69話:いいところ
「——もう、擬態するのをやめちゃうのはどうかな」
シェイラはちがうことを考えていたので、ターニャの発言に少しだけ驚く。
「やめられたら苦労してないですよ」
セレリウスがむっとしたように言う。
「うん、そうだと思う。けど、我慢しすぎて、ようは爆発しちゃうってことでしょう? もちろん全部擬態するなとは言わないけど、セレリウスくんのいいところもあるわけだし、爆発していやなところ見せちゃうよりは、いいところを見せたほうがいいと思う」
「いいところ……」
「はっきりと言うところ」
セレリウスが思い悩むと、ターニャは明るく言った。
「そこは担任としてすごいと思ってるよ。いいところだと思う。たまには、はっきり言わなきゃいけないことがあるなって思うし、私はできなかったことだから、すごいなって思ってたよ」
「……ありがとうございます。思ってることを言ってるだけですが」
「うん、言わないほうがいいことももちろんあるけどね。さっきのシェイラ師への発言は失礼な発言だよ。いやな気持ちにもなるって言われたでしょ? ちゃんと謝って」
「すみませんでした」
素直に謝られる。
いえいえ、とシェイラは返しながら、ターニャの言葉がセレリウスに伝わっているように見えて、なんだか新鮮なものを見ている気分になる。
「私、このあいだ、セレリウスくんを真似してがんばったことがあるの」
そのまま黙って観ていようと思っていたら、ターニャがシェイラのほうをちらっと見て笑った。
「先週のね、学院の全体会議で言ってやったんです」
「いつまでかかるのかわからない目的のない会議ですね」
休暇前にふたりで話したことを思い出す。
「恩師のあとの……筆頭教導師になった教導師がですね、特に昔話が長くて、いろいろうるさいんです。だから、言ってやりました。『この会議っていつまででしたっけ? 終わりはなにが決まればいいんでしたっけ?』って。そしたら、そのあと、いろんなことが決まってすぐに終わりました」
「それはすごいです」
「すごいですよね?」
「はい、すごいです」
「はっきり言うの、がんばってよかったって思いました」
ターニャはシェイラにそう言ってから、セレリウスをもう一度見る。
「セレリウスくんのいいところを真似したおかげ」
「僕のいいところ……」
「うん。教師だけど、あなたから学ばせてもらったよ。はっきり言うは、私ができてなくてあなたができていて、かっこいいと思ったところ。すごい武器になるよ。言い方と言うことだけ選べば、武器になる。そこは擬態してほしくないな」
ターニャが言えば、セレリウスはうれしそうな顔をした。
褒められていやな人間はいない。それもきちんと、ターニャがセレリウスを見たうえでの言葉だとわかるものだった。うれしいだろう。
「……ありがとうございます」
「正直、あなたの物言いに腹が立つこともあるから、それはきちんと、その人がどう思うのか考えて言葉を選んでください」
「それがわからないんで苦労して擬態してるんです」
「わからないんだったら、聞けばいいんだよ。シェイラ師が言ってたでしょう?」
「……善処します」
シェイラは傍観をするようにして、ふたりのやり取りを見る。
ターニャがどこまで意図しているのかわからなかったが、ターニャなりにセレリウスに歩み寄って、彼を理解しようとしているのだということがわかった。
抜けたヨハルの役割を、ターニャが無意識に担おうとしているのかもしれなかった。あるいは教師として、亡き恩師を思い出して、導いてやろうと思っているのかもしれない。
「とはいえ、」
シェイラは、やり取りのつづくターニャとセレリウスに言う。
「精霊魔術が使えない、ということは変わりなし、ですよね」
「そうでした……」
「はい、僕は困ります。卒業までにうまくできなければ、家から出されるそうなので」
「そうなの?!」
セレリウスの発言に、ターニャがびっくりした声を出す。
「……まあ、よくある話ではありますね。貴族は魔法や魔術が使えることがすべてですから」
「はい、わかってます」
「そうなんだ……貴族も大変なんだ……」
シェイラとセレリウスの様子に、ターニャはなにか理想が砕かれたようにつぶやく。
シェイラは内心で苦みを思い出す。
貴族とはそういうものだというのを、体験として理解している。——苦痛を伴う、別れとともに。
奥歯を噛んで、シェイラは気持ちを無理やり押しやる。
精霊魔術の話に戻す。
「大地を感じ取るというのは、そんなに的は外れていないと思うんですが……なにか感じ方を変えたほうがいいのかもしれません」
シェイラは瑠璃の耳飾りを弾く。
「精霊のことがわかる大地がいればいいってことですか?」
「まあ、そんなところです」
「ヨハルくんみたいな、セレリウスくんにとって通訳となるようなってことですよね?」
「そうですね……」
肯きながら、シェイラは、はたと気づく。
通訳。
女王国の大地。
そこで育つ森人たち。
「精霊女王の大地であれば……」
もしかしたら、セレリウスと、精霊をつなぐ、通訳に値するかもしれない。
ひらめきに、シェイラは難問が開けた気配を感じる。すうっと見通せるもの。
「でも、シェイラ師、女王国の大地をこっちには持ってこれませんよ?」
ターニャの指摘はもっともだ。
シェイラは、むう、と唸る。
「通訳ってことは媒介みたいなものですか?」
セレリウスが、確認するように尋ねる。
「そうですね。要は魔術の媒介……」
はっとシェイラは、セレリウスを見た。
セレリウスの目も、シェイラが思いついたものと同じものに行き着いたように、虹色を遊ぶように輝かせていた。
「え、なんですか?」
ターニャだけが首をかしげる。
シェイラとセレリウスの声が重なる。
「——触媒」
シェイラはさらにターニャにわかるように付け加える。
「女王国の大地を使った、触媒……杖とかを使うんです。そしたら、もしかしたら精霊魔術につながるかもしれません」
それが精霊との媒介や、通訳となって、彼らの声が聞こえるかもしれない。
シェイラは、そのひらめきに確信のようなものを得ていた。




