表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/185

88話:移ろい

 象牙の扉をくぐると、そこはたしかに、物が整頓されて、塵ひとつなくきれいに磨かれていた。


 窓布(カーテン)が開けられて、照り葉の明かりが、部屋全体を薄づいたばかりの紅葉の色合いに染めている。格子となっている上げ下げ窓を開けば、初秋の涼やかな空気がやさしく吹き込む。心地のよい気候だった。


 シェイラがうっとりと目を閉じ、まぶたで風を、鼻腔でにおいを感じていると、隣にイディオンの気配がやってくる。



「秋が好きなのか?」


「どうでしょう……気持ちがよいので、好ましいのはたしかです」



 シェイラは目を開いて答える。


「けれど、好きなのは秋だけではないです。四季の移ろいが好きなのかもしれません」


「移ろい?」


「はい。それぞれの季節が深まった時よりも、季節と季節のあいだの移ろいが。今だったら陽がのぼると、まだ夏の香りも少し残っていますよね? けれど朝とか、夕方は秋を感じる。そういう混ざりあった移ろいが好きです」


「混ざりあった移ろい」


「はい。わたしは小さな頃、旅芸人でしたから、はっきりとしたものよりも、移ろうものが好きな気がします。旅芸人は定住せず、移ろうものでしたから」


「……そうか」



 イディオンは感慨深げに窓の外を見やる。

 花ツバメが、秋の色に羽色を変えて、旅路の準備をしていた。南のほうへ向かうのだろう。



「人の気持ちや心にも関心があって、心ノ理学を修めましたけれど、それも人の心が定まるものではなく、移ろうものだからこそ、関心があるのかもしれません」


「定まった心は、いやなのか?」



 イディオンが不安げに見上げてくる。

 これからがんばろうと決心したばかりで、シェイラの発言に気持ちが乱れたのだろう。

 ゆるゆると首を振る。


「まさか。そんなことはありません。けれど、心が定まっていても、人とは時に揺れるものです。それも含めて移ろいで、すべてが尊いと思います」


「……そっか」


 イディオンは納得すると、下がっていった。

 片づけられて出現した、肘かけのある長椅子に腰かける。もたれて眠れるような意匠だった。近くの小卓から積まれている本を一冊取り出す。


「好きなだけ移ろいを感じてもらってかまわない。ぼくは、待っているから」


 シェイラは、その気づかいにくすくすと笑う。

 やさしい子だ、と変わらず思う。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。今日はイディさんのための日ですから」


 シェイラは言って、イディオンの前に跪く。


「腕をまくって観せていただいてもいいですか? さきほどお伝えしたように、少しさわらせていただきたいです」

「どちらの腕がよいというのはあるか?」

「利き腕のほうがいいかと思います」


 イディオンはこくりと肯くと、小卓に本を戻して、右手で左手の手釦を取る。そのまま、袖をまくる。


 細い腕だった。あまり食べてないのではないかと心配になるが、橈骨のあたりは筋肉がついているようだった。

 そういえば、力が強かったな、と記憶から引っ張り出しながら、イディオンの腕を観察する。


(やはり、〈導脈〉の光は見られない……)


 それは、最初に観た時から変わりない。

 であれば、ふれながら感じる必要がある。


「失礼しますね」


 シェイラは、左手でイディオンの左手を取る。びくっとわずかな震えを感じつつ、気にせずそのまま、右手で手首のところをふれた。人差し指と中指をそろえて、脈より下の層をさぐる。


 どくどくっ、という血流のはやい流れと鼓動を感じる。

 観て取れないものを感じ取る。

 シェイラは、目を瞑ると、呪文をつぶやく。



(——{解析})



 長く息を吐き出してから、今度はすばやく息を吸う。


 そうすると、シェイラの銀色の魔力が活性化して、医療魔術の{解析}が発動する。吸った息が、シェイラのそろえた二本の指を通して、イディオンのなかに入り込むような、拡張した感覚を得られる。


 {解析}は、ヴェッセンダリアの十二老師の一人が作り上げた魔導だが、シェイラの使うそれは老師には到底及ばない。すごい魔導であるけれど、術者の練度によって精度が異なる。身体構造の細胞まで見抜くためには、老師ほどの熟練がなければ難しい。


(……ですが、そこまでできなくても問題ないです)


 シェイラは細部までさぐれなくていい。

 ふたつ、見つけられれば十分。


(……ありました)


 まず、ひとつ。それは、すぐに見つかった。

 シェイラの見立て通り。



 ——涸れた〈導脈〉を見つける。



 やはり、あったのだ。イディオンにはきちんと、〈導脈〉が存在する。

 少し、ほっとする。


(〈導脈欠損症〉、ではありませんね)


 そういう症状がある。生まれた時より〈導脈〉がなく、魔法が使えない場合があった。

 そうだったら、そもそも元素魔術を扱うことはできない。そうでなくて、よかったと思う。魔力を宿す器官があるのであれば、手立てを考えられる。


 旧ユベーヌやノザリアンナの民は、もとより〈導脈〉を持たない。それゆえ、〈導脈〉に頼らない、まじないや呪術などの魔法に発展していった歴史がある。


 欠損はあるはずのものがないことを言う。〈導脈〉に頼る魔法が使えないという結果は同じだが、理由が異なるのだ。

 イディオンは、どちらでもない。



(では次……)



 なぜ、涸れているのか。それをさぐる。

 涸れた河の源を探っていくように、シェイラはイディオンの〈導脈〉のなかを辿っていく。本来はあふれるはずの魔力の河はなく、ただ空洞だけが虚ろにある。

 歩いているようにも、泳いでいるようにも感じられて、ただ先を求める。


 ふいに、強い流れのようなものを感じた。

 うねりのように、ほとばしる力。



(これは……)



 魔力だ。青銀。(はなだ)と銀がちょうどとけあったような色の力。

 魔力を〈導脈〉に感じる。



(では、なぜ)



 なぜだろう。この魔力はどこへ行く。どこへ向かう。瞳のなかにもかすかに映って消え失せた魔力はどこへ。


 求めていると、シェイラは自分の体が突然、虚空の彼方に落ちる感覚を得た。


 落ちていく。急速に。高所より、吸い込まれるように、引力によって。

 抵抗を、しなかった。落ちるままにする。青銀の流れもまた、滝になって落ちていくようだった。シェイラは滝とともに、落下していた。



 そして、草卒に終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