第2章 第6話:旅の目的、思い出の意味、そして存在意義
私はリプレ…本当の名前は知らない
もう忘れた。
すべての記憶が亡くならないと女神になれない。
私はその素質があるからと、交通事故の日に誰かから導かれた。
気が付けばパイプ椅子でいろんな人の人生を見ていた。
大きなゆがみが現れて、私はある地点に鍵を入れた。
それが引き金で…目の前のこの男は消えようとしている。
私はやはりできそこないだ。
消えない記憶とともに、感情が少し残っているようだ。
だから今晩だけは、その記憶が解けるのを防いであげよう。
せめてもの償いだ
「佐藤さん、足を止めないでください。」
銀髪の管理官、リプレの刺すような声が極彩色の荒野に響く。俺の視界の端には、不気味に明滅する**「1104」**という数字。
「……説明しておきますが、この『一二〇〇時間』は、あなたの魂がこの世界にあなたの記憶が耐え、ロストにならず個体を維持できる絶対的な期限です。この間に記憶を糧に戦っていただいて、あなたの魂が『現世に戻る価値がある』と証明されれば、再生の権利が与えられる。……逆に言えば、一二〇〇時間以内に自分を証明できなければ、あなたは背景の石ころと同じ、ただのゴミ(ロスト)として処理される。わかりますか?」
「……初耳なのだが」
俺は、第5話の質屋で手に入れた錆びた短剣の重みを感じながら、力なく答えた。もう一つの支給品であるオレンジを口に放り込む。一個50円。やはり、味がしない。
「……不味いですか?それとも、まだ『味』を売った自覚がないのですか?、、いいですか、佐藤さん。あなたがそんな風に摩耗していくのを、最短距離で管理するのが私の仕事です」
リプレが振り返る。彼女の輪郭は昨日よりもさらに透明度を増し、背景の毒々しい紫に溶け出しそうに見えた。
「……リプレ。あんた、なんでそんなボロボロになってまで俺についてくるんだ。おまえの言う他の管理官みたいに、検問所でパイプ椅子にふんぞり返ってりゃいいだろ」
「……あいにくですが、あなたは『バグ』なんです。あのがれきの山で旧式の水晶に触れたせいで、システム上、あなたは私と一対一の専属監視対象として紐付けられてしまった。あなたが消滅するまで、あるいは再生するまで、私はあなたの半径数メートルから離れることができない。……私の自由と査定は、あなたの魂の行方と一蓮托生なのですよ」
彼女は吐き捨てるように言ったが、その瞳の奥には、事務的な苛立ちとは別の、もっと深い「諦念」のようなものが混じっていた。
「……そうか。あんたも災難だな。……そもそもあのがれきの山で水晶に触れた時、視界がぐらついて意識がなくなるとき、俺は思ったんだ。『ああ、これでやっと死ねる。あいつらのところへ行ける』ってな」
リプレの動きが、わずかに止まる。
きっと何言ってんだこいつと思ってるんだろう。
だからはっきり言ってやる。
「すまんが俺は、再生なんて望んじゃいない。……三年間、家族を失ったあの日からずっと、俺の心はモノクロの泥に沈んだままだった。あいつらの顔を思い出すたびに、呼吸ができなくなる。……だから、この一二〇〇時間を使って、俺は自分を全部燃やし尽くしたいんだ。抱えて死ぬよりはマシだ。最後の一秒で、すべてを忘れて綺麗さっぱり『無』になって消える。俺にとってこの世界は、……未練をゼロにするための、心中へのカウントダウンだ」
「……非合理的です。再生を拒み、消去を待つなど……そんなの、私の『査定業務』に対する冒涜だわ」
リプレはそう吐き捨てたが、その首筋の『欠番:000』が、悲鳴を上げるように青白く明滅していた。
その時、地面が大きく鳴動した。砂の中から立ち上がったのは、巨大な巨像のモンスター(ロスト)だ。
「……親父、頼む」
死を望み、3年間生気を失い、すべてを投げ出そうとする俺を庇うように親父の幻影が俺を守る。
まるで、落ち込んでいた俺を庇ってた時のように。
あ、まだこの記憶はあるんだな。
「佐藤さん、売ってください! その『負い目』を!」
リプレの声が震える。 「清算しに来たのでしょう!? ならば、今のあなたに必要のない『父の守り』を、今すぐ出力に変えなさい! !」
また、女神様が無理難題をおっしゃる。
もう少し記憶との送別会をさせて欲し、、、あれ?
ふと気がついた。
彼女の足元が、霧のように揺れていた。そういえば紐昨夜、彼女は自らの存在維持エネルギーを削って結界を張ってくれたんだっけ。待て、女神なのに、結界張り続けたら溶けちゃうの?
あんだけ事務的だったのに、なんだかふとした時は人間っぽい神様(事務員)だよな。
でも、まあ、こいつがいなくなるのはなんだか胸糞悪いと思ってしまった。妻よ、浮気ではないぞ?
「……わかったよ。売るよ、全部だ!」
俺はウィンドウを操作した。『父と最後にかわした言葉』『震災の夜、俺を抱きしめてくれた手の熱』。
パリン、パリン……!
脳内で父の記憶が砕け、破壊の熱量へと変わる。同時に、俺の心から「温もり」が消えた。父を裏切ったという痛みも、守られていた安心感も、驚くほど綺麗に消滅した。
「――終わりだ」
一閃。錆びた短剣がドス黒いまでの色彩を纏い、父の影を記憶ごと一刀両断にした。爆散する粒子。俺の心は、望み通りに一歩「無」に近づき、同時に、空虚な強さを手に入れた。
こうやって軽くなっていくのか…
ただ、ロストを退けてよかった。
だが、振り返った俺が見たのは、絶望的な光景だった。戦いに勝ったはずなのに、リプレはその場に崩れ落ち、体の一部が砂漠に溶け始めていた。
「……あ。……あ、あ……」
彼女の瞳から、光が消えていく。 「おい、待て……リプレ! 俺を最後まで監視するんじゃなかったのかよ!」
俺は1200時間だかなんだか知らないが、家族の元へ行ける(消える)ことができるなら何でもよかった。さいごまで家族の思い出さえあれば良かった。それを消すのは最後だ。
多分、こいつ(リプレ)はそれを知って管理者の癖におれを守ったんだ。あの夜消えないように…
何が女神だ。何が残業だ。感情移入して自分を削りやがって。
「おい!待てよ!いくな!」
俺は彼女の透けた腕を掴もうとしたが、その手は虚しく空を切った。俺はこの世界ですべてを忘れて独りで消えようと思っていた。だが、この最悪な相棒が消えようとしている今。
俺が感じているのは、凍りつくような孤独への恐怖だった。
思い出よりも、目の前で知っている人を失うのはごめんだね。
「ちょっとあがかせてもらうぞ!」




