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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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80話:聖剣使いと聖女(2)

「……どういたしまして」


 ロゼイユ公にたしなめられたからだ、というのは、もちろんヴィクトルは言わない。


 そして、驚くほど罪悪感もなかった。

 聖王家に連なる王太子として、当たり前の責務を全うしているにすぎない。妙な間が空いてしまったのは、そんな自分にぞっとしたからに他ならなかった。



 ——この異界より招いた少女に、自分は罪悪感さえも抱けないのだ、と。



「あたし、知ってるし、わかってるよ」



 ヒバリの声はつづけられる。



「ヴィックが、まだ、シェイラさんのこと忘れられてないってこと」



 出てきた名に、ヴィクトルは足を止める。


 視線を真横にすべらせて、ヴィクトルはヒバリの背を見た。

 振り向かれた聖女の顔には、さきほどの紅潮した色はもうなく、かと言って寂寥なども浮かんで見えなかった。少女のつたない嫉妬心などもなく、ただ小さく悪戯げな笑みが浮かんでいた。

 親しい友人に笑みを向けるような、そんな笑みだった。


「なぜ、そう思うんだい?」


 ヴィクトルは、おだやかに尋ねる。


「そうだねー、女の勘……というのは冗談ね。勘っていうのは、結局のところ、いろんな情報を仕入れて総合的に判断できるものだから。まあ、いろいろ聞いて、そうなんだろうなあって」


「いろいろ」


「口さがない王城で働いている人とか、あとは侍女とかからの噂話。それに一応ほら、あたしとシェイラさんって、一年くらい一緒にお城にいたことがあったじゃない? シェイラさんがいる時のヴィックの様子と、この三年半の様子のちがいとか、そういうので総合的に判断したって感じ」


「なるほど」


「肯定も、否定も、しないんだ?」

「…………」

「そういうのが、一番肯定してるっぽいんだよ?」

「……気をつけよう」


 ヴィクトルが言うと、ヒバリは笑い出した。


「徹底してるねー。だれが聞いてるか、わからないから?」

「そうではないよ」

「じゃあ、当ててあげる。肯定することで、今の自分の仮面が崩れちゃうのがこわいんでしょ?」


 言われてヴィクトルは、ヒバリを見た。

 なおも、悪戯げな笑みを浮かべていて、そこには悪意もなかった。ただ純真な無邪気さだけがあって、なんだかヴィクトルは毒気を抜かれてしまった。


「……君は鋭いんだな」


 正直にヴィクトルは言う。

 小さく、息を吐いた。無意識に肩や腕に込もっていた力がゆるむ。


「さすが聖女さまだ」


「えー、今の全然聖女関係ないでしょ。これ、あたしの立場だったら女の子は絶対にみんなわかると思うよ」


「そうなのか」


「そうそう。女ってこわいの。いろんな情報をいっぱい蓄えて、勘ってやつを働かせるの。ヴィック、気をつけてね。そのうち、王さまになるんだから、覚えておいて」


「覚えておく。でも、王妃になるのは君なんだから、君が気をつけてくれていれば問題ない」


「うわあ……」


 またもや、ヒバリは顔を赤くする。今度は片手で口元を覆う。


「なんだい?」



「ほんとうに破壊力すごい。ヴィックって女ったらし。絶対にあたし、そのうち刺される気がする。今のうちに聖魔法極めて{治癒}の力上げておかないと」


「それは残念。聖女は自分に{治癒}をかけられない」

「ええー、そうなの? 使えないじゃない!」

「似たようなので{修復}っていう、医療魔術はあるよ」

「それって聖魔法?」

「ちがうね」

「じゃあ、あたし使えないじゃん」


 はあ、とヒバリは大きく溜息をつく。

 それから腹を抱えて、楽しそうに笑いはじめる。


「はあ〜、最高」

「え、なにが?」


 ヴィクトルは、なぜヒバリがそんなに笑い出したのかわからなかった。

 意味がわからなくて眉をひそめると、ヒバリはなおも笑いつづけながら、うれしそうに言う。


「こういうやり取り、最高」

「そうなのか」

「こういうやり取り、好きなの。覚えておいて」

「なるほど?」

「わかってないでしょ」

「わかっていない」

「こういうやり取りも好き」


 ふふ、とほんとうに楽しそうにヒバリは笑う。


「こういうね、他愛もないのが好きなの」

「他愛もない……?」

「そう。他愛もない」


 ヒバリは笑いながら、中庭から見える突き抜けるような青空を見上げる。


「あたし、こういう他愛もない日常が好きだったの。他愛もないやり取りを、友だちとか、お父さんとお母さんと、お姉ちゃんとするのが好きだったの」


「……そうか」


「いいこともないけど、悪いこともなくて、くじ付きアイスを買ったら当たるくらいの、ちょっとついてる人生で、今日あたしアイス当たったんだ、いいでしょ、って他愛のない話をするのが好きだった」


「……すまない」


 その謝罪は、《《王太子としての》》心からのものだった。

 彼女を招いてしまったこと、こちらの世界の都合に巻き込んでしまったこと、それに対しては、ヴィクトルは《《王太子として》》大きな罪悪感を覚えていた。

 ロゼイユ公に言われて、素直に従ったのも、その罪悪感の影響が大きかった。


「ヴィックが謝ることじゃないよ」


 ヒバリは薄く笑いながらも、今度はその笑みに哀しみが差していた。もとの世界を恋しく感じている、そういう笑みだった。


「あなたが謝ることじゃない。あなたも巻き込まれた側の人間だって、あたし、それも知ってるよ。ちゃんとわかってる」


「私は……」


「でも、それも肯定できないんでしょ? ヴィックは、王族だから。王族としての責務があるから肯定できない。あたしを召喚して悪く思っている気持ちごと全部、自分の責務として受け止めている。そうでしょ?」


「…………」


「ヴィックは、どうしようもなく雁字搦めにされたレールの敷かれた人生を送ってるんだよ」


「レール?」


 聞き慣れない言葉に首をかしげると、ヒバリは言葉を補足する。


「線路のこと。こことはちがって、あたしの世界では電車っていう乗り物があって、電車はレールの上を走って動くの。レールのうえでしか走れない。ヴィックは、レールのうえを走らされているの」


 ヒバリの説明に、ヴィクトルは、はっとした。


 かつて似たような言葉を言われたことを思い出す。

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