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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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6話:キルシュ師の困り

「いかが、というのはなにをおっしゃっているのですか?」



 シェイラは小首をかしげた。一緒に薄色の髪がこすれて重力に従う。



「ん?」

「む?」



 キルシュ師とシェイラの疑問が重なる。

 なにか共通認識を取れていないことがわかる。

 シェイラは念のためここの遣われた経緯を一通りキルシュ師に喋った。終えると、キルシュ師から盛大な溜息が聞こえた。



「まったく、学園長ですね。説明を省いたのは」


「あ、え、そうなんです? わたしがてっきり確認を忘れたものかと」


「おそらく異なります。シェイラ師は悪くありません」


「そ、そうなのですね。よかったです。俸禄をもらうのに、自分の仕事もわかってなかったので、今日はユートさんからも笑われてしまいました」


「……ユートと、そんな話をすることができたのですか?」


「あ、はい。仲よくなりたかったですし、警戒を解きたかったので、自分の立場をありのまま話しました。そしたら笑ってくれて、先生がクビにならないために一緒にいてくれると。いい子ですね!」


「……そうでしたか」



 キルシュが、シェイラの話を聞いて、思い悩んだように口を噤む。しばし黙ってから、再度口を開いた。



「ユートと過ごしてくださって、ありがとうございます。私だと、そうはいきません。……シェイラ師の仕事に関係するお話なので、まずはそこからお話をしましょうか」



 キルシュは、はじめてシェイラの双眸をまともに見てくれた。

 シェイラもまた、目尻にしわが刻まれたキルシュの黒い瞳を見返す。



「ありがとうございます。お願いします」



 キルシュから聞いた話は、ガザン師から聞いた話と大きなずれはなかった。

 学園学院教師の相談役。

 けれど、想像と異なったのは、授業の相談ではなく、教師たちがうまく関わることのできない子どもや、通常の方法で教えてもできない子どもたちの相談ということだ。

 シェイラは聞き終えてから、瑠璃色の瞳をぱちぱちとさせる。



「わたしが、ですか?」


「はい、シェイラ師は子どもと関わることがうまいと聞いています。また、どんな子にも教えるのがうまいとも」



 うーむ。


 シェイラは唸る。

 子どもは好きだが、関わりがうまいのかは自分ではわからない。子どもになにかを教えた覚えもないので、よくわからない。

 言うのは簡単だったが、ガザン老師がシェイラにできると判じたのであれば、そうなのだろう。

 きっと、いつも通り、よく()()関わればよいだけだ。



「やることはわかりました。けれど、すぐにどうのこうのできることでもなさそうですね。まずは対象の子どもたちと、わたしが仲よくなる必要がありそうです」


「……ユートは問題ないでしょう。一日で仲よくなることができたのは、体術の教師に加えて、シェイラ師がふたり目です」


「キルシュ師は、ユートさんとの関わりに悩んでいらっしゃるのですか?」



 今日の様子やさきほどの表情や言動から答えは明白だったが、シェイラはキルシュの意志を確認したくて尋ねた。

 数秒して首肯される。



「……はい。私と彼はどうも相性が悪いようです。今日はまだいいほうです。すぐに教室を出て行ってしまうこともありますから」


「なるほど……」



 シェイラは人差し指で耳飾りをさわる。


 ユートが出ていく前後のやり取りは観察していた。要因があまりにも明確すぎて、この場ではっきりと言うのは、(はばか)られた。

 なにせ初回だ。大事な場面だ。

 年下のシェイラが言っていることをキルシュ師にわかってもらうためには、まずシェイラとキルシュが仲よくならなければならない。


 はっきり言うことはやめて、人差し指を下ろす。



「関わり方以外に困っていることはありますか?」


「そうですね……今日のように静かにしたい時に独り言を言われるのは気になります。子どもたちの集中の邪魔になりますから」



(みんな眠そうでしたけどねえ)


