ふと俺は思い付いて、一枚の試験用紙を明美に渡した。

「これだけの問題が出来るんだから、一度この試験を解いてみよう」

 ところがそう言った途端、明美は真剣な表情をしたかと思うと体を震わせ始めた。がたがたと震えながら縋るように見上げてくるもんだから、俺は慌ててその試験用紙を取り上げてしまった。

「よしよし、もういいから。これくらいにしておこう」

 ぐっと手を握り締めていた明美は、暫くして落ち着くと(とは言ってもまだ震える声で)微かに囁いてきた。

「…ごめんねぇ……あたしぃ………」

「いいさ、これから治せばいい」

 とは言ってもなぁ。何が原因なのか分かればいいんだけど…ほとんど泣きそうになりながら、俯いて自分を責めている明美に聞くのもなぁ…

 こんな緊迫した雰囲気は苦手なんで、俺は気分転換に外に出て勉強する事を提案してやった。

「…うん。じゃぁ、図書館にでも行こうよ♪」

「よし、そうするか。なら、今から三十分後に入り口の所で」

「うん☆」

 暫く一人にしておいた方がいいだろう。実際は、三十分もかからないんだけどな。(と書くと、俺が凄く格好良く見えるかも知れない。まぁ、俺もずっと明美に付き合ってられないし…ってのが本心だったりして…)

「…ごめんねぇ……」

 明美はそう言うと、力無く微笑んでいる。何か相当な理由があるんだろう…痛々しいくらいだ。逆に、俺の方が参ってしまう。

「いいさ、早く来いよ?」

「うん☆」

 そう言うと、俺はそのまま逃げるように部屋を飛び出してしまった。ちょっと、情けないなぁ…まっ、いいか。


「明美、何処に行くのよ?」

「あは、ちょっとそこまで♪」

 明美はそう言って、母親に笑いかけた(実は、この母親ってのも霊視出来るんだな)。

「あっ、早速でぇとだな?」

「あはは、そんなんじゃないよぉ」

 大声で笑ってる明美に、母親は新聞を振りながら続けた。

「ここに載ってるの、明美でしょ? あの、我妻って子が言ってたわよ」

「やだぁ、話したのぉ?」

「ううん、言わせたのよ」(これは本当の話である。このババァ、霊視どころか凄まじい霊力まで持ってるんだからな)

「またぁ、いぢめなかったでしょうねぇ」

「大丈夫よ、手加減はしたから(あれでか!)。それより、これじゃぁ明美は差し詰め『正義の味方』ってぇとこね」

「そんなにぃ、格好良いもんじゃないよぉ」

 それでも自分の娘に満足そうな母親の表情に、明美は笑いを堪えながら玄関のドアを開けて言った。

「でねぇ、お母さん? それぇ、昨日の新聞だよぉ?」

「へ?」

 慌てて日付を確かめている母親の姿に、楽しそうに笑いながら明美は図書館へと駆け出していった…


 ところが、その微笑ましい会話が交わされていた頃、こっちは楽しいどころか、図書館の前で非常に不機嫌な顔をしながら待ってたんだな。

 そう、まぁた例によって例の如く、明美の奴、約束の時間に遅れやがったんだ。数分ならまだしも、もう三十分もオーバーだぞ?

 で、遅れてきた明美の第一声がこれだ。

「あは☆ まぁた、遅れちゃったぁ」

「幽霊を待たせるなよ!」

 大体、おい、あんなにのんびりと家を出ておきながら、それはないだろ? 少しは早めに出ろ! 早めに!

