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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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93話:心象風景と〈導脈〉(2)


「……皮肉なものだ」



 ——母をも越える魔導師になること。



 それが、イディオンの魔法が使えるようになりたい根本の願いだったからだろう。

 シェイラは笑わなかった。


「そんな強い力を宿していても、魔法は使えない」

「……おそらくは制御の問題だと思います」


 シェイラは、あえて話題を続行した。イディオンの気分を引っ張るためだった。


「制御の問題か」

「はい。〈導脈〉の魔力制御の問題です。ようは、滝壺に落ちる前に、制御すればいいのですが……」

「それが難しい」

「そうです」


 シェイラは唸る。


「なぜ、難しくなっていると思う?」


 イディオンは切り替わったのか、さらぬ顔で尋ねる。

 シェイラは今答えが出ているところまで、言葉にする。


「通常、〈導脈〉の制御とは無意識に体が覚えていくものです。体の成長とともに馴染んでいき、ある程度の年齢に至れば随意的にできるようになる。さらに訓練を積めば、より精度高くできるようになる。それが魔法の行使へとつながります」


「そうだな」


「ですが、イディさんの場合は……そもそも、体の発達もおかしなことになっています」


「まあ……そうだね。半馬身の背丈しかない十六歳なんて、ぼくくらいしかいないだろう」


「そうですね……一方で筋肉などはついていますよね。ちぐはぐなんです」


「…………」


「ご、ごめんなさい! あの、悪く言っているつもりはないです!」


「……わかっている」


 シェイラが淡々と言ったことに対して、イディオンは少しだけ拗ねたような顔をした。

 体の成長が進んでいないことに、思うことがあるのだろう。複雑な年頃だ。気をつけよう、とシェイラは心に留めておく。


「この成長の阻害は……おそらく〈導脈〉の魔力制御と関係しているのですが……」


 シェイラは耳飾りを人差し指で弾いて、うーん、と呻く。


「なんでなのか、そこはまだわからないんですよね」

「ぼくもわからなかった」

「希少な事象で、理由はあるはずなんですが……わたしの知識が足りません」


 シェイラは、溜息をつく。はあ、と言いながらイディオンとは反対側に力を抜いて倒れた。

 だれかきちんとした人が見たら、王子の部屋で寝転がるなんてけしからん、と唾を飛ばすかもしれない。


(だって、この椅子、ふかふかして気持ちいいんですよ)


 だれとはなしに、言いわけをする。


「魔力制御ができないと、心象風景が暴発するしかないのか?」

「そう……なっちゃいます」

「……今のうちに離宮にでも越しておくか」

「いやですよ。やめてください。そんな想像しないでください。わたしが絶対そうはさせないんですから」


 後ろ向きなイディオンの発言に、シェイラは、がばっと体を起こした。

 イディオンがたじろぐ。


「ごめん……」

「わたしは絶対に諦めないんですから、そんなこと言わないでくださいよ」

「……わかったよ」

「よろしいです」


 偉そうに、シェイラは肯いておく。

 イディオンは弱ったような顔をしていたが、どことなくうれしそうでもあった。

 シェイラは満足だ。


「……とはいえ、知識が足りないんですよね。それで仮説が曖昧になってしまうというか」

「仮説はあるのか?」

「はい」


 シェイラは、イディオンから過去の話を聞いていたなかで、ひとつ気になっていることがあった。

 頼りになりそうなものを、整然となった室内から探す。

 見つけて立ち上がると、シェイラは丸められた羊皮紙を手に取った。引き伸ばして、それを広げてイディオンに見せる。


「これです」

「……下手くそな魔法陣だ」


 イディオンは柳弦(リュート)の声音で、不協を爪弾く。

 かつて、イディオンが苦闘した残痕。陣を上手く描けなかったと話していた証左のようなものだった。


 線は波打ち、記されている文字も震えたかのようになり、重なり合うはずの角や円は、ずれている。

 この闘いの結果を、イディオンはまだ嫌悪しかいだけないようだったけれど、シェイラには神聖なもののように感じる。


 どんな聖遺物よりも、尊い。

 同じ経験をしたシェイラだからこそ、そう思う。

 無意識に、シェイラは羊皮紙を引き寄せた。抱きしめるようにする。

 その仕草に、イディオンの表情がわずかに揺らぐ。


 シェイラはつづきを述べた。


「この魔法陣……それから、呪文を《《覚えられない書けない》》、ということが〈導脈〉の制御にも関わっているのではないか、と思っています」


「関わっている……」


「はい。なにかそこに、制御に関わる鍵や、あるいは操作棒(レバー)のようなものがあるのではないかと」


「……そういえば、」


 シェイラに言われて思い出したように、イディオンが言った。

 顎に左手を置いて上目に記憶を探りながらだった。


「以前、ラムル師もそのようなことをつぶやいていた」


「ラムル師?」


 出てきた人物の名に、シェイラは驚いた。

 あの長葱の魔導師がそんなことをつぶやいていたのか。


「呪文は、魔法制御の根幹だから、おそらく症状として……などとつぶやいていた気がする」


 魔導師は考えごとをつぶやく習性があるな、とイディオンはシェイラに対しての諧謔(かいぎゃく)も含んでいるように、思い出したことを紡ぎあげた。

 シェイラは、そんなことは聞いていなくて、きらりと光るものを見つけたように立ち上がる。



「——聞きにいきましょう、イディさん」


「今から?」

「はい。今日はわたしが来るから、今頃塔で研究しているにちがいありません」

「そう、なのか?」



 シェイラは、イディオンの手を取った。



「参りましょう、ラムル師のところへ」


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