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偶像の証明  作者: 川村尋之


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18/24

新たな予感

不意にピンポーンと部屋のチャイムが鳴る。


 葵が髪を束ねたまま玄関を開けると、同期の刑事・日高真帆が一升瓶を抱えて立っていた。


「やっほー!」

「真帆!」

「葵ちゃん、元気でやってる?お邪魔しまーす」

「ちょ、これからお風呂……」

 もう遅い。 真帆は靴を脱いでずかずか上がり込んだ。

 

 

       ◆

       

       

 テーブルには買い出ししたようなつまみが並び、二人はコップ酒で乾杯した。


「へえ、大変だよね、二課って」 真帆がつまみを頬張りながら言う。

「そうなのよ、大変なのよ。扱うのは単純な事件じゃないからね!」

「私が単純な事件ばっか扱ってるみたいな言い草ねぇ」

「そういうわけじゃないわよ。でも……なんかネットの中がすごく気持ち悪いのよね」


 一瞬、過去に助けることができなかった女子高校生の姿が脳裏に浮かび、胸に痛みを感じる葵。佐原玲子の事件を捜査するようになってから頻繁にフラッシュバックする。


 真帆は軽く頷き、葵の肩に手を回す。


「まぁ、飲もうよ、ほら」

 葵がコップ酒をぐびっと飲む。「わかるわよ。佐原玲子信者なんて、もう宗教だもん」

「でしょう?教祖様のためなら平気でネットリンチも誹謗中傷もするし」

「代引きの荷物送りつけられるとか、普通にあるらしいよ」

「なにそれ?ヤバいでしょ、普通に」

「犬猫野菜だから考える頭がないのよ」

 葵は吹き出した。「真帆も言うか」

「え?なにが?」

「犬猫野菜よ」

「あー、田上さんが言ってたのよ」

「なるほど」

「あ、そういえばさ、畑中雄二っているじゃん?立候補してる実業家」


 駅前の演説の光景を思い出す葵。

「あ、そうだ!今日開票だっけ?」

 と身を乗り出す葵にスマホの画面を見せる真帆。

「見事落選、くっくっく」

「おお!落選したのかあ」

「ビリから二番目ね」

「いやぁ、良かった。正直当選したら嫌だなあって思ってたのよ!テンション上がる」

「こうして見ると、現実社会ではそこまで影響力ないのかしらねえ」

 と真帆が言った。


「うん、うちの坂口さんも言ってたわね、そんなこと」

「社会現象なんて言われてるけど、所詮はネットの中だけなんだろうね。まぁ、そのネットの中だけの人間がタチが悪いんだけど」

「宗教的だもんね、やっぱりネットの中はよくわからん」

「信者たちもさ、他に楽しみないんだろうねえ、マッチングアプリでもやって恋愛の相手探すとかすればいいのにぃ」


 そういえば、真帆は婚活中だった。マッチングアプリで結婚相手を探すってどうなんだ?


 葵も以前、試してみて何人かと会ったが、写真を加工してたり、職業詐称してたり、ろくな男がいない印象しかない。


 当然、マッチングアプリももうやっていない。


「いや、たぶんそういう恋愛とかしてこなかった人たちなんじゃないの?だからあれだけ佐原玲子にのめり込んでるんでしょ?」

「ああ、なるほどね!そういうタイプかあ、じゃあ仕方ないわ」

 そこまで言うと真帆は箸を止め、思い出すように続けた。

「そういえばさ、佐原玲子の父親も自殺したんじゃなかったっけ?」

「え?そうなの?」

「なんか前にそういう話、見たことあるのよね」


 葵の表情が曇る。(自殺……?もし本当なら、今の彼女の行動と……関係がある?)

 胸の中にひとつ、不穏な線が繋がり始めていた。

 真帆が突然問いかける。


「葵、あんたそういえばあの彼氏どうした?」

「え?彼氏?」

「ほら、マッチングアプリでいい感じになった商社マンいたとか言ってたなかったっけ?」

「は?そんなこと言ったっけ?」

「あー、なるほど!」

「なによ!」

 シクシク泣く仕草をする真帆。

「振られちゃったかー」

 葵の頭を撫でる真帆。


 当然、そんな真帆もマッチングアプリなんて当てにはしてないが、アプリはずっとスマホにインストールしたままのようだ。


「ちょっと!振られてません!私が振ったの!」

「なるほどねえ」

「もう!」

 

 

       ◆

       

       

 華やかな東京の夜景。

 高層ビル群の灯りたちが燦然と輝く。煌びやかなホテルのロビー。


 大理石の床にシャンデリアの光が反射し、上品な空気が漂っている。


 そこへ、場違いなほど小汚れた格好の中年男・須藤が入ってきた。


 ヨレたジャンパー、伸びた髭、落ちくぼんだ目。だがその眼だけは鋭く、何かを探すようにロビーを見渡す。

 やがて――玲子を見つけた。

 玲子も須藤に気づき、安堵と緊張の入り混じったような笑顔で軽く手を振った。

 須藤はぎこちなく頷き、ゆっくりと彼女へ近づいていく。

 ロビーの空気が、一瞬だけ冷たく張りつめた。

 

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