被害者
病院のICUのベッドの上の横田。
窓ガラス越しに心配そうに見つめる妻。
横には高校生の息子がいる。
妻は、ハンカチを握りしめている。決して裕福とは言えないが、それなりに幸せな家庭を築いていた。それが、一瞬で。
隣にいる息子の肩を抱き寄せる。息子は母の顔を一度見て、また父の方を見る。何も言葉が出てこない。
昔から休みの日には、よくサッカーの練習に付き合ってくれた父。息子はそのおかげでサッカーが上手くなったと本気で思っていた。
もう父とサッカーすることができなくなるのではないか?そんな不安と必死に戦っていた。
◆
葵が続ける。
「自殺なのか、それとも殺されそうになったのかはわかりません」
「殺されそうになったって、誰に…」
「あなたの信者ですよ」
「私の?」
「その記者さんの会社には毎日ものすごい数の抗議電話やメールが今も殺到してるらしいです。奥さんとお子さんの身元も特定され、拡散されてます」
「そうなんですか?それはお気の毒に」
「それに……事実無根のデタラメな作り話も拡散されていて、あちこちで名誉毀損や誹謗中傷が繰り返されています。こうなること、予想してましたよね?」
「まさか」
黙ってこのやりとりを聞いている岡島。
「あなたのような影響力のある人が名刺を晒したら、どういうことになるか……よくわかっているはずです」
玲子はフッと笑った。その笑みは、言葉より多くの意味を含んでいる気がした。
「もういいかしら?急ぎますので」
「ちょっと――」
葵が呼び止めようとした瞬間、田上がそっと肩に手を置いて、やめとけ、と制した。
玲子の後に続こうとした岡島を呼び止める田上。
「あの人、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じって…?」
「いや、なんか、のらりくらりと話を交わすのがお上手ですよねえ」
「…」
「秘書さんなら、あの先生への寄付金がどこに流れて、そこからさらにどこに流れたのかを把握されてますよね?」
岡島、額に少し冷や汗を浮かべる。
「岡島さん…でしたっけ?佐原さんが立ち上げた市民団体や個人事務所にも関わってらっしゃいますよね?」
玲子が振り向く。田上がなおも続ける。
「そこから、どこにいくら流れたのか、秘書ならご存知ですよね?」
「岡島さん、行きますよ」と玲子が田上を牽制するように岡島に呼びかける。田上に一礼してから玲子の元へ駆け寄る岡島。
タクシーを止めた玲子は、葵と田上に軽く頭を下げ、車に乗り込む。
ドアが閉まり、去っていくタクシーを二人は無言で見送った。
「尾行してるのがバレちまったな」 田上が吐き出すように言う。
信者の一人が田上に声をかけてくる。
「あんたたち、誰なの?」
「え?友達ですよ、友達」
◆
玲子の投稿が広がる。
《突然、何者かに階段で突き飛ばされました!この前の刃物の男といい、立て続けに命を狙われ、本当に身の危険を感じています》
その投稿に次々と信者やアンチたちからの反応がつく。
《やっぱり都が殺し屋を雇って玲子さんを殺させようとしてる説が濃厚かも》
《玲子さん、気をつけて!》
《誰か玲子さんを守って!》
《天罰だな》
《犬猫野菜たちが大発狂W》
画面は信者とアンチたちの怒りと熱狂、そして嘲笑で満ちていた。それは日付が変わった深夜になっても延々と続いていく。




