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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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83話:かくれんぼの終わり

 女王の期待に足が重くなるのを感じながらも、謁見していた女王の居館から出る。居館や政を行う本館は、城山の頂上にあり、周囲を第二の城壁がぐるりとする。


 夏の暑さを押しのけて、モルベンドの月(じゅうがつ)の、秋の香りを感じる。木々の紅葉がはじまりかけていた。


 ものものしい検問を終えて城塔を出てくだれば、少しだけ覚えはじめた第一王子宮へと至る小路につながる。

 四阿(あずまや)や小さな塔などを抜けると、イディオンの住まう宮はすぐそこだった。


「こんにちは、魔導師のシェイラータです」

「シェイラータさま! お待ちしてました! 先日はご体調が悪かったということでしたが、もうお体はよくなられましたか?」

「はい、もうすっかり」

「そうですか、よかったです。殿下も、我々も心配しておりました。どうぞ、なかへ。殿下も今か今かとお待ちになっています」


 赤髪に茶色の目を持つゼイドという名の近衛だった。明るくシェイラに声をかけ、扉を開いてくれる。


 初日にイディオンに口うるさく言っていたのがこの近衛だ。口うるさいのはどうやら下に小さな兄弟が多いかららしいということを、なかにいる青髪の侍女テニアより聞いた。


 青髪青目の侍女テニアと、赤髪のゼイドは幼なじみなのだという。


 訪問するうちに知り得た情報だった。

 ゼイドにしろ、テニアにしろ、他の近習らにしろ、はじめはシェイラにかなり腰が低く、顔色を窺うような様子があったけれど、シェイラが怒鳴り散らさないとわかるようになってからは気安く話しかけてくれる。


(怒鳴り散らしていいことってないですよね)


 よい人間関係には、まずおだやかさが一番であるとシェイラは断言できる。

 一方で、ラムルのような人間とも関係を築かなければいけないシェイラは、残りの期間を考えると、そろそろラムルに対しても手立てを講じなければいけなかった。


(あの方はむしろ、なぜあんなに怒るんでしょうか……)


 ラムルは、シェイラが福音ノ日のみに来るようになると、逆にその日は、すべてをシェイラに任せてしまって、来なくなってしまった。

 ラムル師をどう巻き込んでいくのか、考えていかなければいけない。

 シェイラは耳飾りを弾きながら考える。



「——シェイラ!」



 いつの間にか、主室に足を踏み入れていた。シェイラは、突然聞こえてきたイディオンの声にびっくりした。

 入り込んでいた思考のために、声をあげて驚く。シェイラの声に、イディオンのほうも驚いて、互いに目を丸くし、視線を合わせた。


「あ、イディさん、すみません、ちょっと考えごとをしていまして」

「あ、いや、ぼくのほうこそ、いきなり声をかけた」


 ものすごく気まずそうにイディオンが、俯く。

 シェイラは目をぱちぱちとしばたいて、そんなイディオンを見やる。


(あれ、なかで待ってくださっているの、はじめてでは……?)


 気づいたことに、シェイラはうれしくなる。膝をついて、イディオンと同じ視線になると感動をあらわにした。


「なかにいらっしゃる!」

「え、あ、うん」

「なかに、いらっしゃる……! かくれんぼ、してないです!」

「うん……」

「イディさん、待っててくださってたんですか?」

「……うん」


 シェイラは両手を合わせて、喜色を浮かべる。

 シェイラの異様な様子に、イディオンはたじたじで一歩下がった。顔が引きつったようになっている。


「ありがとうございます。とってもうれしいです」

「……いや、その、むしろ今まで……申しわけなかった」

「そんなことないです。いてくださるのはうれしいですが、かくれんぼしておしゃべりするのも楽しかったですよ?」

「……うん」


 消え入りそうな声変わり前の高い声に、シェイラはぎゅっとしたくなった。

 嫌われたくないので我慢しておく。


「謝るのはわたしのほうですよ」


 シェイラは言って、イディオンの両手をそっと取った。

 びくっとされるが、振り払われはしない。

 シェイラは、イディオンの縹色を見て、しっかりと言う。


「先週は申しわけございませんでした。約束を守れず、お誕生のお祝いにも参上できず」

「……べつに、いい。もう聞いた。それに、もう一度約束もしたから」


 気にしてない、と返されて目線を逸らされると、シェイラはまたもや、抱きしめて頭をなでたくなった。孤児院のかわいい子どもたちを思い出す。

 さすがに王子さまに対してそれをやると不敬も甚だしいので、ぐっとこらえた。頭のなかで想像するだけにしておく。


「ありがとうございます」


 シェイラは立ち上がってすぐに、イディオンの手を離した。

 ぱっと引っ込められる。短かったけれど、そういう問題ではないようだった。後ろ手に隠されてしまう。


「……もう体調は、大丈夫か?」


 後ろ手を(いら)いながら、イディオンはシェイラに尋ねた。

 そのまま、応接間にある壁窪(アルコーブ)窓の座面に腰をかける。この部屋での定位置のようだった。


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