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偶像の証明  作者: 川村尋之


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祖父との約束

 幼い頃の葵はとても無口な女の子だった。


 人見知りが激しく、友達も少なかった。


 母を亡くしてからはより一層、口数が少なくなり、自分の殻に閉じこもるようになってしまった。


 そんな葵を心配してか、父は葵に剣道をやらせた。剣道なんてやりたくなかったが、大野家では父も祖父も剣道の有段者だったことから、幼いながらも、何となく断れない空気を感じて、嫌々始めることとなった。小学校三年生の時のことだ。

 

 それまで運動は大の苦手だったのだが、不思議と剣道に関しては、あんなに嫌がっていたのとは裏腹にどんどん上達していくのを自分でも感じていた。


 祖父は元警視正で、毎朝、近所の子供たちに剣道を教えており、葵も朝練に参加していた。父親も警視庁の刑事で、よく剣道を教わったものだった。


 そのおかげか、小学校を卒業する頃には活発な女の子となっていた。母親も生前は活発な性格で、父とは職場結婚だった。つまり、母も警察官だった。

 

 父が一度だけ惚気たことがある。母は美人で警視庁のアイドルだったんだと。昔の母の写真を見ると確かにどこかの芸能人のように美人で可愛かった。

 

 葵の正義感の強さも家系譲りで、小学校五年生の頃にはクラスのいじめっ子の男子にホウキの柄で面打ちをして泣かせてしまったこともある。


 その男の子はいつも数人で弱い男の子をいじめていて、葵はたびたび注意していたのだが、それでもやめずにいじめを続けていたから、ある日とうとう葵の怒りが爆発してしまったというわけだ。

 

 当然、親が学校に呼ばれることになるのだが、父は仕事中だったため、普段から家にいる祖父が呼び出された。


 ケガをさせてしまった子の親に深々と頭を下げる祖父の姿を見て、とてつもない屈辱感を覚えたのを今でもよく覚えている。


 おまけに祖父に頭を掴まれて謝罪させられたことも屈辱的だった。悪いのは弱い者いじめをしていたあいつなのに、なんでおじいちゃんが謝らなければならないのか?祖父に無理やり頭を下げさせられている間、葵は怒りに震えていた。

 

 その帰り道、祖父にどうしてクラスメイトの頭をホウキで叩いたのか理由を聞かれた。


 どうせ私が悪いんでしょ?もういいわよ、という態度を崩さなかった葵に祖父は叱るでもなく、落胆するでもなく、淡々と理由を聞いた。父なら反抗してケンカになっていたかもしれないが、祖父には反抗したことは一度もなかった。その時も、祖父に聞かれるがまま理由を話した。


 すると祖父は、そうか、葵は正義感が強いんだな、よくやった、と褒めてくれたのだ。


 正義感の強いところはお父さんに似たのかな?お母さんに似たのかな?それとも、おじいちゃんかな?と言って、今日のことは二人だけの秘密にしようと約束してくれた。


 それ以上、そのことについて何も言われることはなかった。当然、父もその事件のことは知らないままだった。

 

 元々、葵はおじいちゃん子だったところもあったが、その日を境に、ますますおじいちゃん子の度合いを強めていった。

 

 人を許せる人間になれ。祖父は葵によくそう言っていた。

 

 父が死んでからも、葵は剣道を続けた。


 高校二年生の十月のこと、父は強盗犯を追い詰めたところで反撃に遭い、命を落とした。父親を殺された悲しみは想像を絶する。学校に行って友達と話をしてても話がまったく入っこなかったり、勉強も手につかなかったり、ことあるごとに死んだ父の顔が浮かんだ。


 お父さん、痛くなかったかな?怖くなかったかな?向こうでお母さんに会えたかな?

 そんなことを毎日毎日考えては一人泣いていた。

 

 怒りや悲しみが込み上げてきて、どうにもならなくなった時は一人で黙々と竹刀を振った。少なくとも竹刀を振っている間は頭の中を空っぽにすることができた。


 だが、それでも気が滅入りそうになることもある。その度に葵は竹刀を振った。広い道場で祖父と手合わせすることもあった。剣道の実力は祖父にまったく及ばないが、葵は一心不乱に竹刀を振り続けた。祖父は何も言わずに葵に付き合い続けた。

 

 今もつらいことがあると、葵は無心で竹刀を振っている。

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