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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子─前編─

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79話:聖剣使いと聖女(1)

 ヴィクトルは、北西の国境で後処理を行い、訪れた時と同様に{転移}をして、聖王都に戻った。


 アベルの月(はちがつ)であるから、すでに朝陽は登りきっていた。

 陽光を認めると、急ぎ、再度の{転移}で大聖堂へと飛ぶ。


 〈福音ノ日〉の朝は、週に一回の祭礼が開かれる。

 もとより聖王都は、オルリア聖教の総本山であることから、王都に住まう者たちは信仰に篤いものが多い。それゆえ、大聖堂で行われる週一の祭礼は常に満員であることが多かった。この一年半でさらにその人数は倍以上に膨れ上がったように思う。


 ——聖女がいるからだ。


 異界より招いて四年半。教育を受けた聖女が、祭礼に参加するようになってから、大聖堂は人がごった返している。

 教会所属の修道師たちでは収拾が及ぼず、王国の騎士団が常に人の整理を行わなければならない事態となっており、頭の痛い問題だった。

 なにより頭が痛いのは、人が増えたことで喜捨金を多くもらい受けているはずの聖堂教会側が、警備にあたる費用をほとんど負担しようとしないことだ。


 枢機卿などは、長年苦汁をなめてきた教会の設備体制の赤字分を補填するということだったが、その実、大主教以上の教会関係者の懐に収められているのはあり得る可能性だった。総主教の鶴の一声でようやっと一部負担されることになったものの、ヴィクトルも、父王も、それさえも教会側の茶番であったのではないかと思う。


(喜捨金が正しく運営に用いられるのであれば、よいのだがな)


 そうでない歴史が降り積もっているからこそ、ヴィクトルたちの頭は痛い。


 大聖堂の中央円蓋(ドーム)の下、外周廊の柱の陰になるところに、ヴィクトルは{転移}した。

 祭礼のほとんどが終わり、まもなく皆の待つところによる、聖女からの祝福の時間だった。


 ヴィクトルは合理的に判断して、己に無私を貼り付ける。

 進行を務める総主教が、祝福のはじまりを告げると、ヴィクトルは柱の陰から内陣へと出て、中央の聖女に並んだ。


 わあっ、と歓声があがる。


 聖女はヴィクトルが姿を表すと、栗色の目を丸くした。



「ヴィック」


「ふたりで行ったほうがはやいからな」



 聖女——ヒバリは、ヴィクトルがそうささやくように返答すると、うれしそうに満面に笑みを浮かべる。

 祭礼の厳粛な空気は過ぎ去り、聖女と聖剣使い——婚約関係にあるふたりがそろって、{祝福}を施してくれるとなると、列はいつまでも終わることがなかった。



   〜*〜



「あー、疲れた〜」


 ぐっと大きく腕を伸ばしきると、ヒバリは肩より少し長い髪をなびかせて、くるっとヴィクトルを振り返った。


「ありがとう、ヴィック。今日はおかげさまで短時間ですんだ」

「お安い御用だよ」


 ヴィクトルは笑みを返す。

 ヒバリは、えへへ、と整った歯を見せながら小さく笑う。子どものような無邪気な笑みだった。


 祝福の時間が終わって、聖堂は一旦清掃のために扉を閉じる。

 列柱廊の並ぶ中庭には、今はヴィクトルとヒバリしかいなかった。聖剣使いと聖女がいるから、この空間は清掃の順が後回しになるだろう。


「いつも来てくれたら、いいのにな。そうしたら、長い祝福の時間も今日みたいに早く終わるのに」

「すまない。いつもは朝議があるからな。だが、ヒバリの負担が大きいならなるべくこれからも来れるようにするよ」

「ほんとう?」

「ああ、なんとかする」


 やったー、とヒバリはヴィクトルの返答に跳ねて喜ぶ。

 聖都の貴族階級の娘であれば、こういった振る舞いはしない。貴族の娘たちは幼児期から徹底的に立ち居振る舞いを教わるからだ。

 ヒバリもこの四年半である程度その場にあった振る舞いを身に付けていたが、ヴィクトルといる時は箍がゆるむのだろう。こんなふうに跳ねたり、ころころと表情を変えたりする。

 特にこの半年で、顕著になったように思う。


 ふふふん、と鼻歌を歌いながら、白い長裙衣(ワンピース)の裾を揺らめかせて、ヒバリはこちらを見ながら言う。


「ヴィックって、あたしにあまいよね。なんで?」

「それは聖女さまですから」


 いささか諧謔(かいぎゃく)を込めて言えば、ヒバリは頬を膨らませる。

 その様子を見て、ヴィクトルは笑う。


「どのような言葉をご所望で?」

「わざとでしょ」

「ほら、言ってごらん」

「子ども扱いしないで」

「言われないとわかることもあるからね」

「わかってるくせに」


 ふんっとヒバリは、首を振る。


(わかりやすい子だ)


 本格的に機嫌を損ねる前に、ヴィクトルは機嫌を取っておくことにする。


「すまない。——ヒバリだからだよ。聖女とか、婚約者とか関係ない。君だから、そうしている。君が望むから、私は君にあまい」


「うわあ」


 ヒバリは、大きな声を出すと両手で顔を覆う。声に驚いた花ツバメたちが、庇の下に作っていた巣から飛んでいく。


「……イケメンってすごい迫力」

「イケメンって、なんだい?」

「あたしの国の……えっと、俗語? 顔がかっこいい男子のことを言うんだけど、最近は行動がかっこいい人にも使う」

「それはそれは、お褒めいただきありがとう」

「……もう、うん、ありがとう。すごい満足しました。ほしい言葉をありがとう。うれしい」


 顔をひょっこり出しつつ、頬を桃色に染めてヒバリはヴィクトルを見る。


「どういたしまして」


 ヴィクトルが完璧な笑みを作って言うと、ヒバリは栗色の目を横にずらして肯いた。

 照れを隠すようにして、ヴィクトルに背を向けて歩き出す。


(素直な子だ)


 あたたかく、おだやかな家族に囲まれて育ってきたのだろう。根が純真だと、表情のやわらかさから感じる。


 言葉づかいや振る舞いは貴族の令嬢とは異なるけれど、蟲の発生が少ない南部領主の、大切に育てられてきた令嬢たちと同じ気質を、ヒバリからは感じる。


 異国の言葉で春告げ鳥を示す名を持つ彼女は、その名にふさわしく春の空気をまとっている。大切にされてきただけでなく、聞けば、戦などとも無縁の生活だったという。蟲などという怖ろしい害もなく、稀に天災が起こる程度。


 彼女のたおやかさは、生まれと育ちのよさ、恵まれた環境によって育まれたもので、まさに南部貴族令嬢のそれだ。

 そのたおやかさは好ましく、人から好かれる種類のものだ、とヴィクトルは覆いを貼り付けた裏側で思う。


「……あのね、」


 ヒバリの声に、表情の裏側で考えていたことが霧散する。

 顔を上げれば、また王族としての無私がヴィクトルを覆う。


「ほんとうに、ありがとうだよ。ヴィックが、最近……あたしにすごく気をつかってくれてるのわかってる。この数ヶ月、特に、安心させようとしてくれてるんだって、すごく伝わってる。……ありがとうね」


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