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『虚現と野良猫の堕ちていく記憶』  作者: 繃琥
1.押し殺したもの
4/4

1-3


****************************************


喧騒が耳の奥まで木霊する。

音楽と、女と、男と、酒。真っ赤なドレスに真っ青なドレス。色んなドレスに身を包んだ女たち。髪を弄び、酒を酌して男を喜ばせる場所。

ここは銀座の有名(らしい)キャバクラ。姫が知り合いに話をつけて標的ターゲットが現れるまでの間潜入することになった。私はまだ未成年だから男の格好をして雑用係、姫はもちろん他の女たちと同じように接客してるけど…何の違和感もない。表向き似たような仕事をしてるって言ってたけど、むしろそこらの女よりもよっぽど男の扱いが上手く見える。


「ほんまですか?お世辞が上手な男の人はモテはるんですえ。おモテになるんちゃいますの?」


姫のいる一席に三人組で来店してきた中の上司を相手にする姫を見ると、いつもは高く一本に結っている髪を下ろして胸元が大きく開き、細長くスリットの入った紫陽花色のシンプルなノースリーブのドレスを着て男たちを喜ばせていた。…漢字からして悦ばす、のほうが正しい気がするほど色っぽいけど。

開かれた胸元から見える谷間が、スリットから覗かせる太腿が、惜しげもなく晒される細い首筋が。着ているドレスは他のと比べると結構地味なはずなのに着ている人が違うとこうも差が出るのか。いくらドレスで着飾ろうとも本気の色気には手も足も出ないと言う事だな。


「そんなことはないさ。前からここに通ってたけど君は格別だよ」


「あら、ほんまに口が上手い人やわ。さ、どうぞお飲みになりはって」


「はっはっは、君こそ本当にいい女だ。そろそろ名前を教えてくれないか?」


お酒を注ぐ姫に体を寄せ、さらに顔を耳元に寄せて上司がそう囁く。この男、もう姫に夢中で一緒についてるここの女たちには目もくれない。まあその女たちは男の部下を相手してるからそこまで露骨な雰囲気にはなってないけど。

ちなみに、私はその一席付近で雑用として待機してるから話し声は聞こえる。というか猫化できるようになって普通の人間より耳と鼻がよくなった。頭領が言うには猫化の副作用らしい。


「…せっかちなお人やなぁ。ほんなら、また店に来てくれはります?」


「もちろん。君がいるなら何回でも」


「それ聞けて安心しましたわ。優しい姫と書いて優姫ゆうきいいます。どうぞよしなに」


妖艶に微笑みながら平然と偽名の偽名を名乗る。この店によく出入りしてる標的ターゲットの情報収集のためとはいえ、よくここまで相手を手玉にとれるな…もう同じ女としては嫉妬も湧かない。むしろ同じ女でも本気で迫られたら断れないかもしれないな。

しばらく談笑して、姫はとうとう本来の仕事――標的ターゲットの情報収集を開始した。


「そういえば、そちらの社長はんもよくここに来てくれはりますそうで」


「ああ、元々社長の勧めで来たようなものだ」


「今日その社長はんは来てはりませんね。お得意さんやからご挨拶だけでもと思てたんですけど」


「今日は社長忙しそうだったからな…そういえば明日ここに来たいって言ってたから明日来るんじゃないか?」


有力な情報を手に入れた。ということは、今日はもうここに居ても意味はないということだ。私は姫のそばまで行って耳打ちして、姫の了承を得ると今回協力してくれた姫の知り合いに断って姫を残して店をあとにする。

まずは一旦アジトに戻って仕事道具と服を用意しないと。それに明日来る保障はないから一応食糧も調達しておくか。そんなことを考えながらアジトに戻る道すがら、姫から一本のメールが届いた。それを見た私は溜息をつきながら寄り道してアジトに戻った。

それから色々と準備をしたあと、キャバクラ近くのホテルの最上階の一室を取ってその詳細を姫にメールで知らせた。


「…明日か」


自分で混ぜたウーロンハイを片手に、私はソファで無意識に呟いていた。明日、人を殺してここを去る。そしてまたいつもの日常に戻る。訓練して、また殺して、時には騙して…そんな日常が私を捕らえて離さない。

私は思わず眉を顰めて一気に酒を煽った。


「乃鴉!ただいま!」


また同じようにウーロンハイを作っていると何やら陽気で楽しそうな声で姫が帰ってきた。その様子からして結構情報収集できた上に酒もたらふく飲めたのかな。


「おかえり、姫様。冷蔵庫に入ってるよ」


頬を染めて帰ってきた姫がリビングに鞄を置いて着替えもそこそこに冷蔵庫へと飛びついた。メイクも落とさず下着にワイシャツを羽織っただけの格好で嬉しそうに私が買ってきたケーキを立ったまま頬張る。これが普通なら行儀が悪いと諌めるところだけどそんなのどうだっていい。殺し屋に礼儀も作法も存在しない、私はそう思っているから。


