87話:王子さまの変容
翌週の〈福音ノ日〉から、シェイラとイディオンのふたりは、本格的にイディオンが魔法を使えない理由を解き明かしていくことになった。
イディオンの過去や心境の変化を聞き、シェイラが宣言してから一週間。
どんな様子だろうかと第一王子宮に顔を出せば、その変化は一目瞭然だった。
(おお……!)
まず、イディオンは、これまでさらっと下ろしていた髪をしっかりと結っていた。低めの位置だったけれど、それだけですっきりして見える。もう少し髪が伸びて、前の方に流せば、父たる王配エヴェリヤンのようだ。
それから、身なり。上半身は、襟のある襯衣に中衣を羽織っていた。半裾の細袴に真っ白な靴下に革靴で、きっちりとした装いだった。今までの、ゆるやかな装いとは異なる。
背筋よく長椅子に座っているので、いかにも王子さまらしい。
(美少年ってすごいですね)
眼福だ、とシェイラは小さく拍手をする。
「シェイラ!」
入口から覗いていたシェイラに気がつくと、イディオンは、見ていた書類のようなものを無造作に置く。ぱっと立ち上がってやって来た。
(犬さんみたいです……!)
結ばれた髪も相まって、尻尾を振る子犬のようだった。
いよいよ、この少年にはしっかりと懐かれたらしい。
(かわいらしすぎますね)
やぶさかではないので、頭をなでたくなる。我慢する。
「こんにちは、イディさん。お勉強ですか?」
「いや、これは、予定書だ。ぼくの公務の予定が書かれている」
「公務を務められるのですか?」
「ああ。……本来なら、十二になれば、やらねばならなかった。今更だが、役目を真っ当しようかと思っている」
近くで聞いていた、赤髪の近衛ゼイドが感激したような顔で、青髪の侍女テニアと目を合わせている。
「そうですか」
「ああ」
イディオンの気持ちの変化にシェイラはほっこりする。仰々しく褒める場でもなかったので、淡々と相槌を打った。
「……ちなみに」
ぼそっとイディオンは言う。
「勉強も……ちゃんと、やっている」
小さく、つづけられる。色白の肌を少しだけ染めて、シェイラから目を逸らす。
シェイラは、これにはすぐに反応した。
「すごいですね!」
「……うん」
「えらいです!」
「……うん」
「さすがですね、イディさん!」
「……うん」
イディオンは、目を逸らしたまま革靴の踵をぐりぐりと床に擦りつける。
シェイラから褒められた言葉がうれしいのだろう。照れ隠しのそんな仕草がたまらずかわいかった。
(尊いです……!)
子どもは、これだからいいのだ。
「——あと、向こうも片づけた」
照れから戻ってきたイディオンは、まだ薄く色が残っている顔のまま、指を差す。
示されたのは、象牙色の扉のほうだった。魔法を使えるようになるために、イディオンが戦っていた部屋。
「片づけたんですか?」
「ああ」
「どうしてです?」
「どうしてもなにも……あのままでは、扱いづらかったし、これからいろいろ調べるのに場所も必要だから。あなたを……埃だらけの場所に座らせるわけにもいかないし……」
最後は尻すぼみになっていく。
「まあ、わたしのためですね!」
「…………」
「ありがとうございます、イディさん!」
シェイラが明るく受け取れば、イディオンはまたもや恥ずかしそうに、こくんと肯く。
シェイラはイディオンの恥ずかしさを払拭したくて、そのまま呑気に本題を提案した。
「では、ぜひとも、きれいになったあちらでイディさんの体を観させてください!」
「…………は?」
イディオンが、いつぞやの下手物でも見たような顔になる。
シェイラはそのままぺらぺらと述べる。
「いくつか不思議なことがあるので、魔法が使えない理由を解き明かすためには、まずイディさんの体の構造がどうなっているのか調べないと、確証が持てないのですよ」
「……もう調べられたことある」
「〈導脈〉とは内部深覚ですからね! さわってみたりしないと、わからないこともありまして。そもそも、イディさん、年齢にしては体の成長が止まっていて不可思議なことになっていますし、やはりまず体を調べてみないことには、はじまりませんので——」
「シェイラ」
はあ、と大きな溜息がつかれる。いつの間にか近衛のゼイドも侍女のテニアも下がっていて、室内にはイディオンの深々とした溜息がよく響き渡った。
「ぼくは見た目はこんなだが、男で、十六だ」
「ん? あ、はい! よく存じております! このあいだ誕生日を迎えられたばかりですからね!」
「……あなたはもっと慎みを持ってほしい」
「すみません、慎みというものは持ち合わせていないのがわたしです。定評があります」
「それはなくていい」
ぴしゃりとイディオンが言う。
シェイラは、うーん、と唸った。なにか勘ちがいされているらしい。
「慎みは持っていませんが、そもそも人には自分の領域というものがあり、それを越える場合は許しが必要です。それはあなたが十六歳だろうが、七歳だろうが関係ありません。だから許可は取りますよ、もちろん。——さわっていいですか、イディさん」
「すごい変態みたいだ……」
「変態というのは、なにも聞いてきません。わたしが知ってる変態はそういう輩です」
「……もうわかった」
溜息をつきながらイディオンは言う。
程々にしてくれ、と言いながら襯衣の襟元に手をかけるので、今度はシェイラが止めた。
「え、なにしてるんですか、イディさん」
「なにって体を見るんだろう? だから、脱ごうと」
「えっ」
「えっ」
気まずい空気が流れる。
「……脱がなくていいのか」
「あ、はい。わたしはただちょこっと腕を出していただこうかと」
「…………」
「あれですかね、以前は医術師の方とかいらっしゃいましたから、それでですかねー?」
「……もういい」
イディオンが今までで一番顔を赤くして両目を覆う。
シェイラは、あまりにものかわいらしさに吹き出しそうになったが、懸命にたえた。
「じゃあ、せっかく片づけていただきましたので向こうで」
「……ああ」
「よかったです! 慎みは持っていなくて大丈夫でしたね!」
シェイラの明るい声に、イディオンは八歳の顔を紅潮させるしかなかった。
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※TALES連載分のネタバレが含まれます
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