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第一章 (5)


 機械都市ディアラムは小さな島国であるが土地に対し人が多く、人口密度が非常に高い。犯罪発生率が高いのも人口密度の高さが要因の一つになっている。

 とくに歓楽街の密集ぶりは筆舌に尽くし難いものがある。正規の店の隙間をぬうように不法な店が構えられている。治安局が取り締まりに入ってもごちゃごちゃとした通りのせいで相手に逃げられてしまうのが常である。この都市の治安局は正常に機能していないのが現状であろう。

 ディアラムは五つの地区にわかれている。レイニング社の本部があるここは都市の中心、エンフェル地区である。中心区であるため、ここの歓楽街は他地区よりもさらに複雑な作りになっている。初めて訪れた人間はまず間違いなく迷い、いかがわしい店に迷い込み高額な代金を請求されるはめになる。

「相変わらず上品さのかけらもない店だな」

 狭い店内を見渡してグレディは呟いた。その呟きにだみ声が飛ぶ。

「お上品な店がいいなら北へ行きな」

 エンフェル地区の北にはいわゆる高級店が建ち並ぶ区域がある。

「誉めてんだよ。落ち着く店だって」

「そりゃあ嬉しいね」

 カウンターに座ったグレディの前に店主のガロウが茶色い液体の入ったグラスを置いた。

 ここは歓楽街の一角にある小さな店である。看板なんてものはなく、店に名前もない。この店を呼ぶときは「ガロウの店」とそのまま呼ばれる。店主のガロウは五十過ぎの腕っ節のつよい大男でグレディとの付き合いも長い。グレディはこの店に来ると帰ってきた、という思いが強くわいてくる。

「ただいま」

 酒を一口飲み帰宅の挨拶を述べたグレディにガロウはお帰りと笑った。久しぶりに来たにもかかわらず、変わらずに迎えてくれるのが嬉しかった。

 十四の時から二年前までグレディはここでガロウと暮らしていた。もっともその間の医学生時代は寮住まいだったのだが。ここはグレディの家だった。今もきっとそうなのだろう。

 ふと思う。彼女に帰る家はあるのだろうか。

「今度は何を拾ったんだ」

 思いにふけながらゆっくりとグラスに口をつけるグレディにガロウが声をかけた。

「犬か? 猫か?」

 グレディは笑う。

「何言ってるんだ。何も拾ってない」

「そうか。てっきりまた動物でも拾ってきたのかと思った。そういう顔をしているからよ」

 ガロウは樽からジョッキに酒を注いだ。これは自分用の酒である。店にはグレディ以外に客はいない。

「よく拾ってきたからな。野良犬やら野良猫やらを、あれは迷惑だった」

「昔の話だろ」

 迷惑だ、と言いながら、グレディが拾ってきた動物を見捨てることなくガロウは飼い主を探してくれたものだ。思い出しグレディは再び笑った。

「何も拾ってないよ。……でも、もしかしたら拾いたいのかもしれないな」

 グレディの呟きにガロウは鼻で笑った。

「昔からほっとけない奴なんだな、お前さんは」

 いいか、とガロウは充血した目をグレディに向けた。

「自分の能力以上のものを抱えこむんじゃねぇぞ。過信して自滅なんて間抜けなことだけはするんじゃねぇ」

 思いのほか真剣な目にグレディは頷くことしかできなかった。ガロウは一つ頷きジョッキを飲み干した。ジョッキを乱暴に置く音に続いて、店の外の喧騒が大きくなった。グレディはドアに目を向けた。

「どうした?」

「騒がしいな」

 いつものことだ、とガロウは気にもとめなかった。

「おまえはいつも静かなところにいるから気になるんだろ」

「そんなことない。確かに久しぶりだけど、何かあったんじゃないか?」

「何も起こらないことなんてない場所だぞ、ここは。最近はこんなもんだ。物騒なのは相変わらずさ。特に近頃は子供がよくいなくなる」

「子供が?」

「ああ。こんな街じゃあ子供が消えることも日常茶飯事だ。たいした事件じゃない」

「本当にそう思っているのか?」

 しばらくガロウは何も言わなかった。黙って空になったグレディのグラスを取り替えた。

「――ちくしょう、嫌な街だ。子供に手をださんでもいいだろうがっ」

 やっぱりな、とグレディは思う。外見とぶっきらぼうな話し方で勘違いされやすいが根は正義感のある男である。子供が犠牲になることに憤っているのだ。

「治安局はあてにならん。国に期待はできねぇ――」

 ガロウが愚痴ったとき、店のドアが開いた。かろん、と鈍い鈴の音が響く。

 入ってきた二人組みの男にグレディは内心苦笑する。聞かれなかっただろうな。紺色の制服に胸のエンブレムは男たちが治安局の人間であることを示している。しっかりとした足取りで二人に近寄ると軽く頭を下げた。よく訓練されたそつのない静かな動きだった。

