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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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73話:精霊の警告

「——屈んでくれ」


 歩いていると、しっと指を立てて、先頭を歩く二十番がしゃがんだ。一番と、十三番が応じてしゃがむ。セレリウスも一拍遅れて、その場に屈んだ。


 足元がじめついている。地ネズミやムカデの死骸が転がる。ところどころ、補うようにして張られている梁は、脇を支える柱とともに、木材が腐って、あまり意味をなしていない。剥き出しになっているごつごつとした岩の壁は、二十番が覗き込む場所で途切れていた。うす寒いなかで黴臭さが鼻をさす。


「他の班が戦ってる」


 途切れた先は、開けた場所になっているらしい。

 戦闘音が反響している。セレリウスも下を覗き込めば、戦っている班のなかに顎女がいた。顎女は同い年だが、ちがう学環の班にいるのだ。


「見つけたものを取り合ってる?」

「わからない」

「{探索}を使って……」


 そんなやり取りが聞こえるなか、セレリウスの耳にはべつの声が届く。



 ——《……ナイ》



(なんだ……?)


 耳を、研ぎ澄ます。



 ——《危、ナイ、危険》

 ——《逃ゲる、逃げル》



 警告の声が届く。


(精霊の声か……?)


 なにを言っている。危険とは、なんだ。

 無意識に、振り子を握る。

 ぶくぶくっという泡のような音がした。湿った土から泡が出てきて、足裏から体を突き抜けていく。



 ——《逃ゲて、逃げテ》



 鮮明に聞こえた瞬間、坑道から下の空間につんざくような悲鳴が響き渡った。


 同時に轟音。

 地の揺れ。


「なに……っ?」


 十三番の女が言う。

 一番の女が、二十番の男の袖を掴む。


 セレリウスは三人の隙間を縫うようにして、柱を掴んで下を覗き込んだ。揺れがつづく。


 天井の一部が落ちたのか土煙が舞っていた。煙が晴れていくなかで、{灯火}の明かりに、二班八名が倒れているのがわかる。

 ヴァックス家の嫡子である顎女も倒れていた。


「——助けるぞ!」


 同じように覗いて指示をした二十番の声に、一瞬セレリウスは足が止まった。


 声がまだ、セレリウスには聞こえる。まだ危険と警告をしている。

 セレリウス自身の判断もまた、助けるのではなく、この場から退避しろと言っている。常なる判断なら、ここでひとり離脱するところだ。


 ——だが。


 ちらっと、二十番の男と視線が交錯した。



「……セレリウスも、行くぞ」



 名指しで、指示を受ける。


(覚えていたのか)



『僕は名指しで指示を受けなかった。僕だって、きちんと言われたらやった』



 自分の発言。春の第一回対抗戦。

 その時の発言を受けて、二十番が発したのだとわかった。


 ——セレリウスに伝わるように。


 ぎりっ、と八重歯を噛む。


(僕は……)



 今は、自分が行動を変えるべき時だ。



「わかった」


 セレリウスはこくりと肯いた。


 二十番が、ほっと息を吐く。一番と、十三番が驚いた顔でセレリウスを見た。

 その横を抜けると、セレリウスは〈導脈〉の魔力を走らせて、風の魔法をつぶやく。坑道から空間までは二階ほどの高さがあったが、着地を風が緩和する。


 あとにつづいてきた二十番が、


「大丈夫かっ!」


 と声をかけて回った。

 セレリウスも倒れている同輩の肩や頬を叩きながら、背に焦りを感じる。


(まだ声が、聞こえる)


 さきほどのようなはっきりとした声ではない。だが、セレリウスの周囲に泡があるような音がつづき、危険を知らせる声がいくつも聞こえる。


 まだ、崩落はつづくのだろうか。

 なら、はやく退散しなければ。



「——みんな、大丈夫ーっ?」



 セレリウスたちが下りてきた坑道よりさらに高い位置から、担任の声が響いた。


「怪我人いるーっ?」 


 担任の声に、二十番が答える。ふたりのやり取りがつづく。



 ——《危ナ……い、逃げル、逃ゲて》

 ——《……セル、セ……リウス、聞コエる》


 ——《聞こエル、セレ、リウス、逃げて》

 ——《ま、じょ、魔女の……使イ》

 ——《来ル、くるル、くる……》



(魔女の使い?)


 なんだ、と思っているうちに、担任が降りてきた。背後に、導師の姿も見かける。大地ノ日の実習だからと、付いてきたのだと聞いていた。

 ふたりの姿を見ると、セレリウスの焦りが一部安心に変わる。天井の崩落でしょうか、とやり取りをするふたりに、だがすぐに慌てて口火を切った。


「タヤ師、導師」


 呼ばれて、ふたりがセレリウスを見る。

 言わねば、と思った。この声の警告を言わねば。


「精霊が」

「精霊?」


 導師が訝しむ。


「精霊が、危ないと——」


 言っています、という声は、地響きに掻き消された。


 やはり天井。


 ぱらぱら、と砂礫の落ちる音がしたかと思えば、次の瞬間に巨大な岩が落下してきた。

 悲鳴をあげるより先に落ちてきたものに、全員が潰される瞬間、薄紫の光が展開される。{防護}の術式。大きい。雪の華を模した見たことのない陣が、十四人の頭上を守った。


 ——導師の魔導。

 

 岩が防がれる。

 呆気に取られるよりも前に、導師が叫んだ。


「ターニャ師!」


「はい……っ」


「皆さんを……!」


 なにを命じられたのか、教師をはじめ全員が理解した。ターニャに急き立てられるように、陣より下から抜け出る。岩の下から這い出るように。倒れていたものたちも背負われて、叩かれて這々の体でそこから出る。

 全員が出るのを認めて、導師が表情をゆるめる。

 セレリウスもほっと力をゆるようとした瞬間、また声が届く。


 ——《逃げテ》


 短い、声。

 刹那、セレリウスの背後で、呻く声が聞こえた。

 口から泡を吹き、顎女が、自分の首を絞める。


「あぐあ……っ」


 白目を剥く。なにが起きているのかわからず全員が制止した。

 針のようなものが跳んでくるのが数秒遅かったら、顎女はおそらく自分で自分を殺していた。体が傾ぐ。倒れる。


 導師の方向から跳んできた鋭利な針は、闇に煌めく糸のようなものを断っていた。


「——逃げてください!」


 導師が叫ぶ。


「ターニャ師! 壁を! そこの穴から入って、壁を築いてください! あなたならできます!」


 {防護}の陣を展開し叫びながら、導師はどこかを睨みつけていた。


「——はやく!」

「……はいっ!」


 導師に発破をかけられて、硬直していた担任が動いた。

 すぐ横の、五馬身はある穴にセレリウスたちに入るように促す。 

 セレリウスは倒れた顎女を背負って、急ぎ穴へと入っていく。

 担任もまた入り込む。入り込んで、すぐ撃柝のような導師の声が言った。


「はやく、壁を!」


 担任の背に、セレリウスは逡巡を見た。戸惑い。抵抗。不安。

 そういったもの。

 セレリウスの耳の奥まで響く声は、そんな間はないと言っている。急げ。逃げろ。そう言って、セレリウスをこの場から遠ざけようとしている。

 うるさくて、いらいらして、セレリウスはやけくその発散もあって、担任に怒鳴りつけた。


「——できるだろっ!」

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