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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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81話:敷かれた{導線}



「——トールは、これみたいです。いつも、当たり前に、そのうえを走っている。選ぶことができず、敷かれた線を、走っているんです」



 ヴィクトルは、シェイラが指し示す板を見る。なにかの魔導具の基板のようだった。


 {始点}と{終点}が定められ、{導線}が敷かれている。ほかに{分岐点}が三つだけ定められているだけの、ごく簡単な自動化魔術の基板だった。説明用の模型として使われているだけなのかもしれない。

 王宮内の一室で、ヴィクトルたち王族が魔導師らから授業を受けるための部屋だ。教材のようなものは、そこら中の棚にある。


「私が、{導線}?」


「正確には、{導線}のうえを走る魔法の力、そのものです。

 ほんとうは……べつの道だってあるのに。もう敷かれてしまっているから……選べないんです」


 シェイラの言いようは淡然としているのに、どこか悲しげだった。嘆いているようにも聞こえる。


 ヴィクトルは言われてはじめて気づいたことだった。


 そんなふうに、自分の道を考えたことなどなかった。

 うえから見る。俯瞰する。敷かれた道。{導線}上を自分は走っている。


 たしかに、と思った。

 たしかに、そうだ。聖王家に生まれた時から、ずっと。

 指摘されるまで、敷かれていているままを走っていることに、気づいていなかった。言われなければ、もしかしたらずっと気づかないままだったかもしれない。


 気づき、見て、同時に悟る。

 だが、それは今後も変わらない。


 ——聖王家に生まれた以上、ヴィクトルがこの線を()()()()()()()()()は、ありえないのだ。


 それは、己の生まれてからの責務で担わなければいけないものだからだ。

 なら、せめて——……


「……じゃあ、ラータは?」

「わたし?」


 ヴィクトルに尋ねられて、シェイラは驚いたようにする。

 自分の路なんてまったく考えていなかった。そんな顔だった。


「君は、どこを走っている?」

「わたしは……」



 ——隣を。



 敷かれているなら。もう選ぶことができないのなら。ならば。


(隣に。ずっと)


 ヴィクトルが思ったのは、それだけだった。

 シェイラがなにを考えているのかは、俯いていてよくわからなかった。



 わかったのは、それから少し経ってからのことだった。



「……これ、あの」


 おずおずと、差し出されたものを、ヴィクトルは受け取った。


 腕環(バングル)だった。よく、できていた。

 金の腕環。中央に、紅いファル石。ヴィクトルの色を気にとめて用意してくれたのだとわかった。


「ありがとう。くれるの? 私に?」


 こくりと、肯かれる。急な贈り物だったけど、うれしかった。


「きれいだね。どこの工房? いい職人だ」

「……わたしが」

「ん?」

「……それ、わたしが作りました」


 びっくりした。もう一度渡されたものを見る。ほんとうによくできていた。

 いつ作ったのだろう。飛び級して大学府に通いはじめて忙しいはずだ。

 それなのに、シェイラは、細工物を作る才能もあるらしい。


「君が……」

「……はい」

「そうか」


 自分のために作ってくれたと思えば、さきほどよりも強く込み上げてくるものがあった。早速、左腕に通す。

 ずっと昔から付けていたように、肌によく馴染んだ。


「どうやって作ったの?」


 なんとなく聞いてみる。


「川でさらって」

「え?」


「エシアの砂金です。川でさらって、取り出して、それで取り出したものを熱すると、不純物が落ちるので、きれいになるんです。それで型を取って……このあたりは、ひとりで全部は難しかったので、彫金工房にお邪魔して——」


「待って待って待って」


 なに言っているんだ。

 忙しい合間を縫って、エシアまで行ったのか。


「砂金から作ったの?」

「はい」

「型入れして、石探して、石留めて?」

「はい」


 驚きすぎた。

 同時に心配にもなる。


「火傷、しなかった?」

「…………少しだけ」

「……なんでそんな危ないことを」


 だめだよ、とは言いたくなかった。言いたいけれど、言わなかった。

 両手のおそらく火傷の痕を隠すようにしているのは、あとで暴いてやろうと思う。


「魔法は、」


 シェイラが小さく言う。


「……魔法は、手間にこもるんです。手間が大事なんです」

「手間?」

「時間をかけて、手をこめて、そういったものに真の魔法は……宿るんです」


 わたしは魔法が使えないから、とシェイラは視線を下げてつぶやく。


「……だから、いにしえのユベーヌのまじないを込めました。〈導脈〉がなくても、ユベーヌのまじないは手間をかけるから、効くんです。母さんが、そう言ってました。教えてくれました」

「まじない……」


 どんな、まじないをかけてくれたのだろう。


「——守りを」

「守り?」


「トールを守ってくれますように。これから……蟲と戦うようになるあなたを、守ってくれますように。傷つきませんように」


 そんな願いを込めたという。


「……わたしは……、あなたの隣にいることしかできないから。隣で、あなたの{導線}と一緒に走ることしかできないから。だから……そう、祈りをこめました」


 いつかの問いかけの、応えだった。

 俯いて、顔を赤くした彼女の、明確な応えだった。


「……ありがとう」


(ああ……)


 自分の敷かれた{導線}を、伴に歩んでくれるのは。歩んでほしいのは——……



「——ヴィック?」



 名を呼ばれて、ヴィクトルは我に返る。

 聖女が——ヒバリが、不審そうに自分を見ていた。


 無意識に剥がれ落ちていた無私の仮面を付け直す。どうしようもない苦汁が口のなかに流れ込んでいて、うまく付け直すことができなかった。

 そんな様子にヒバリのほうが驚いたようで、だがなにも言わずに、ヴィクトルの空いている肘に、腕をすべり込ませてきた。


「……あたしたちは、どちらも同じ」

「…………」

「聖女として、聖剣使いとして、レールのうえを走らされている。どうしようもなく。抜け出すこともできず。走らされているとわかってるのに、逃げることはできない」

「……そうだな」

「もう決まってる同士、あたしたちは運命共同体だよ、ヴィック」


 ヒバリの声は、諦めろ、と言っている。

 諦めろ、もう戻れない。もう終わっている。


「……ああ」


(そうだ)


 もう、あの頃には、決して戻れないのだ。無私の、仮面が戻ってくる。


「だから、せめて楽しく過ごそう?」

「……そうだね」

「楽しく、他愛もなく、過ごそう?」

「……ああ」

「あたしもね……やっと、この数ヶ月で諦めがついてきた。時間かかりすぎて、ごめん」


 ヴィクトルは右腕にいるヒバリを覗いた。


 そこには、さっきも見た、もの哀しい娘がいた。聖剣の力——ヴィクトルの詠唱によって、故郷から突然離され、召喚された憐れな娘を。


「あたし、聖女ちゃんとやるよ」

「……助かる」

「だから、ヴィックもちゃんと聖剣使いと王子さまやって」

「ああ……わかっている」

「王子さまとして、婚約者のあたしを、大事にして」

「……もちろんだ」


 そうだ。ヴィクトルが今大事にしなければいけないのは、この憐れな娘なのだ。

 ()()()()()()()()()を誘う娘を大事にすることしか、今のヴィクトルにできることはなかった。


 左手首が、肌なじみのよい金環の心地を、持て余していた。

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