表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偶像の証明  作者: 川村尋之


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

議員会館にて

風が吹き荒れる廃屋の屋上。暗闇の中で、須藤は玲子にDVDを差し出した。

 彼女は革の手袋をはめており、表情には微塵も動揺がない。

 須藤は異様な興奮に包まれていた。「やりました……玲子さん、これで…何も心配、いりませんよね」

 須藤は玲子と結婚後の未来まで妄想していた。


 今までいいことなんて一つもなかった人生に、光を差してくれた玲子をただ、自分のものにしたかった。独り占めにしたかった。


 そんな須藤の思いを知っているのか。玲子は穏やかに、完璧な笑みを浮かべた。

 

 

       ◆

       

       

 翌朝、廃屋の下に、須藤の遺体が転がっていた。

 落下の衝撃で身体はあり得ない角度に折れ曲がっている。絶望に打ちひしがれた顔はぼんやりと遠くのただ一点を見つめている。


 遠くから、パトカーのサイレンが近づいてきた。


 その音は、まるで物語の次章の幕開けを告げるかのように、冷たい朝に響き渡っていた。

 

 

       ◆

       

       

 マンションの一室。静江が仕事に出かける準備をしている。そこにテレビのニュースが、岡島の轢き逃げ事件を報道する。

 

「死亡したのは佐原玲子議員の公設秘書の岡島恒雄さんでーー」

 

 静江、動きを止めてテレビに見入る。

「………」

 

 

      ◆

 

 

 午後の陽が差し込む議員会館の一室は、外の冷たい空気とは違って妙に熱を帯びていた。


 葵と田上は来客用のソファに並んで座り、室内の乾いた静けさに耳を澄ませていた。


 ほどなくしてドアが開き、ヒールの軽やかな音が近づく。

「ごめんなさい、お待たせして」

 明るく装った声とともに玲子が姿を見せる。


 人気議員と呼ばれるだけあって、整った身なりと余裕ある微笑が板についている。彼女は二人の正面に腰を下ろした。


 田上が手帳を開く。


「岡島さんが亡くなったことについて、少しお伺いします」

「新聞で見ました。ビックリしてしまって……轢き逃げなんですって?」

 玲子は眉根を寄せ、まるで初めて聞いたという反応を示す。

「ええ。犯人は須藤勉という無職の男で、今朝、死体で発見されました」


 玲子の目がわずかに揺れる。

「死体で?」

「岡島さん殺害の犯行に使われた車が現場近くで乗り捨てられてましてね。指紋は出ませんでしたが、車内から須藤の毛髪が発見されました」

「どういうことでしょう?」

「つまり、須藤という人物が車を盗んで岡島さんを轢き殺し、その後で死んだ、ということです」

「どうして……」


 田上はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出し、玲子に見せる。

「これが須藤なんですが、見覚えありませんか?」


 玲子はじっと写真を見つめ、しばらくして口を開いた。


「この人、確か……」

「あるんですね?」

「ええ、何度かお会いしたことがあります。選挙の時もボランティアで手伝ってくれた方です」

「そうですか」

「亡くなったって、自殺ですか?」

「まだわかりません、自殺の可能性もありますが、他殺の可能性も」


 その瞬間、葵がまっすぐ問いをぶつけた。

「須藤勉の死亡推定時刻は、昨夜の九時頃です。佐原さん、その時間、どちらに?」

「自宅にいました」

「それを証明してくれる人は?」

「いえ、一人暮らしなので」

「そうですか」

 淡々とした応答。沈黙が数秒落ちる。玲子が、じっと葵を見据えた。


「私を疑ってらっしゃるんですね」

「はい」

「おい……」と田上が制すが、葵は目を逸らさない。

 玲子はふっと笑った。余裕の笑いか、挑発の笑いか、その境界にある。

「でも、岡島さんを殺したのは、その須藤という人でしょ?」

「あなたが須藤に頼んだんじゃないですか?」

 室内に重い空気が走る。

「……」

「須藤に犯行を依頼し、その後で須藤も殺した。熱狂的な信者なら、あなたのために喜んで人殺しをする者もいますよね?」

「バカバカしい」

「自分のためなら、信者が何でもしてくれるって思ってませんか?」

「ひどい言いようですね…」

「須藤はスマートフォンを持っていませんでした。何者かが持ち去ったと考えられます」

「おいおい」と田上が小声で制止する。

「じゃあ、私の家でもこの事務所でも調べられたらいいじゃないですか?」

 玲子の声は明らかに怒気を帯びていた。


 葵は小さく笑った。

「盗んだものを、わざわざそんなところに隠しておかないですよね?」


 玲子は立ち上がり、窓辺に歩み寄る。ガラス越しに見下ろす東京の街は穏やかだったが、彼女の目は嵐のように揺れていた。


 葵も立ち上がり、一定の距離を保ちながら近づく。


「あなた、最近、岡島さんと何かと対立していたみたいですね」

「あまり仕事ができるタイプではなかったので、よく注意はしてました」

「岡島さんも、あなたに対して不信感を持っていたみたいですね」


 玲子の肩がわずかに震えた。

「秘書だったら、あなたが支持者から集めた寄付金、それがどういうルートでどこに流れたのかの詳細も、きっちり把握してるでしょうね」

 玲子は鋭い目で大野を睨みつける。葵も視線を逸らさず、真正面から睨み返した。

「私が犯罪に手を染めてるとでも?」

「あなたのお父さんのこと、調べさせてもらいました。十年前に——」

「やめて、父の話はしないで」

 玲子の声は、さらに室内に緊張の空気を作り出した。

 田上は驚いたように目を見開く。葵は一拍置き、静かに言う。

「あなたはお父さんを自殺に追い込んだ人間と、同じことを——」

「やめてって言ってるでしょ!」


 玲子の声は震えていた。怒りか、恐怖か、罪悪感か判別できない。しばしの沈黙が部屋を包む。


 やがて、玲子は顔を背けたまま固まった。

 田上もなにも言えず、葵も口を閉じたまま、時間だけが流れていく——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