 …とまぁ、怒る気分もとうに何処かへ消えてしまっていたんで、俺は疲れた表情をしながら、さっさと図書館の中に入っていった。

「…ねぇ、怒ったぁ?」

「当然だろ」

 むっつりしながらも、俺は明美の体に取り付いた。

 実は、生きている奴に取り付かないと、新しい知識は俺の中に入って来ないらしいんだな。幽霊は本来、残存している思念の固まりだから、生前の記憶はそのまま残るんだけど、新しい記憶は誰かを媒体にしないと残らないようだ。全く、不便なものだ。

「またぁ、あそこでいい?」

 明美が、しきりに気を遣ってくる。そんな明美の様子に、俺も気分を一新する事にした。そう、こいつに取り付く事になってから、こんな事は覚悟してたじゃないか。そっ、いつもの事だ。(と、済ませてしまっていいんだろうか…)

「そうだな、あそこなら誰も入って来ないだろう」

 この図書館は、休みともなれば人がごった返す。ただ、そんな奴らのほとんどは、宿題の為の資料と(夏だと)クーラーがお目当てだ。別に静かに勉強出来るから、こんな所まで来るわけじゃぁない。

 だから、誰も読まないような古文書や漢文が詰まっている上に、クーラーも弱い部屋なんてほとんど人気が無い。大学生にしても、試験前か卒論の時以外には使わないだろう。そこが、明美のお気に入りなんだそうだ。(実は、これにも理由がある。明美は霊視の能力が祟って、人が多いと集中出来ないようだ。なにしろ、人が多ければそれに憑いている霊も多くなるからなぁ)

「あれぇ? 人がいるねぇ〜」

 明美は目的の部屋の扉を開けると、突然頓狂な声を上げた。

 どれどれ、と俺も覗いてみると…これは驚いた! 奥の机に座って、途轍もなく分厚い本を開いている、高校生くらいの女の子がいるじゃないか。いやぁ、凄い本を読んでるんだなぁ、なんて感心していると、明美がひどく真面目な顔で、俺を見上げながら囁いてきた。

「ねぇ、我妻ぁ…あの子の上、…あれぇ………」

 俺は『それ』に気付くと、明美の言葉なんて最後まで聞いていなかった。

 急いで明美から離れると、部屋の奥に入っていく。そして、俺は怒ったように『それ』に向かって尋ねていた。

「どうしたんだい? どうして、君は…」

 本を読んでいる女の子の上には、泣きながらその『体』を見下ろしている『その子自身』が浮かんでいたんだ。つまり、この子は生き霊になってたんだな。

「分かんないの…ねぇ、私の体を返して!」

 当惑したように涙を流しながら、その子は自分の体に言っている。明美も部屋の中に入ってくると、知らぬ振りで本を読んでいるその『誰か』に向かって怒鳴っていた。(そう、単なる生き霊なら体に意志が無いんだから、本を読んだりするはずがない)

「ちょっとぉ! 早く、体を返してあげなさいよぉ!」

 その言葉に、初めて『体』が本から顔を上げた。そしてにやっと笑うと、明美に向かって言った。

「嫌よ。せっかく苦労して乗っ取ったのに、そう簡単に離れられないわよ」

 俺はぞっとしながら、その『体』を見下ろしていた。

 じゃぁ、何か? この『体』の中の霊は、意識をちゃぁんと持った奴から体を乗っ取ったって言うのか?

 俺も幽霊なだけに、その難しさも分かる。相手の意識を自分の中に閉じ込めて『おねんね』させるのは、まだ簡単な方なんだな。ところが、相手の魂を体の外に追い出すなんて、そんなに簡単なわけがない。ましてや、受け入れてくれる意志も無く、その上に目が覚めている奴を乗っ取るなんて……

 余程の恨みでもなければ、そんな事、出来るもんじゃぁない。それを証すように、この『体』からは恐ろしいほどの霊気が流れ出している。

「我妻ぁ! この子の代わりにぃ、体を奪い返してあげてよぉ!」

「馬鹿言うな! 俺の貧弱な霊力で(自分で言うのも、少し情けない…)、こんな恨みの固まりみたいな奴に勝てると思ってるのか?」

「そうよ、あなたなんかにはとても無理ね」

 憎たらしい『体』は、そう言って挑発してきた。くそっ、いい気になるな!

