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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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70話:イディオンの発想

 困ったことに、シェイラは女王国の大地を触媒にするような(すべ)をすぐには持っていなかった。


 大地の魔術訓練は、ターニャとセレリウスにつづけてもらいながら、シェイラは触媒にするための材料や、そもそもの触媒の形を考えていた。

 曜日曜日で訪れる場所が異なるシェイラは、基本的にその曜日はその日に観る子や教師たちのことを考えていたが、精霊魔術の媒介については頭を悩ませすぎてしまって、盛大に引きずっていた。


 休暇が明けていたので、シェイラは一週間に一回しか、イディオンのもとを訪れない。にも関わらず、触媒のことを考えすぎて、いつもより静かだったからだろう。もしかしたら、唸っていたのかもしれない。隣にいたイディオンから、珍しく質問された。


「……なにか、あったのか?」

「え」

「さっきから、ずっと難しそうな顔をしているから……」


 気になった、とイディオンは言う。

 シェイラは、いたたまれなくなって、ちょっと顔を赤くした。


「すみません……」

「……その、ぼくが聞いてよければ……聞くけど」


 イディオンのほうも、なんだかいたたまれなさそうに、そんなことを言う。

 シェイラは、ぱっと隣を見る。


(こ、この子、優しすぎでは……?!)


 絵になる美少年が恥じらっているのは、神々しさすらある。


(眼福です)


 シェイラは感動しながらも、あまりにも行き詰まっていたので、イディオンの提案に甘えることにする。

 この少年が、シェイラが言うことをいたずらに考えないのはわかっていたし、有している知識が並大抵のものでもないことを、シェイラはこの一ヶ月半かそこらで理解していた。


 優秀な子なのだ。

 だからこそ、魔法が使えないだけで、できそこないと言われるのは、腹立たしい。


「えっとですね……ある方のために、触媒を作ろうと思っているのですが、材料をどうすればよいのか難航してまして……」


「……どんな触媒?」


 魔法に関する話だったけど、イディオン王子は気分を害した様子はなかった。


「今のところ、杖と想定してます。材料をどう加工するかにもよりますが」

「どんな材料?」

「その、土です」

「土?」

「はい。それも、エレンシア女王国の土を欲してまして……」


 シェイラが説明を付け加えると、イディオンは黙った。顎に手を当てて考える。

 シェイラが考える時に耳飾りを弾くのと同様に、イディオンは考えると顎に手を当てるらしい。いかにも考えてますという感じで、理知的に見える仕草だ。

 その仕草のまま、随分と長い黙考があった。

 一生懸命、頭を総動員してくれているらしい。


(悩ませすぎてないですかね……?)


 夕陽に余炎がまざっていて、暑く眩しい。

 シェイラとイディオンは木陰にいたけれど、西からの陽は木陰にも差してくる。



「——釉薬に使うのは、どうかな」



 シェイラが眩しさに顔をしかめていると、イディオンが縹色の瞳を真っ直ぐに、シェイラに提案した。


「釉薬……」

「うん。土なら釉薬にできる。それを杖に塗布するのは、どう?」


 シェイラはイディオンをまじまじと見た。

 まったく考えもつかなかった発想に、無礼千万に全力で両手を取った。そのまま力を入れて、感動と感謝を伝える。


「イディさん、天才ですか?!」

「あ、いや……」


「天才ですね! なるほど、たしかにそれなら杖にできそうです。あとは振り子(ペンデュラム)とかもいけそう」

「あ、うん」


「振り子にしたら、そもそも振り子自体を陶器で作ってしまうとか」

「あの……」


「杖でもいいですけど、細いと折れやすそうですもんね。{保護}とかかければ丈夫にはなりますが、月ヤナギほどの丈夫さがないですし……」

「あの、手を……」


「あ、でも、セレリウスさんに合う媒介が杖なのか振り子なのかわからないですし、この際、どちらも作ってしまうとか」


「——シェイラ」


 シェイラが考えを一方的に話していると、柳弦(リュート)の音が低くたしなめた。

 名前を呼ばれて、シェイラはイディオンをまともに見る。

 呆れた顔が言う。


「手を離してくれ」

「あ、すみません」


 興奮したまま、王子さまの手をぶんぶんと振り回してしまっていたらしい。

 申しわけない。

 無礼講と思ってほしい。


「……一応言っておくが、」


 イディオンの声は呆れている。


「ぼく、十五だからね」

「ん? あ、はい。知ってます」

「もうすぐ、十六」

「そういえば、今月でしたね! いつですか?」

「……第五の福音ノ日」

「わあ、おめでとうございます! そしたら、わたし、お祝いに来れますね!」

「……伝わっている?」

「はい、なにか贈り物を考えておきますね!」

「…………」


 イディオンが、はあ、と大きな溜息をついた。


「イディさん?」

「……もういい」

「そうですか。そしたら、ちょっとお出かけでもしましょう!」

「は?」


 シェイラが明るく誘うと、イディオンが目を白黒させた。


「せっかくご提案いただいたので、早速、釉薬の素になるものをさがしましょう。一緒に見てもらえます?」


「えっ」


「夜な夜な出歩いているなら大丈夫ですよね?」


「……大丈夫だけど」


 では参りましょう、とシェイラが立ち上がると、イディオンは渋々ながらもあとに従う。渋々ではあったけれど、少しだけわくわくしているような、口元のほころばせ方をしているのを認めて、シェイラは気分がよくなった。