「治安局です。お尋ねしたいことがあるのですが」

「子供さらいのことなら知らねぇぞ」

 二人組みの男の若いほうが小さく苦笑した。

「いえ、そのことで来たのではありません」

「じゃあ何だ?」

「人を探しているのですが。こういった女性に見覚えはありませんか?」

 言って男は懐から一枚の紙を取り出した。そこには若い女の絵が描かれ、女の特徴が何点かあげられていた。

 金髪。碧眼。二十前後の若い女。

「べっぴんさんじゃねぇかよ。この女がどうしたんだ?」

「殺人事件の容疑者でして」

 男の言葉にグレディは軽く眉を顰めた。

「殺人事件なら珍しくもないんじゃないか? 治安局がわざわざ聞いて回るなんて、この女は誰を殺したんだ?」

 グレディの問いにも男は笑みを絶やさずに答える。

「職務に関わることですので詳しくはお答えできません。――見覚えはありませんか?」

「ないね。もしかして歓楽街全部の店に聞いて回っているのか?」

「それが仕事ですから」

 グレディは感嘆する。ここに入っている店は五十、百なんてものではない。

「ご協力ありがとうございました。失礼いたします」

 男たちは最後まで丁寧だった。

「子供のほうはどうなってんだ」

 扉が閉まるとガロウが小さく叫んだ。再び自分用にジョッキに酒を注ぐ。

「あれは治安局じゃないだろ」

「何だって?」

「治安局の人間があんなに訓練されているか? 一人は治安局の奴かもしれないけど、若い方は軍部の人間じゃないか?」

「何でそう思うんだ?」

「動きが静か過ぎるんだよ。ここは騒がしいから気がつきにくいけど足音が静かすぎだ。あれは相当訓練されているだろうな」

 へぇ、と面白そうにガロウはドアに目を向けた。

「軍部がでてくるなんて、とんでもねぇことしでかしたんだな。あのべっぴんさんは」

「なんだか嫌な感じだな。巻き込まれるなよ」

「ガキが偉そうに。おまえこそ首をつっこむなよ」

「もうガキじゃない。ガロウこそいつまでも自分が若いと思うなよ。年を考えろよ」

「何を。まだおまえよりは動ける」

 軽口を叩きあっているところに勢いよくドアが開いた。

 グレディとガロウは瞬間的にドアを見た。今度は男が一人、入ってきた。黒いコートに身を包み、黒い帽子を被っていた。目深に被ったそれで男の顔はよくわからなかった。

「軍部だ」

 押し殺したような低い声が耳に入る。すでに手に銃が握られているのを確認し、グレディに緊張が走った。男は一直線にグレディの前までやってきた。先ほどの男同様にそつのない動きだった。やはり先ほどの男は軍部の人間だったのだろう。

(どうして軍部が)

 ガロウも緊張した様子で男とグレディを見ていた。

「グレディ・カニンガムだな?」

「そうだが。俺に何か?」

 確認すると男は銃をグレディに突きつけた。

「何をしやがる!」

 ガロウの抗議を男は軽く手を上げて制した。

「おまえに聞きたいことがある。両手を頭の後ろで組んで、カウンターに頭を伏せろ」

 軍部に睨まれるような覚えはなかったが、グレディは素直に従った。後頭部に銃口を押し付けられた硬い感触がした。

「恋人はいるか?」

「……いない」

 では、と低い声が続ける。

「アイリ・カーシュナーとはどういう関係だ?」

 予期せずアイリの名前が出て、グレディは驚く。彼女に何か起きたのだろうか。

「レイニング社の社員だ。アイリ・カーシュナーを知っているだろう?」

 ああ、とだけグレディは答えた。質問は続く。

「二人の関係は?」

「ただの知り合いだ」

「おまえは彼女に恋心を抱いている。そうだな?」

 彼女に恋心? そんなことは考えたことがなかった。気にかかるのは恋とは違うものだとグレディは確信していた。

「……違う」

 そうか、という男の声にくぐもったガロウの声が重なっていた。伏せているグレディには何が起きているのかわからなかった。まさか、ガロウに何か……。

「今日、レイニング社の本部で彼女と抱き合っていたな?」

「抱き合ってなんかいない」

 真面目に答えたあと、意外な音がグレディの耳に入った。

 ガロウの笑い声である。

 なんだこれは。何かおかしい。グレディはようやく事態のおかしさに気が付いた。

「あー、ガロウさん! 笑っちゃダメだって」

「いや、すまねぇ。どうにもおかしくってよ」

 よく知った声がガロウを笑ってたしなめた。この声は……。

 グレディは勢いよく椅子から立ち上がり、銃を突きつけていた男と対峙した。

 男はすでに帽子を取っており金色の髪が顕になっていた。まだ幼さの残る顔の男は楽しそうにグレディを見ていた。



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