 そうは思っても、(やっぱりその言葉は事実なんで)俺は無謀な事はしなかった。下手をすれば、俺自身が消滅しかねない。明美にもそれが分かったんだろう、両手を握り締めながらも、催促はしてこなかった。

 さてと、どうするかな。別に、この子を助けて何か得があるわけじゃぁないけど…結構、これが可愛いんだなぁ(理由はそれだけだったりして…)。

「よし、やってみるか」

 突然俺がそう言ったんで、明美は驚いたようだ。そんな明美を気にもせずに、俺はすぐに意識を集中すると心の中を真っ白にした。慎重にしないと、本当に消滅してしまう。

「冗談じゃないわ!」

 『体』の奴は俺が本気なのを知ると、急いで何かを唱え始めた。

 何だ? …呪文か?

「え?」

 慌てて明美が机の上の本を覗いてみると…何と! 古代魔法の呪文が並べられているじゃないか!

 最近は、色々な本が売られてるからなぁ。自殺のマニュアルやら、殺人の方法とか…書いてる奴の神経は勿論のこと、それを買う奴等や、それが売られている事を許す世間もおかしいんだろうな。表現の自由は聞こえがいいが、それを基にした行動の自由はどうなんだ? マニュアル通りに自殺や殺人を起こす奴も居るかと思えば、こいつみたいに呪文を覚える奴も居る…

「オルダグダドラソリナエカオラス…」

「おい、冗談じゃないぞ? 何で、そんなにすらすらと言えるんだ!」

 そんなマニュアルが全て《嘘》であればいい。だが、過去から伝わってきたものには、マニュアルを書いた本人にさえ気付かない力が秘められている事がある。例えば呪文は、その手順と効果はよく示されているが、本来あれらは『何か』を犠牲として得られるものだ。生贄がその典型だろう。その犠牲を知らずに扱うと、酷い事になるんだが…そこまで考えてないだろうなぁ、こいつは。

 この『体』が唱えた呪文も、見せかけどころかしっかりとこいつの霊力を増している。正直なところ、恐ろしくなったんで俺が逃げようとした時、明美がこの『体』に飛びかかっていった。

「馬鹿!」

 普通の人間が(まぁ、俺は幽霊だけど)、魔法なんてものに勝てるはずないだろ?

 『体』の奴は、自分に向かってくる明美に対して、両手を突き出すと呪文を終えた。

「……フォン!」

「…!」

 俺は急いで明美の前に飛び出すと、意識を集中させた。

「我妻ぁ?」

 凄い勢いで風が吹き付けてくる。だが、その風のようなものは俺の直前で半球を描いて広がると、激しく通り過ぎていった。

 後ろの本棚が、その勢いで倒れる音がする。だが、俺に分かったのはそこまでだった。

「馬鹿ね! 自分のエネルギーを使うなんて」

 『体』が嘲笑っている。

 そう、俺は魔法なんて知るはずも無い。真言や、キリスト教の賛美歌のような呪文も知るわけが無いし、例え知ってても使えないだろう。

 だから、俺は自分の体のエネルギーを障壁としたんだな。いやぁ、その疲れること! それに、あまり頻繁には使えない。幽霊はエネルギーの塊みたいなもんだから、使ったものは消えていく。多分、俺の体は少し薄くなったんじゃぁないかな? (そこまでいかないけど)

 ふらふらになって床に落ちる俺を横目に見ながら、明美は『体』に飛びかかった。ところが、明美が殴りかかる(明美の奴、本当に男並みの力だからなぁ。恐ろしい…)直前に、急に『体』は頽れたかと思うと、その場で胃の中のものを吐き出しやがった。ほらみてみろ! 犠牲を考えないからだ。

「きゃっ!」

 慌てて飛び退る明美に、俺は大声で叫んだ。

「気を付けろ! 乗っ取られるぞ!」

 『体』から、白い靄が流れ出している。やがて一つに集まった奴を見れば可愛い女子大生のようなんだが、悔しそうに唇を噛んでる姿は、あまり(どころか!)魅力が無い。

「全く! これくらいの力、耐えなさいよ」

 急いで自分の体に戻った女の子は、傍から見ても苦しそうな様子で床の上を転がっている。

 明美は一度俺の傍まで戻りながらも、怒気を含んだ声でその霊に言った。

「あなたがぁ、無茶して体を使ったんじゃなぁい!」

「そうよ、『正義』の為だもの。これくらいで倒れるような体なら、こっちから願い下げよ」

 『正義』、とは驚いたな。こいつ、何考えてるんだ?