(そういえば、いつもどうやってお城を抜け出してるんでしょう)


 城内の路を歩きながら思う。

 路をくだって、西陽が山の端に沈むのを認めながら、正門前まで辿り着く。



「——こっち」



 イディオンに導かれて、シェイラは正門から少し横の通用門を示される。

 門衛が立っていて、次々と退城する勤め人を確認していた。イディオンはその横を平然と通り抜けて、シェイラは後ろを付き従う。

 ふたりとも、呼び止められることはなかった。


「え、顔なじみですか?」

「べつに。いつものことだよ」

「えええええ、一国の王子さまを平気で外に出しちゃうやつです?」

「……ぼくの行動なんかどうでもいいんだよ」


 諦念の伴った音がする。

 この話題にはあまりふれないほうがいい。思いながらも、シェイラは考える。


(そんなことありますかね?)


 シェイラに、イディオンのことをどうにかするように命じた女王が、どうでもいいと思っていることがあるだろうか。イディオンが頼んだことであるのはわかっているが、許可したのは女王だ。子の動向をどうでもよいと思っているようには思えない。


 けれど、否定するのはやめておいた。今、否定したところで、イディオンにはなにも響かないだろう。響かないどころか、自分の気持ちを認めてもらえなかったと思うかもしれない。


 シェイラは淡然と相槌のみを打って、その話題を切り上げた。


 王城からつづく目抜き通りを抜けて、小路に入ると、職人たちの工房が軒を連ねる。

 釉薬などは一般的な触媒ではないから、触媒店では探さずに、陶器工房を目指す。


 通る店や工房の軒や庇には、香炉吊りの輪や鎖があった。秋霞がいつやってくるのか、霧詠みであっても正確にはわからない。残暑のうちに、準備を進めているのだろうと思う。{霧除け}の香炉は、邪魔にならないように吊られていることが多かった。


 たしかこのあたり、とシェイラがきょろきょろしていると、イディオンがすうっと前を抜いた。悩むシェイラを案内するように歩む。


「イディさんのほうが詳しいのでした」


 自分が誘ったのだからなんとなく前に出ていたが、イディのほうが詳しいに決まっている。


「……この都で生まれ育っているから当たり前だ」

「それだけではないですよね?」


 変なことを言うなあ、とシェイラは思った。

 イディオンは今、自信をなくしているから、きっと気づかないのだろう。

 シェイラは、当たり前のひとつであろうに、と思って付け足す。


「王子だから、ですよね?」


「え?」


「イディさんは王子殿下ですから、この都が好きなんですよね。好きだから見守っていて、いつも出歩きながら見ているから、よくご存知なんです。王都を出歩かない王族もいますでしょう? イディさんは、よく見たり歩いたりしているから知っているんです」


「……なんでそう思う?」


 イディオンは訝しむ。


「だって、いつも見ているじゃないですか」


「…………」


「いつも、わたしといる時、話を聞きながら、王都のほうを見ています。あの高台で会った時もそうでした。そうやって、いつも王子の役目を果たしていらっしゃるんでしょう?」


 シェイラが言うと、イディオンは立ち止まってしまった。

 目抜き通りの石畳ではなく、工房街の固まった土のうえで、俯いて足を止める。


「……イディさん?」


 またもや、神経を逆なでしてしまっただろうか。

 シェイラがおそるおそる覗き込むと、イディオンはどこか力が抜けたように笑った。

 その表情に、ほっとする。


「無意識だった」


 イディオンがぽつりと苦く笑う。

 シェイラはのんびりと返す。


「そうでしょうねえ」

「……よく見ているんだな」

「わたしの特技なんです。師からも、そこは褒められました」


「——あなたは、よく見ている」


 驚くほどに。


 イディオンは言葉を締めくくる。

 視線を戻すと、歩みを再開した。どことなく力強く土を踏みしめるような、そんな歩みだった。

 シェイラは、そのまま頭ひとつ分小さい背を追う。


 ややもせずに、陶器工房の吊り看板が目に入った。

 工房の入口は開けていて、簡素な樫の板材で枠が取られているのみだ。シェイラとイディオンが戸をくぐると、しまいの片づけをしている最中だった。土を捏ね終える者、ろくろを止める者、焼成前のやわらかい器を運ぶもの、全員がばたばたとしていた。


 薄暮の影に、シェイラたちを気にするものはいなかった。

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