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偶像の証明  作者: 川村尋之


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17/24

造反

 議員会館の一室。

 夜の回廊はすでに人の気配が薄く、窓の外には遠くの街灯の光がにじんでいた。


 玲子はデスクの前に座っていた。スーツの上着を脱ぎ、薄灯りの下で書類を確認しているが、どこか落ち着かない手つきだった。


 ノックの音。 扉が開き、秘書の岡島が入ってきた。

「岡島さん、どうしたの?」 玲子が微笑みを作る。普段、気弱な岡島にしては珍しく無表情のまま、静かに言った。

「足は大丈夫ですか?」

 静かに頷く玲子。

 最近は何かと岡島とは意見が合わない。顔を見るだけでイライラすることもよくある。


「警察が、周りを嗅ぎ回ってます」

「知ってるわ」

「もう、裏金のことがバレるのも時間の問題かと」

 玲子は目を伏せたまま、しばらく動かなかった。岡島はため息混じりに言葉を続ける。


「私は、玲子さんが東京都の裏金問題を追求する姿を見て、その想いに共感して、あなたの支持者になりました」

 言葉を遮ることもなく、ただ、黙って岡島の話を聞く玲子。


「あなたなら、やってくれる。東京を変えてくれる。本気でそう信じたからです」

 窓の外に目をやる玲子。あたりは暗闇に包まれている。


「単なる支持者の一人にすぎなかった私を、秘書に任命してくれた時は、心の底から嬉しかった。しかし」

 岡島を見る玲子。その視線は冷たい。

「フタを開ければ、裏金議員とやってること同じじゃないですか?」

「同じではないでしょう?」

「同じです、あなたの頭の中は常に、金と、自分をよく見せることしかない」

「それは、あなたの能力が低いからそう思うだけよ」

 岡島は本当に使えない男だ。


 玲子は最近、岡島の要領の悪さに苛立ちを感じていた。新しい秘書を雇ったのも、この目の前の岡島を切るためだった。もうこんな男雇っておけない。


 そんな思いにも後押しされて、玲子が強烈な言葉で返す。


 だが、岡島もそれに対して強烈な言葉を返す。


「金に関しては、何度もあなたに注意をしてきたはずです。あなたの能力が低いから、線引きができなかっただけでしょう」

「…」

「あなたは最初から、都の不正を暴く気なんてなかった。本当にやる気なら、自分を批判した大学教授に八十件ものスラップ訴訟を起こすヒマなんてないはずです」

「スラップ訴訟じゃないわ。正当な訴えです。悪いのはあの教授でしょ」

「でも、全部負けてるじゃないですか、それが何よりの証拠ですよ!あなたは、そうやって自分を正当に批判する者を傷つけてきた。でも、さすがに今回の件はやりすぎです」

「今回の件って?」

「週刊誌記者の晒し行為ですよ」

 沈黙。

「家族は関係ないでしょう?」

 すると玲子はかすかに眉を上げた。「私は家族を晒した覚えはないけど」

「いや、あなたが晒したようなものだと思います。あなたが犬笛を吹けば、支持者たちがどんな行動をするかはわかってるはずです」

 玲子のまぶたが震えた。その瞬間、胸の奥で古い痛みがうずいた。ふいに、過去の光景が蘇る。


 

――霊安室の青白い蛍光灯。 冷たく横たわる父の顔。 あの日、ネットで少し政治家を批判しただけで集中砲火を浴び、個人情報を晒され、追い詰められ、最後には……。

 スマホ画面に流れ続けた罵倒の投稿文が、脳裏にまた浮かぶ。

 

《死んで詫びろ》

 《こいつの家ここだろ》《家族もグル》

 


「もうマスコミも騒ぎ始めてます」


 岡島の声が現実に引き戻す。玲子は顔を上げた。

「で、私にどうしろって言いたいの?」

「自首した方がいいと思います」

 室内が静まり返った。時計の秒針の音さえ響いてくる。玲子は笑いも怒りも浮かべず、ただ口を閉じる。

 すると岡島はカバンから薄いケースを取り出した。


「もし、自首をしないのなら、私がこれを持って警察に告発します」


 玲子の目が一瞬だけ大きく見開かれた。あくまでも冷静さだけは崩そうとしない。岡島の手にあるDVDケース。そのラベルには何も書かれていない。

「それは?」

「この中に金の流れがすべて記録されています」


 この男は、私があちこちに寄付金として振り込んだ金の、その後の流れまですべてチェックしていたのか?確かに一部の金の振り込みなど指示したこともあったが、まさか。


 そんな考えが次から次へと浮かんでは消え、それでも玲子は一切の表情を崩さない。


「…そんなもの、持ってたのね」

「あなたが支持者から集めた金を、いつどこに送金して、その金がどういうルートであなたに還流されるのか、詳細に記載しています」

「そう」

「一日待ちます。明日までに返事をください」


 岡島は深く頭を下げることもなく、静かにドアを閉めた。

 

 部屋にひとり残された玲子は、ゆっくりと拳を握りしめた。

 爪が掌に食い込むほど強く。

 

 

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