「なにが『正義』よぉ! この子、こんなに苦しんでるじゃない!」

 俺が気力を出して取り付いてやったんで、明美は少し警戒しながらも女の子を助け起こしている。可哀相に、吐き出した汚物で可愛い顔が台無しじゃないか。

「あら、『正義』に犠牲はつきものよ」

 また怒り出しそうな明美を上から抑えて、俺は静かに言った。

「じゃぁ、君は差し詰め『正義の味方』ってとこだな」

「そうよ」

 得意気に俺達を見下ろしてくる。はっきり言って、明美以上に腹が立ったんだが、そこは我慢してやった。

 明美は最早、こいつを無視している。

「じゃぁ、その『味方』になった理由は?」

 こいつ、思わず声に出てしまった俺の怒りにも気付かずに、得意満面の表情で話し始めている。

「そうね、どれくらい前になるのかしら…私、これでも周りからは優等生だって言われてたのよ」

 こんな奴が優等生じゃぁ、他の奴等が可哀相だな。

「勉強は嫌いだったけど、お金を出してくれる両親の為に、一所懸命勉強したの。

 でも、誰もそんな私の気持ちには気付いてくれなかった。大好きな本を読んでても、休みの時なんかママがよく言ったものよ。アルバイトに行ったら、とか、外に出なさい、なんてね……」

 だんだんと、口調が落ち着いてくる……と書けば、まるでこいつが悲しみに捕らわれたみたいだけど、実際は怒りの表情だな。下では明美が声を潜めている。このまま、どっちも暴走しなければいいけど…不安だなぁ。

「ママは、私が勉強してるだけじゃ満足なんてしなかった。自分の考えや価値観まで押し付けるようになったのよ。私は知的な事を大事にしようと思ってるのに、誰もそんなものに価値を認めてくれなかった。(ここで明美が少し体を動かしたんで、俺はそっとその動きを抑えた。確かに、明美にとっては贅沢な悩みにも思えるだろう…)

 暇があればお金を稼ぎなさい、なんて……どうして、私がママの我儘に、そこまで尽くさなくちゃいけないの?」

 う〜ん、ここまで利己的とは思わなかったなぁ。それに、どこが『正義の味方』なんだ? …これから、どうしよう。(そう、本当に何も考えてなかったんだな。まぁ、怒りの儘に問い掛けたんだけど、ここまで一人で盛り上がるなんて想像してなかったからなぁ)

「でもね、私は自分を抑えてでも、その我儘を聞いてあげたのよ。自分でもお人好しだと思うわ。(…そうかな? 単に、文句を言う勇気が無かっただけだろう)

 絶対、拒めなかった。だって家族を傷付けたくはなかったから。自分だけが傷付くのなら、それでもいいかなって……」

「そんなの、自己満足じゃない……」

 明美が怒鳴りかけたんで、俺は物質化した手で口を塞いでしまった。幸いにも、この霊は自己憐憫に酔って気付いていない。

 俺は、一応最後まで聞いてやるつもりだった。

 相手は霊だ。俺や明美には力が無いんだから、説得や、他の精神的な打撃でしかこいつを消す事は出来ない。(と言うか、読経なんてされると俺まで消えてしまう)そのためには、取り敢えず相手を知らなくちゃいけないんだ。う〜ん、なんて理論的な考え方だろう。(って、自分で言うか)

 この霊は、さっさと話を続けている。そうそう、あの可愛い女の子は、明美の腕に抱かれたまま気絶してしまった。体を取り戻す時に、余程疲れたんだろう。

「でも、それを私は二十年も続けてね、結局耐えられなかったのよ。

 両親の我儘を聞き続けて、自分を抑えて、例え悲しくてもその意見を聞いてあげたのに…結局、そんな私の気持ちは分かってもらえなかった……ううん、分かってもらいたいなんて思ってなかった」

(それは、嘘だろう)

