76話:鉱脈水
がたがたと揺れる地面が、降り積もった塵芥を散布させる。足元から、なにかの流れをシェイラは感じ取った。
途端、どーんっ、という貫くような音とともに、地面から天井に水柱が噴き出した。どーんっ、どーんっ、とつづけざまに音が聞かれ、シェイラの足元にも及ぶ寸前に、翅を描いて飛び立つ。
煌々とする光と水。
月明かりで照らされた夜の七色。
——鉱脈水。
(廃坑と聞いていましたが)
ファル石を作り出す鉱脈水は、まるで人の身体に流れる〈導脈〉の輝きのようだ。
地中深くから呼び起こされたのか。落石の魔法の影響か。地中深くから涸れていた鉱脈水がつながって、噴き上げたのか。
「まずいですね……」
だが、よくない。溢れ出している水は、このままでは廃坑の隧道を伝って地上へと漏れ出す。まだ学院の対抗戦はつづいている。どこにどの班がいるのか、シェイラの感覚で探知したところで、全員を助け出すのには時間がかる。
——間に合わない。
シェイラの判断は、はやかった。体中に残る爛れたような痺れを忘れて、翅を旋回させ鉱脈水の噴き出す水中へと潜り込んだ。
己の〈脈〉を活性化させる。
大地に、魔導を走らせる。
シェイラは、表象をたしかにするために瞑目した。
水脈のはじまり、大地の底、深く深くへと手を伸ばす。
自身の身体から〈脈〉を通して、魔力へと変換された力が、夥しい勢いで水源を目指した。
力が、持っていかれる。
大地の力は、星の命の力。対抗するには相応の魔力が要る。
出し惜しみなどしていられない。
出力を上げると、シェイラの体全体にユベーヌの線上文字がまろかった。つづいて古代帝国文字、ガルバディア音声文字が、渾天儀の輪のように周回する。
水栓を、引き絞る。
噴き出す流れを、ゆるやかに。
シェイラの銀の魔力が、廃坑一体の大地に流れ込み浸透するようにして、言い聞かせる。
——落ち着いて。
もう、大丈夫。あなたたちを傷つけるものはいない。
シェイラは、なでるように語りかける。
噴き出した水はその怒りを忘れたかのように、水柱をなくしていった。勢いがなくなり、こぽこぽと静かに湧き水のように夜の七色を輝かせる。
気づけば、大空洞に泉のような場所ができあがって、シェイラはそこにのろりと立っていた。
「なんとか、なりましたか……」
よろり、とシェイラは一歩を踏み出した。
藁人形の一撃を受けた。そのうえ、{呪い返し}を行い、〈脈〉をごっそり消費する魔法を使った。
牙の一撃に加えて、代償が、シェイラに返ってくる。
体中の血管という血管が内部で、針を増殖させているような痛みがシェイラを襲ってくる。
(まだ……)
セレリウスとターニャの様子を確認しなければ。
シェイラは、ふらっと一歩を踏み出して、{転移}した。
〜*〜
「——シェイラ師!」
{転移}したシェイラのもとへ、ターニャが駆け寄ってきた。取り憑かれたような顔のセレリウスも、ゆっくりとシェイラのところへ来る。
視界が、すでに明滅していた。シェイラの頭が朦朧とする。
「さきほど、すごい地震がありましたが、大丈夫でしたか?」
ターニャ師から尋ねられて、シェイラはゆっくりと肯く。なにに肯いたのか、シェイラはよくわからなかった。
「精霊が、もう大丈夫だって言っている」
シェイラの意を継いだのは、セレリウスだった。
ふらっとする視界で虹色を見ると、取り憑かれながらも憑き物が落ちたような奇妙なセレリウスの目があった。
精霊、という言葉に意識が反応する。
「……見えたのですか」
絞り出すように問えば、セレリウスが首肯した。
「見えもしますし、聞こえもします。今も僕の周りを踊っている」
「それは……」
よかった、とシェイラは、なんとか笑みを浮かべた。
イディオンの発案で作った振り子がきちんと精霊とセレリウスを媒介する役目を果たしたのだろう。
成功だ、とシェイラはうれしさを感じつつも、体中の痛みに苛まれて、それどころではなかった。
「ターニャ先生も、がんばりましたね」
セレリウスのどこか上から目線な物言いが聞こえてくる。
「がんばりましたってなに?!」
「がんばりましたよ。やっぱり、やればできるじゃないですか」
「君って、私の先生だっけ?」
「まあ、僕たちはいい結果を出せたということですよ」
「それはそうね。たしかにシェイラ師の教えの甲斐はあったね。ちなみに、君たちの班は今回も零点だけどね」
「……まだ、第四回があるので」
シェイラは、どこか遠い場所でセレリウスとターニャの会話を聞いているような気分になった。
「——たしかに、君も、私も、どこか一歩、踏み出せた気がするね」
ターニャの笑顔が眩しく感じる。
「……そうですね」
セレリウスの笑みも、眩しい。
「——よかったです」
シェイラは、ふたりのあいだに起きた変化に笑みを浮かべつつ、体の限界を感じる。
「わたしは、今日は先に戻ります。少し、消耗しましたので」
では、とシェイラは{転移}を使った。
うまく繕えただろうか。余裕は、見せられていただろうか。
これ以上の魔法の行使は体の負担でしかなかったけれど、はやく戻るほうが優先された。{転移}した先に倒れ込む。
王都ガルバーンの仮住まい。寝台に倒れ込むと、体中が悲鳴をあげた。
「……っぐ」
胸が痛い。体が、皮膚の下が、千本万本の針に突き刺されている。
これほどの消耗は、魔法を得て以来、はじめてだった。
呪いが、ユベーヌの線上文字が皮膚全体に浮かび上がる。引っかき傷のような文字が針となって、シェイラの内部を引っ掻き回す。
({修復}が……)
追いつかない。内部に構築されている回復の術式よりも、負担の差分量が大きい。
そのまま痛みに呑まれるようにして、シェイラの意識は沈んでいった。