「あ、乃鴉お酒飲んでるん?未成年やのにあかんなぁ」


全然そんなこと思ってないくせに、普通の大人なことを言いながら姫がケーキの入っている箱を机に置いて私の隣に腰を下ろした。諌める癖に横目で酒を要求その姿に、私は溜息をつきながら薄目にウーロンハイを作った。それを飲んだ姫が思わず眉を顰めるのを見越して。


「……乃鴉?」


「明日の仕事に支障があると困るのはオレなんだ。今日くらい我慢したらどうなんだ?」


「そんな殺生な…ウチからお酒とったらただの脳筋になってまう」


「それでも飲ませてるんだから文句言うな。それとも烏龍茶飲みたいのか?」


縋るような姫の視線に、私は冷ややかな視線で返した。姫はいくら飲んでも二日酔いするような人じゃないけど、普通は仕事前日は控えるものだ。いくら殺し屋とは言っても体の構造はただの人間なんだから私が危惧…もとい牽制をかけるのは当たり前だ。これでも数年前まではそこら中にいる一般人と同じ生活、同じ思考だったから私の少ない常識がこれ以上姫に酒を飲ませることを拒んでいた。


「はいはい、おおきに」


頑としてこれ以上のアルコールを摂取させない方針を察した姫が折れた。薄いウーロンハイを飲みながらケーキを一人で全部平らげ(というか私も食べたいから10個近く買っておいたんだけど)満足そうに微笑んでいた。

いつも思うけど甘いの食べ過ぎじゃないか…?この前だって一緒にケーキバイキングに行こうなんて誘われて結局一人で30個以上は食べてた気がする。(一応これでも控えめに数えてたりする。)


「しかももう寝てるし…」


だらしなくワイシャツのボタンも留めずに惜しげもなくその白い肌を晒している。これが男なら据え膳喰わぬ状況だろうけど生憎私にそんな趣味は無い。とりあえずベットに運ぶくらいはしておくか。

自分よりも背の高い姫を横抱きに抱き上げ、「重い…」なんて姫に聞かれたら怒られそうなことを呟きながらもベットに運んだ。


「おやすみ、姫様」


幸せそうに眠る殺し屋に布団をかけて私も違う布団に入って眠りにつく。

時々、寝る一歩手前…微睡む瞬間に朧気ながらも幸せな夢を―――両親が生きていて、アジトのみんなが普通の人でいつも笑いの絶えないそんな毎日…あり得ない、そんな日常を妄想する時がある。私が捨てることを余儀なくされた今でも欲してやまない日常。時間が戻るなら、未来を変えられるなら、いっそ私がこの世にいなかったら…もしくは、いっそあの黒い男を殺せたら。

弱い私は何もできない。できないから、欲する心を捨てることもできない。どうして、どうして、どうして―――拾うことも捨てることもできないから、私はもう期待はしない。どうせこのまま闇の世界にいれば仲間に生かされる。あの男が隠してることだって……。

猫のように背中を丸めて、淀んだ夢を抱えたまま私は眠る。


目が覚めたのは、デジタル数字が6:45を示した時だった。

霞む視界の中でふと首を横に向けると開け放したカーテンの前に立って外を眺める姫の姿が見えた。


「…姫様」


まだ眠気が残っているせいで掠れた声に姫が私を振り返った。そして昨日と同じだらしない格好のまま微笑んで「おはようさん」と言った。私は寝転んだまま姫様を見ているともうすっかり起きているらしい姫は私のベットに近づいてベットの縁に腰掛けて微笑みながら私を見下ろした。


「今日も夜からだろ…随分と早起きだな」


「寝坊は美容の大敵え?知らんの?」


「興味ない。というかそれ以上綺麗になってどうすんだ」


「あら、随分とかいらしいこと言ってくれはりますな」


「オレはいつでも可愛いだろ」


「何冗談言うてんの。乃鴉はいつでもかっこええよ」


「それこそ冗談だろ。女に対しての褒め言葉じゃない」


「ウチの最高の褒め言葉やで?」


「姫様にとって自分以外の女は男なのか?」


「乃鴉はかしらくしてかっこええんよ。ウチは乃鴉のこと好きやで」


「…そりゃどうも。オレも姫様は好きだよ。姫様ほどいい女ってほとんどいないかも」


「えらい褒めてくれますなぁ、ウチ舞い上がってまうえ」


「お世辞だけどな」


「………」



今回はちょっと諸事情により変なところで切ってます。すいません…。

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