 とは思ったものの、俺は幾らか真面目な顔つきで話を聞いていた。

 まるで…そう、まるっきり他人事でもないだろう…

「でも、私がしている事、小さな気配りを『当然』とされるのは辛かったわ。

 ママの我儘が私の行為の『当然』となった時、ママは更にそれ以上の我儘を押し付けてきたの。私、悲しくて、悔しくて、耐えられなくなって……だから、私は大好きな本が並んでいるこの部屋で、自分の手首を切ったのよ」

 そこで一息吐いた後、こいつは楽しそうに言った。

「面白かったわよ? 私が死んだら、皆がこう言ってるのが聞こえるの。

 あんな優等生でおとなしい子が、どうして、って…あんなに優しかった子が何故、って…そんな私にさせた事が、私を殺したんだなんて誰も気付いていなかった。

 結局、原因は分からずじまい。誰も自分が私を追い詰めていた、私のお人好しに縋り付き、重い荷物を背負わせて押し潰していたんだ、なんて気付きもしなかった。

 悲しかったわよ…でも、その時に思ったの。

 私のような思いをしている子供達が、この世の中には沢山いるはずだ、って。そんな子供達のために、私が『正義の味方』になってあげよう、って。

 そんな子供達を陰から支えてあげるのよ。私みたいに独りで悲しんでいる子には、姿を見せて慰めてあげて、その子を傷付ける奴がいたら守ってあげるの」

 成程、ここで『正義の味方』が出てくるんだな。

 しっかし、ここまでくるとなぁ…う〜ん……

「でも、私は幽霊になっても力なんて無かったの(俺の霊力に比べたら、あり過ぎるくらいだぞ?)。だから、世間で言う『本の虫』だった私は、その本に力を求めたのよ。色んな呪文や体術、護符やまじない、人の急所から毒物の致死量まで…沢山の事を学んだわ。でも、私は馬鹿じゃないから同じ内容の本を幾つも読んで、その中の最大公約数だけを使う事にしたの。そして、時々この部屋に来る子に取り付いて(乗っ取って、だろ!)使ってみるのよ」

 ここでとうとう明美が我慢出来ずに、俺の手を振りほどくと叫んでしまった。

「冗談じゃないわよぉ! そんな事の為にぃ、勝手に体を奪われたくないんだからぁ! それが『正義の味方』のする事なのぉ? こんな酷い目にあわせて…」

「そうよ」

 おやおや、こいつは平然としながら答えてるじゃないか。

「多少の犠牲は、正義には『つきもの』よ。フランス革命だって何百人もの人が虐殺されたし、十字軍じゃ子供達が売買されたわ。それもこれも、正しかろうが間違っていようが、自分達の『正義』の為の犠牲だったのよ。正しければ、人の命なんてどうでもいいの。(! なんて奴だ…)殺し合いの無い正義は、理想であっても現実じゃないわ。だから、例えその子が術に耐えられなくて死んでも、その結果が『正義』になれば別にいいのよ」

「そんな……」

 あんまり怒ってしまったんで、明美の奴、言葉が出てこない。俺にしても、ここまでくるとその利己主義に呆れ果ててしまって、思わず笑い声をあげてしまった。

 途端に、上下から冷たぁ〜い視線が突き刺さってくる。だが、俺は別に気にもせずに、この身勝手な奴を見上げると不意に静かな声で言ってやった。

「君は、そんなに『正義』になりたいのか? なら、やってみればいい」

「そんな、我妻ぁ?」

 慌てる明美を無視して、俺は続けた。

「そうすれば、よく分かるだろう。君の言う正義になんて、誰も感謝しない事が、な」

「まさか!」

「いや、そうさ。君が助けたがっている子供達も、やがては君のする事を『当然』にしてしまうだろうからな。

 人間なんて、そんなものだ。一体誰が、そんなおせっかいな正義に感謝するんだ?」

「……!」

「君は、正義を何だと思ってるんだ? 虐げられた人達が『正義』なのかい? それとも、大多数が『正義』になるのか?

