口封じ
住宅街のマンションから出てくる葵と田上。
田上が言う。
「一歩遅かったか」
パトカーの運転席に身を乗り出す葵。無線機を握りしめる。
「岡島はさっき家を出たばかりで、家族も行き先を知らないそうです」
警視庁捜査二課では、無線機に応答する土屋課長をはじめ、宮下、坂口、富樫の三人も固唾を飲んで聞いている。
「家族に連絡取ってもらったらどうだ?」
無線機から葵の声が複雑なノイズとともに聞こえてくる。
「奥さんに電話してもらったんですが、電話に出ないみたいで、引き続き、電話が繋がったらすぐに家に戻るようには伝えてます!」
「よし、わかった!お前らはそのまま岡島の自宅を張り込め。いつ岡島が戻ってくるかわからんからな」
「了解!」
やれやれ、面倒なことにならなければいいが。
「岡島、マズくないですかね」
と宮下が言った。
「金の流れを知るうちの一人ですから、佐原玲子にとっては邪魔者にもなりえます」
と坂口が言った。
「課長、我々も岡島探します!」
と富樫が言って、宮下、中野とともに刑事部屋を出ていく。
「頼んだぞ!絶対保護してくれよ!」
深いため息をつきながら、ドッシリと椅子に座る土屋。
◆
夜の路上。人通りはなく、不気味な静けさだけが漂っている。岡島はそんな人気のない路地に一人立っていた。吐く息が白い。
ネットで佐原玲子の存在を知り、その思想に共感し、彼女に協力してきた。
この人は、必ず都を変える。
そんな期待があった。
それだけにトップ当選したあの夜のことは今も忘れられない。
玲子から秘書をしてくれないかと、相談された日、思わず涙が溢れそうになった。
そんな日々が走馬灯のように岡島の脳裏によぎる。
今思えば、どうしてあんなに玲子にのめり込んでしまったのか、自分でもわからない。一歩引いた視点で冷静に見ていれば、こんな思いを抱かずに済んだかもしれないな、と岡島は自分に呆れる。
次の瞬間、強烈なエンジン音が闇を切り裂いて近づいてくる。
「——っ!」
ライトが岡島を射抜く。逃げようと駆け出したその瞬間、黒い車が真正面から突っ込んできた。逃げる暇もない。衝撃で身体が宙に浮き、ぐるりと回転しながら暗闇に飲まれる。
倒れた岡島に近づく足音。車から降りてきたのは、須藤だった。
興奮で顔を紅潮させながら、岡島のカバンを漁り、目的のDVDを見つけると胸元に抱える。
そして振り返りもせず車に戻り、夜の闇へ消えた。
◆
夜の街を走る車。運転しながら興奮を隠しきれない須藤。
「玲子さん」
昨夜のホテルの部屋の玲子を思う。生まれて初めて見る女性の裸はあまりにも幻想的すぎた。
「玲子さんは俺しか頼る人間がいない、俺は玲子さんから頼りにされてるんだ、他の奴らとは違う、俺は、玲子さんの中で、特別な人間なんだ」
一人ニヤニヤする須藤。
◆
パトカーの赤色灯が暗闇を裂き、サイレンが辺り一体に響く。
葵と田上がパトカーから降りた。道路には鑑識が散らばり、青白いライトが死体を照らしている。しゃがみ込んで葵が顔を上げた。「田上さん……」
「ああ。遅かったな」
港北署の森本刑事がやってきた。
「港北署の森本です」
田上が名乗り返す。「捜査二課の田上です。こちらは大野です」
会釈する葵。森本は現場を指さす。「ブレーキ痕、見ての通りです。衝突地点には一つもありません。跳ね飛ばした後、あの地点で急ブレーキを踏んでますな」
葵は一瞬、唇を固く結んだ後で言った。
「……意図的に轢き殺した」
森本が頷く。
「偶発的な事故なら、急ブレーキの跡は必ず残りますからね」
「目撃者は?」
「いやぁ、ダメです。ここは元々人の通りが少ない場所でしてね…」
浮かない表情の二人を見て、森本が続ける。
「ホトケさん、あの佐原玲子の秘書なんですか?」
ええ、と頷く田上。
「二課が佐原玲子のこと調べてるのは噂で入ってきてましたけど、その秘書が轢き逃げされるって偶然ですかねえ?」
冷たい夜気が、二人の頬を刺した。




