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オキナグサの恋  作者: 嶋恭作ニ
第一話 赤い糸を操る女
9/11

vol.9 慰安旅行

麻央が新しい課に配属されて2年が経ち、気がついたら30歳になっていた。

今の職場は楽しいが、無茶苦茶忙しかった。担当商品の売り上げは急増し、課員の人数もこの2年で二倍近くになり、部の中では最大規模のエリート職場になった。

麻央は課設立当初のメンバーだったのでその中枢を任され、年下の男性社員を何人か部下に持つ程になった。恋愛は失敗したが仕事は大成功したと自画自賛していた。

'私がグループ長になって顧客の主担当として若い大卒や大学院卒の男子社員を使うなんて入社数年後の頃は考えられなかったなあ。全てはは宮崎課長の指導のおかげだわ。感謝感謝' と麻央は思っていた。宮崎課長は麻央の一回り上、つまり42歳で今回部長待遇に昇進し会社史上最も若い部長となったらしい。肩書きも部長兼課長になっていた。彼には子供は二人いて下の子はまだ赤ちゃんでしかも女の子なので相当可愛いらしく、デスクトップPCの壁紙はその娘の写真だった。会社からは認められて、仕事ができて、家族思いで、理想的なお父さんそのものだなぁと羨ましく思った。


相変わらず職場のメンバーによる飲み会は自発的に行われていて、それだけでは飽き足らず『慰安旅行に行こう』という案まで出て来た。慰安旅行はバブル崩壊前は当たり前のように行われていた。しかし旅行への強制参加はパワハラやセクハラの温床になり得るとか言われ始め、特に旅行で無くても何か行事をやれば会社が定額負担することにルールが変わったので当たり障りのないバーベキューが主流になっていたのだが、若手社員から希望者だけでも泊りに行ってゆっくり飲みたいという希望が出てきた。それまでの慰安旅行は大型バスの貸切+豪華温泉旅館で自己負担も高かったが、何人かがミニバンを出して民宿に泊まれば会社の定額補助金に自腹5000円位で行けそうなのだ。これは結構参加希望者が多く課員20人中15人が参加希望で車はミニバンを含めて3台で間に合う。行き先は魚の美味しい西伊豆の民宿貸切という事になった。

 

慰安旅行前日の金曜日の夕方5時過ぎ、麻央の所に担当の主要顧客から電話が入った。明日は慰安旅行という事で課員はどんどん帰宅していく最中だったが、麻央の電話は深刻そうで30分以上も話している。職場は麻央と宮崎部長と宴会部長で今回の旅行幹事の田村の3人だけしか残っていなかった。ようやくため息をついて電話を切った麻央に宮崎は心配そうに声をかけた。


「麻央、どうした?何処からの電話だ?深刻な顔してトラブルか?」


「はい、品川のM社からで再来月から納入が決まっている例の新商品が試運転で壊れたから何とかしろとかなりのお怒りです。今日はもう遅いので明日朝9時に品川まで対策会議に来いと言われました。私は慰安旅行キャンセルして行ってきます」


「よし、俺も行く。ちょうどいい、田村君もいるな。ちよっと来てくれ」


宮崎は幹事の田村に'自分と麻央は朝イチで品川に出張するから車では行けないが最悪でも午前中でケリつけるから、そしたら新幹線と電車を乗り継いで何処かで皆んなに合流する事とその時は車で二人を拾ってくれ'と指示した。


「麻央、慰安旅行の支度はちゃんとしてくるんだぞ。心配するな、こんな事、昔はしょっちゅうあった」


と言って麻央の肩を軽くポンポンと叩いた。麻央は泣きそうになるのを必死で堪えた。


翌日の昼過ぎ、麻央と宮崎は品川駅構内でホッとしながら昼食を取っていた。

 

