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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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84話:途切れた{導線}

「はい。もう心配ありません。お見舞いをありがとうございました」


 シェイラも、適当に空いている長椅子に腰かけると、間もなくして青髪の侍女テニアが茶を持ってやってきた。

 シェイラが来たのを認めてすぐに用意をはじめたのだろう。よくできた侍女だ。


「……そっか」


 淹れてきた茶を口に含んでから、イディオンは相槌を打つ。

 シェイラも茶を口に啜りながら、横目にイディオンが茶器の底を見て止まっている様子を目にいれる。


「もしかして、心配してくださっているのですか?」

「いや、その……」


 一応、とぼそっとつぶやかれる。

 それがイディオン少年の照れ隠しなのだというのは、視線をそらされて身じろぎをする仕草から読み取ることができた。


 いい子だな、とあらためて思う。


「ご心配ありがとうございます」


 シェイラが言えば、うん、とイディオンは肯かれる。そらされた視線が何度か左右を行き来すると顔が上がった。


「……心配した」


 小さく、一言。


「すみません、その……少しどじったんです。反省でしかないです」

「あなたは約束をやぶるような人じゃないから……だから余計に……」


 心配した、と柳弦(リュート)の高い音は言う。


「ありがとうございます。これからは気をつけます」


 護符を持ち歩かなかった自分の失敗も含めて、気を付けなければいけない。


「すごい苦しそうだった……」

「はい、すみません。これからは、そうならないように気を付けます」

「約束してくれ」

「約束します」

「絶対だ」

「絶対です」


 イディオンの心配に、シェイラが徹底して応じると、やっとつかえは取れたようだった。張っていた弦がゆるんだように、溜息まじりにふっと息がひとつ吐き出される。

 イディオンは茶器を再度取って口に運ぶと、茶の味をやっと思い出したように小さな笑みをこぼした。

 シェイラはイディオンに合わせるように茶器を口に運ぶ。



「——ところで、なのですが」



 飲み終えると、切り出した。



「イディさんは、魔法が使えるようになりたい、というお気持ちは、変わらずでよいのですよね?」


「……ああ」



 魔法が使えないという話題について、イディオンから明確に返事があったのは今回がはじめてだった。

 幾分、空気がぴりつく。


「ならば、そろそろ、なぜイディさんが魔法を使えないのか考えましょう」


 シェイラは言う。

 縹色の瞳が向けられる。


「なぜを考えて、どうやったら使えるようになるのか考えましょう。イディさんにとって、それはもしかしたら……つらいことと向き合わねばならないかもしれません」


 ただ、とシェイラは一旦言葉を切る。


「わたしもご一緒します。なので、一緒に考えましょう」

「一緒に?」

「はい、一緒に。だって、わたしが一方的に伝えるものでも考えるものでもないです。そもそも、イディさんに関することですし、イディさんの意志があり願いがあって、成り立つものです」

「…………」

「ですので、一緒にです。よいですか?」

「……わかった」


 しばしの間ののち、明確に強い首肯だった。イディオンの意志を感じられて、シェイラはほっとする。


 これでやっと、一番イディオンが困っていたことに手を伸ばせる気がする。今までの自分の関わりがまちがいではなかったと少し思える。

 シェイラは心ノ理学(こころのりがく)に少し詳しく、子どもとの関わりも経験があるだけで、すべてに自信があるわけではない。

 ひとつひとつ積み重ねていって、やっと手を伸ばせるようになることがある。

 それだって、今のイディオンや、これまで関わったセレリウスたちのように本人の意志がなければ、伸ばせることではないのだ。

 外の人間がなにを言ったとしても、困っている本人がどうしたいかが、一番大事だとシェイラは思う。



「……あなたは、不思議な人だ」



 シェイラがぼんやりそう思っていると、イディオンのつぶやきが聞こえた。

 見れば、第一王子は、はじめてこの場で会った時のように、王都ガルバーンのほうを見ながらつづけた。


「魔導師なのに、一緒に、というのだな」

「イディさんのことですよ。当たり前じゃないですか」


 少なくとも、シェイラのなかで本人の意思確認は、絶対するものだ。

 不思議もなにもない。

 イディオンは、窓の外を見つづけながら言う。


「いや、今までぼくを見た魔導師や医術師たちはそうではなかった」

「王子さまですよね? 勝手に見るんですか? 無礼です、無礼」


 シェイラは冗談を混じりにいらえる。

 イディオンは、それには乗ってこなかった。


「……王子、だからだろうな。王子という名の、物を見ているんだ。王子だからどうにかしなければ、王子だから治さなければ、と勝手に診て、勝手に匙を投げていく。そこに、ぼくがどうしたいか、の意志なんてなかったよ」


 イディオンは、唇を片方だけ上げて、自嘲するように笑う。

 視線を窓の外からシェイラに戻す。



「——ぼくは、途切れた{導線}なんだ」


「え?」



 唐突な話題の変容に、シェイラはイディオンを見る。

 イディオンはおだやかに、されど諦念を孕んだ声で言う。



「断絶した、{導線}。それが、ぼくだ」



 シェイラはその表現に、喚起される記憶があった。

 昔、似て、非なることを言った覚えがある。——ヴィクトルに。


「……こっち来て。話すよ。約束だから」


 言って、イディオンは立ち上がると、あの研究室のような書斎のような空間にシェイラを招いた。


 日中でも薄暗く埃っぽい部屋に、イディオンの数年の蓄積がある。


 適当に座ってと言われて、シェイラは魔導書が積み上がっていた腰かけに座る。積み上がっていた本は慎重にそっと床へ移動しておいた。

 そのあいだに、イディオンが魔導具の宵燈(ランプ)に明かりを灯す。ぽうっと室内が明るくなった。


 イディオンは書き物机の隅にちょこんと腰かける。

 そうして間をおくこともなく、すでに心の準備は終えていたように、イディオンは語りはじめた。



「ぼくは、生まれたときから{導線}を走っている人間だったんだ」

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