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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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61話:ヴァックス家の夜会


 ——ヴァックス家の館。


 木造の大広間には、天吊燈(シャンデリア)、蝋燭が{浮遊}する。天井には、魔術絵画。蛋彩(テンペラ)による聖画(イコン)——大魔導師サージェストと十二人の弟子たちの誓いの場面だった。


 セレリウスは、弟子のひとりである精霊女王エレンシアを見つける。遊色の髪に、虹色の双眼を持つ精霊女王は、千六百年を経ているはずなのに、今なお、女王国の奥地で国を統べているという。


 大山脈によって隔てられている女王国は、東の島国である斎王国同様に、実質鎖国状態だ。かの国のあり方は、渓谷を越えたものしか知らない。

 玉薔薇(ぎょくばら)樹林の(しとね)におわす、恐ろしき女王。

 女王の姿もまた、見たものはほとんどいない。


(存命かどうかも、あやしいものだ)


 セレリウスは見たもの、見えるものしか信じられない。

 自分に精霊魔術の血が流れているのはたしかだろうが、女王の存在については疑義を感じていた。



「——まあ、ほんとうに、由緒正しきヴァックス家に、セレリウスがおりますのね?」



 セレリウスはうるさい場所が苦手だ。まともに音を聞き取ることができなくなるからだ。全部騒音に聞こえる。

 この夜の会とて、当主である養父から命じられていなければ、絶対に自ら足を運ぶことなんてしなかった。


 そのざわめきのなかから、セレリウスは自分の名を聞き取った。

 見れば、〝高等学院・十三番・女〟と、当主の娘である顎姫がひそひそと話しているところだった。こちらをちらちらと見る。視線を返すと、ふたりの目が逆三角になった。



 ——あれは悪意だ。気をつけろ。



 ヨハルに教わったことを思い出す。

 一年くらい前のことだっただろう。ちらちらと女子に見られて、名前を出されているものだから、セレリウスは聞いたのだ。


「僕のこと好きなのか?」

「ばかたれ」


 ヨハルに頭を叩かれたことを思い出す。痛かった。

 暴力はよくないと返した覚えがある。


「あれは悪意だ。気をつけろ」

「悪意……? なにもしてないが」


「好かれることもしてないだろう。——いいか、女たちがこそこそと集まって、ちらちらとこちらを見ている時、それに対してこちらが視線を返して、悲鳴をあげて目を逸らすなら、好かれてる。笑われたり、目元が歪んだら、悪意だ。嫌われてる。気をつけろ」


「目元が歪む……」

「逆三角だ」

「理解した」


「お前は、表情のちょっとしたちがいを読み取れないからな。反応で覚えろ。じゃないと{導線}を伝った火炎で木っ端微塵だ」


「まるで、実体験のようだ」


「おう。おれは好かれてると思って、へらへらと話しかけに行って、死ぬほど恥ずかしい思いをした。自意識がやられるかと思った。犠牲になったおれの自意識に感謝しろ」


「感謝の仕方を教えてほしい」


「つまり、おれの言うことを覚えとけ。いいな?」


 肩をつかまれて、真剣味を帯びて言われる。

 ヨハルがセレリウスに言い聞かせる時、いつもそうされた。


 セレリウスは、ひとつ肯く。


「わかった」

「よし。特にセルは……貴族の家に入るだろ? 悪意には気をつけておけ」

「貴族が関係あるのか?」


 セレリウスはなにせ孤児院育ちだ。貴族事情は、これから知るしかない。

 ヨハルも庶民のはずだが、人付き合いからいいから、なにか情報として仕入れているのかも知れない。


「……おれの母親がさ、学院にいた頃、貴族のご令嬢と仲よかったんだと」


 文脈が読み取れない。

 セレリウスが怪訝な顔をすれば、情報が付加された。

 貴族の悪意に気をつけるための実話だという。


「うんでさ、そのご令嬢すごい美人で、おまけに〈導脈〉も古い家系らしくてさ、社交季には貴公子たちから求婚三昧だったらしい」


「なるほど」


「そういうご令嬢はさ、やっかみがひでえから、護符とか持ち歩くらしいんだ。特に社交季とかは気をつけてないと、いつどこで呪い殺されるかわからないらしい」


「結末が知りたい。その令嬢はどうなったんだ?」


 ヨハルの話の《《先が見通せなくて》》、セレリウスは掻痒(そうよう)感を覚える。いらだつ。

 悪い悪い、とヨハルはセレリウスのいらだちを理解すると、一言でまとめた。


「死んだ」

「……護符があるのにか?」

「護符の効用を退けて、殺されたらしい。母親、見たんだと」

「見た?」


「死ぬところ。学院の休み時間だったらしい。好いた男から求婚されたってすげえうれしそうにしてたんだと。その話をしている時に、急に悲鳴をあげて喚いたかと思ったら、顔を自分の爪で掻きむしって、信じられないくらい吐血して、絶命だと」


「…………」


「一時期、母親、学院行けなくなったって言ってたわ。学院で起きたことだから、依頼を受けた魔導師が治療して、今は大丈夫らしいけど」


「……恐ろしいな」


 だろ? とヨハルが言う。


「で、犯人は同じ学院の貴族の令嬢」


「犯人が見つかったのか?」


「その女の荷物から、土人形と釘とか出てきたんだと。……ノザリアンナ呪術だよ」


「呪具なんて、そんな簡単に手に入らないだろ」


「貴族だからな。金がある。でもさ、これには、それだけじゃないって噂があったらしい」


 ヨハルが周りを気にする。

 口元に手を当てて小声で言う。



「〈魔女の騎士〉の仕業だってよ」



 セレリウスは単語から記憶を想起する。

 歴史で習った。

 八一九年、〈気高き魔女の騎士団〉の誕生。


「……駆逐された秘密結社が、なんで出てくる?」


「ばかやろう。んなもん、駆逐されたなんて、歴史の嘘に決まってんだろ。まだあるんだよ。やつらは社会の裏で暗躍してんだよ。で、滅びたノザリアンナ呪術王国の再興を未だ願って、貴族を後援者に、組織をでかくしてるんだ」


 社会の闇だ、とヨハルはどこか興奮したように言う。


「真否のほどは?」

「だから、噂話って言っただろうが」

「なるほど」


 セレリウスは見たこと、見えることしか信じない。

 親友の話だが、〝関係ない〟と紙札を貼って記憶の抽斗(ひきだし)にしまい込んだ。


 ——その抽斗が、思い出される。


(悪意……)


 十三番の女と、顎姫の目には逆三角の悪意が浮かんでいる。


(勝手にしろ)


 どうせ、孤児だとか、貴族の家にふさわしくないとか、言っているのだ。

 名前以外聞き取れなかったが、似たようなことは言われ慣れている。

 セレリウスは、無視すればいい。


(僕なんて、そんなもんだ)


 この虹色の目しか価値がない。


 ——精霊魔術が使えなければ、セレリウスの存在に意味はない。


 孤児め。空気が読めないやつ。学院のはずれ者。


(空気が読めなくても……)


 教われば、わかる。教えてもらえれば、わかる。


 ——なのに。


(そっちだろ)


 暗黙を理解しろ。文脈を理解しろ。

 そうやって、大衆の意を狩りて押し付けてくるのは、周りのほうだ。


 セレリウスは努力をするか、たえるしかないのだ。


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