 冗談じゃないぞ。『正義』っていうのは『自分』なんだ。だから、君が言う『正義の味方』は、所詮『自分自身の味方』にしかなれないんだ。決して『他人の味方』にはなれないのさ。

 正義には力が必要だって? 君の力は確かに凄いだろう。だが、それは君自身を強くはしても、絶対に他人を強くはしない。ましてや、君は他人を傷付けてその力を手に入れようとしている。そんな奴に、君の言う子供達が守れると思うのか?」

「……」

「確かに、君に同情出来ないわけじゃない。

 だが、君は嫌なら断る勇気を見付けるべきだったんだ。理解してくれない他人を許せないなら、その辛さに耐えるんじゃなく、嘲笑うくらいの気持ちでいればいい。

 君のいう『力』を、相手に向けずに自分に向けていれば、死ぬ必要なんて無かったんだ」

「…そんな事、分かってるわよ! ……でも、出来なかった…」

「だから、守りたい『他人』も出来ないだろう、って言うのか?

 冗談じゃない。君みたいに弱い奴ばかりじゃないぞ」

 そこで、俺は一呼吸入れた。

「……ここにも、そのいい例が居るんだからな」

「まさか……!」

「我妻ぁ…」

 心配そうに見上げてくる明美に、俺は安心させるように笑い掛けていた。あまり、こういう会話は好きじゃないんだが…ま、仕方無いだろうなぁ。

「無理に成仏しろ、なんて言わない。

 だが、君は一度独りきりになった方がいいだろう。そして、その頭で考えてみるんだな。折角、他人にさせられたとは言え、立派な知識を持ってるんだから」

「…私が、間違ってるの……?」

「そんな事は誰にも決められないさ。君自身が解答を出せばいいんだ。それが間違っていたなら、また俺のような奴が話し掛けてくれるだろう」

 …そう、何も俺が特別じゃない。

 だんだんと、こいつの姿が薄れてきている。だが、俺は急がせるつもりはなかった。

 残りたければ、残ればいいんだ。現に俺が残ってるんだからな。

「…そうね……一度、独りになってみるわ。

 …もう一度、考えて見ないとね…」

 そう、考えた結果、その新しい知識を自分のものとするには、あの世までいかなくちゃいけない。こっちに残っても、その考えは誰かを通してしか新しくなり得ないからだ。(目覚めている相手に憑いていながら、しかもその相手が自分と同じ事を考えてくれないと無理なんだな。ところが、勉強による知識の吸収のように共有しやすいものなら簡単だが、自分自身の思いや考えとたまたま同じ事を、取り付いている相手が考えてくれることなんて、まず無いだろうからなぁ)


 結局、こいつはこの世から消えてしまった。

 別に、誰かに感謝されたわけじゃぁないけど、結構嬉しいもんだ。これも、正義とやらをした後の自己満足なんだったりして…

「我妻にもぉ、色々あるんだねぇ……」

 随分しんみりとした声で明美が言ったんで、思わず俺は笑ってしまった。

「まぁな。明美にだって、色々あるはずだぞ? あの震えの事も、いつか聞かせてもらうからな」

「あ、あれはぁ……」

 苦笑しながらも、明美は何も言おうとはしない。

 …ま、いいか。いつか分かる時が来るだろう。

「さて、変な奴もいなくなったし、この子の住所でも聞いてから勉強するか」

「えぇ? …まさかぁ、我妻ぁ? あたしの体を使わないでしょうねぇ…」

「決まってるだろ? この子には、幽霊が見えないんだからな」

「冗談じゃないわよぉ!」

 この大きな怒鳴り声で、今迄気絶していた女の子が目を覚ましてしまった。そこで俺が明美に取り付こうとすると、明美の奴、さっさと部屋から逃げ出そうとしてるじゃないか。

「おい、勉強しろよ!」

「変人扱いされるよりぃ、馬鹿の方がいいんだからぁ!」

 う〜ん、折角の機会なのに…ま、いいか。俺も疲れたしな。

 という事で、俺は見えない姿のまま女の子に声を掛けると、急いで明美の後を追いかけていった。


 しっかし、こんな事がこれからも続くのかな?

                                                                     第2話「正義の味方」 おわり


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