63話:関係の進展
(そろそろ、向こうから来てくださりませんかね)
シェイラは少し期待をしながら、石段をのぼる。
さすがに、毎日のように登り下りをしていれば、体のほうが慣れてくる。二週間で山の上のほうにある王子宮に着いても、息切れはしなくなっていた。
道中で、侍女や近衛、下働きのものたちとすれちがう。シェイラの肩留めを見ると、路を譲られた。
魔導師というのは、そこそこ高い身分として扱われていた。
宮廷には、魔術師はいるが、魔導師はめったにいない。ガルバディアであれば、女王グシェアネスしかいないかもしれない。
基本的に魔導師はヴェッセンダリアに属していて、研究を生きがいとするような変わり者の集団だ。王侯貴族とは独立しているから、身分を並列に語れるものではない。
母国であるオルリア聖王国でも同じだ。聖王国では、王侯貴族に加えて、聖教会の存在もあるので、身分関係はややこしい。そのなかでも、魔導師たちは独立を保っている。
ガルバディアであれ、オルリアであれ、魔導師が頭を下げられるのは、その力や知識に敬意を抱かれているからだろう。
暗に、そういう振る舞いを求められているのだ。
ラムル師が現在、いらだちをあらわにするのは、頭を下げられる以上の成果を出すことができていないから、というのも大きいかもしれなかった。
(ですから、ちょっと期待しちゃいます)
ラムルの補佐、という役割のシェイラもまた、同じ成果を求められている。
(私欲でしかないですが)
それを、イディオンに押し付けたりはしない。
勝手にシェイラが期待しているだけだ。
(でも、ほんの少し……)
希望はある気がする。
イディオンの表情や仕草、そういったものからシェイラへの信頼が重なりつつある。
シェイラは好きにぺらぺら喋っているわけではない。いろんな話題を口にしながら、イディオンの反応をたしかめている。
反応をたしかめるなかでわかってきたのは、彼が素直で心根が優しいこと、さらに探究心もあることだった。
今までイディオンは、シェイラに対してなにかを問おうとすることはほとんどない。最初に授業をしないのかと訊かれただけだ。
けれど、イディオンは気になることを聞くと、シェイラをじっと見る。時折、顎に手を当てて考えるようにもいる。尋ねてはこないが、気になるのだろうなと思って、シェイラがつづきを話すと、熱心に肯くこともある。
たとえば、農作魔術における{草除け}と{虫除け}について話した時だ。
「あれは、やりすぎ注意ということで、ほどほどになされていると思いますが、わたしはそもそも、フラウ麦だけを植えすぎることのほうがよくないと思います」
シェイラがそう言った時、ぱっとイディオンは隣のシェイラを見た。
どういうことだ、と縹色の目が言っていた。
シェイラは気づかないふりをして、話しつづける。
「フラウ麦だけを植えつづければ、フラウ麦しか育たない土壌になってしまい、他の作物が育たなくなる。{草除け}と{虫除け}をして、さらに徹底的に外敵を除いていく。そうすると、フラウ麦は弱くなります。弱くなった結果、もしなにか大きな気候の変化や、天災などがあったら、あっという間にフラウ麦は全滅していまいます」
「……そうだな」
「他の作物を植えていれば、そうならないと思いますけど、一作しか育てないというのはそれに賭けてしまうということです。そもそも、他の作物や草花と一緒に育てながら土壌を豊かにしておくことや、そのなかで生き残る強さをフラウ麦は持つべきです」
「…………」
「多様であることのほうが大事です。{草除け}と{虫除け}を撒きすぎて、結果〈飛蝗〉を呼び寄せることになったから、それら魔術はほどほどにとなりましたが、撒かなくてもいいように、多様ななかで育つことのほうが大事だと思います」
シェイラが持論を述べれば、イディオンは顎に手を当てながら下を向いて考えるようにしていた。
なにか思っていることがあるらしい。
あまり訊きすぎると質問攻めになってしまうから、なるべく問わないようにしていたが、その真剣さは聞いてみたかった。
「イディさんは、どう思いますか?」
シェイラの問いに、イディオンは少し低めの柳弦の音を鳴らした。
「……国を富ませるためには、その方法は取りづらい。多く育て多く収穫できたほうが……、民も喜ぶ」
一度、音を切る。
「だが……、言っているとおり、でもあると思う……」
そのまま、イディオンは長く黙してしまった。
その日は、四阿の丸屋根のうえで喋っていたのだが、イディオンの沈黙は長かった。
西陽を眩しく感じる頃合いになってきたので、シェイラは口を開く。心の揺れであればもちろん待ったけれど、これは切ってもいい沈黙だと判断した。
「たしかにイディさんが言うように、多く収穫できたほうがいいな、とわたしも思いました」
シェイラの正反対の意見に、イディオンは眉間にしわを寄せる。
「だって、揚げ麦粉焼はいっぱい食べたいですもん」
言えば、隣からくっとなにかをたえるような声が聞こえた。
イディオンが小さく笑っている。
「あ、笑いましたね」
「…………」
「なんで、笑うんですか」
「……いや、食べていたなと思って」
はじめて会った時のことだ。
たしかに、あの時シェイラはみっともなくかぶりついていた気がする。
ちょっと、恥ずかしくなってきた。
「わ、笑わないでください」
「っ……」
「やめてください、恥ずかしいです」
シェイラが少し頬を染めて言えば、イディオンはくつくつと笑いをこらえていた。
子どものような、十五歳っぽいような、そんな笑みに、シェイラはイディオンを少し知れたように思う。
恥ずかしてくてたまらなかったけれど、そうやって一歩一歩、シェイラはイディオンを知っていきながら、関係を作っていった。