「部長、さすがです。2時間強であそこまで顧客を納得させるとは」


「今回のトラブルはアメリカ赴任時代に経験したものと似ていたんだ。それでその時のトラブル対処法を説明して納得してもらったんだ。マニュアルには書いてない内容だから追加しとかなきゃな。来週は今回の対処で忙しいだろうから、それが一段落したら頼むね」


「わかりました。ところで田村さんとは連絡ついたんですか?」


「ああ、この後13時10分のこだまにのって三島まで行って在来線に乗り換えて沼津で2時過ぎに合流することになっている。メシ食べ終わったらトイレで着替えてこいよ。俺もそうするから。スーツじゃ慰安旅行の気分出ないもんな」


麻央は何から何まで完璧に対処する宮崎がスーパーマンに見えた。沼津に着くまでの1時間強の間色々と話を聞いたが、プライベートの事、特に恋話は面白かった。こんな完璧な人なのにプライベートは子供みたいで可愛いと思ってしまった。このままずっと二人で新幹線に乗っていたいと思い、目がハートマークになりそうな自分に気付き'ダメよ、この人に赤い糸発射しちゃ。とんでもない事になるわ'と必死に自制した。


慰安旅行の宴会は予想通り大盛り上がりだった。魚は美味いし、貸し切りだから多少騒いでも大丈夫、終電を気にする必要も無いという盛り上がらないわけがないという条状況だった。

麻央は乾杯から少しの間は自分の席にいたが、周りが動き始めると宮崎の隣の席のを占領した。

「部長、今夜は部長専属のコンパニオンになります。お酌させてください」


すかさず宴会部長の田村が突っ込んできた。

「コンパニオンさん、お持ち帰りは有りですか?」


負けずに麻央は返した。


「部長に限って有りです」


ヒューヒュー!とこれでまた盛り上がった。こんな返しが出来るなんて私ってオトナ!と思ったが実は本心だった。'ダメダメ、赤い糸が発射されちゃう'と自重した。


誰もがあり得ないカップルだと思っていたのは麻央にもわかっていたので気楽だった。約1名を除いては。


夜も更けてさすがに皆んな飲み過ぎて三三五五それぞれの部屋に潰れて帰って行った。麻央は事務の若い娘とパートのおばさんとの3人部屋だったが、2人とも熟睡していた。麻央は今日一日がとても長く衝撃的だったので中々眠れず、民宿前の海辺に出てみた。

防波堤に座っている見慣れた後ろ姿を見つけて胸の鼓動が高なった。


「部長も眠れないんですか?」


「おっ、麻央か。君も眠れないのか。今日はジェットコースターみたいな1日だったからな」


「えー、部長なんて全然動じてないように見えましたけど」


「とんでもない、実はドキドキバクバクさ。あれでキャンセルされたら大事だったからな。修羅場に慣れてるだけさ、ハハハ」


などと話しながら部長はガクッと眠ってしまい麻央に少しもたれかかってきた。その寝顔を見たら

「やっぱり可愛い!!さっき新幹線の中で雑談してた時もそう思ったけど」

麻央も酔っていたせいか油断してしまった。

「ブシュー‼︎」と音を立てて何かが発射された。

「やっ!やばい‼︎刺さらないで!」

と叫んだが確実な手応えを感じてしまった。


でも良く考えたら自分から糸を切れば良いんだとマニュアルを思い出した。まあその手は後で使えるとして、とりあえず寝ちゃった部長を何とか宿まで連れて行がなくちゃと起こそうとしたが全く動かない。中肉中背のがっしりした体格の部長を身長150cmの麻央ではとても運べないと途方に暮れていると、2歳年下のスタッフである竹田がやってきた。


「太田さん、どうしたんですか?」


「眠れなくて海を見にきたら部長がいて、ちょっと話込んだらこの調子で熟睡だよ。子供みたい。宿まで運ぶの手伝って」


「了解です」


竹田は部長をおんぶして宿まで運んでくれた。


-続く-


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