vol.5 初恋
麻央は数年前の夢の事を思い出していた。
確か穂乃佳さんという占い師を親友の香織に紹介してもらう予定だったんだけど、結局会えず代わりに変な夢を見たんだった。でも'穂乃佳'という名前は聞いてなかったのに夢で'穂乃佳'と名乗ったんで、不思議な夢だなあと思ったんだ。そして赤い糸の操作マニュアルを授かったんだ。
1)自分自身が本当に好きだと思わないと赤い糸は発射されない。発射スイッチは無く本当に好きだと思う事によって自動的に発射される。
2)相手に赤い糸が刺さるかどうかは相手次第で刺さらなかったら恋は不成立、刺さったら成立
そんな事を考えていたら、麻央もそのままソファで熟睡してしまった。
翌朝麻央が目覚めると、そこには智樹の姿は無かった。ただちゃんと毛布は掛けてくれていたし、書き置きもあった。
'麻央、ごめん。そしてありがとう。この埋め合わせは近々必ずするから'
その次の週から何か智樹の態度が変わった。やたら仕事の引き継ぎと指導と称しては話をしにくるし、出張なんて転籍から半年近く経つが一度も連れて行ってもらってなかったのに同行させられた。
夢の話は信じていないし、あの夜の事だって課長指示で送っていってアクシデントがあっただけなのに。事実何も無かったんだから。
'いや、何も無かったんじゃない。こんなに毎日、毎時、毎分、人の事で頭が一杯になるのは初めての経験だ'
一方で智樹も悩んでいた。 '何であんな男みたいな奴の事が四六時中頭から離れないんだ?'
智樹は中学時代からモテまくり女性から言い寄られて可愛かったら付き合うみたいな恋愛しかした事がなかったからだ。'別に関西にいる彼女が嫌いになった訳でもないし,とにかく訳わかんないけどこの気持ちが本当なのか行き着く所まで行ってみて確かめよう'と決断した。
智樹と麻央は都内の顧客に出張していた。打ち合わせは順調に進み池袋に戻ってきたのはちょうど午後5時くらいだった。
「麻央、この前のお礼させてくれ。何でも好きなもの奢るよ」
「えー!!嬉しい。思いっきり高いものでも良いの?」
「俺の出せる範囲内ならね」
「じゃあ高級な日本料理!いつも居酒屋しか行った事がないから、水槽にお魚が泳いでる様な店ね」
「了解!」
この日を境に二人の距離は一気に縮まった。別に告白はどちらからもしていないが、良く二人で会うようになった。工場のある付近では流石にまずいので都内で会うパターンがほとんどだった。智樹も自分から好きになるのは初めてで、麻央に至ってはこんなに頻繁に男の人と会うのすら人生で初めてだった。二人とも26歳になってようやく初恋を経験した。
こうなると健全な若い男女の進展は早い。数ヶ月後二人は肉体的にも結ばれた。特に麻央にとっては初めての経験の連続で幸せの絶頂だった。
'付き合うってこう言う事なんだ。束縛されたり束縛したり、その束縛感がちょっと良いかも'
と幸せを感じながらも
'私みたいなこと女っ気の無い変な奴が、職場でダントツのイケメンと付き合っているなんて知られたら特に女子社員からは嫌われて大変だろうな。絶対バレないようにしなくちゃ。
あと、関西の彼女とはどうなっているんだろう?まだ付き合ってるんだったら私が横取りした泥棒猫よね’
と大きな不安を抱えていた。
-続く-