 もちろん、そんなことは言わない。

 静かにしたい。おそらくキルシュがそうしたいのだ。きっと、理由がある。


 少しくらい騒がしくてもいいじゃないですか。


 言うのはたやすい。けれど、キルシュの教室に来る前に見た学環(学級)崩壊の例もあるから、匙加減(さじかげん)が難しいのだ。

 本来であれば子どもたちを見ながら調整していくところだが、一律に静かにすることを学環(がっかん)の規律にするのは悪い判断ではない。……よい判断とも言えないけれども。



「……わかりました。それ以外にありますか?」



 今日は余計なことは言わずに情報収集につとめる。



「はい。実はユートは……その、魔法がうまく使えないのです」



 これが一番困っているかもしれません、とキルシュは言った。



「うまく、使えない?」


「はい。まったく使えないわけではなく、制御できないのです。ユートは……このガルバディアでも名門の四大元素使いの家門の出なのですが、制御がうまくいかないのです。おそらくユート自身も自覚していて、そういう自信のなさから、日々のいらいらが溜まっているのもあると思います。今日も、突然怒りはじめたのは、自信のなさから来るものもあると思います。名門であるということで、きっと家庭での重圧もあるにちがいありません」



 今日怒りはじめた一番の原因は、このキルシュの関わり方だったが、シェイラは今日はなにも言わないと決めている。

 キルシュ師に、ただ相槌だけを打った。



「なるほど……それはたいへん興味深いですね」



 無意識に人差し指で耳飾りをさわる。シェイラの考える時のくせだった。


 うまく使えない、というユートの気持ちには個人的に共感できる。

 シェイラもまた、かつては魔法や魔術を、そして今使いこなす〈魔導〉を一切使えなかったのだから。


 周りが使えて自分だけが使えない。

 自信をなくすに決まっている。ユートとはこれからも仲よくできる気しかしなかった。



「うまく使えない、制御できない、ということは、まったく使えないというわけではない、という理解で合っていますか?」



 シェイラは脳内で要因を切り出すために問うた。



「ええ。力を暴発させてしまうのです。実技を行うと、その炎が爆発的に出て……他の子どもたちも怯えています。ユートが悪い子ではないというのは、私はもちろん、他の子どもたちもわかってはいるのですが、座学での乱暴な行動、さらに魔法の暴発で、悪い印象ばかりが刻まれてしまって……」



(それは教師が、そういう態度をみんなの前で取るからです)


 思った言葉をシェイラは呑み込んだ。



「理解しました」



 しっかりと言う。



「今のお話から、なんとなく日々の行動の要因や魔法をうまく制御できない仮説はできましたが、そうですね……もう少し観なければ、はっきりとは言えません」


「このあとも見にこられますか……?」



 キルシュの期待がこもった眼差しに、シェイラはこの一時で少し信頼してもらえたのだとわかった。

 だが、期待に応えることはできない。シェイラはこのあと大学府に戻らなければいけなかった。



「申しわけないです。予定がありまして。けれどまた来週……えーっと、風ノ日に参ります。こちらの学園には、毎週風ノ日に来ると決まっていますから」


「……わかりました」



 残念そうにキルシュが言う。

 シェイラは自分より年上のキルシュに、少しだけ信頼を寄せてもらえたようで、少しうれしかった。



「仮説を証明するためにも、今度は体術の授業と、それから算術か文学……なにか書字を行うような授業を観ても良いですか? 本人がいらいらするようだったら、わたしが一緒に気分転換に付き添います」


「それはありがたいです。見てもらえると助かります。体術は本人の得意科目なので、とても生き生きとしているかと思います」



 キルシュが笑った。

 詰まった黒髪に厳しい目をしていて、なおかつ、授業もあまりにもつまらなかったから、この人は教えることや子どもが好きなのだろうかと疑義を感じていたけれど、ユートの得意科目を語る表情は真実だった。

 シェイラの気持ちもほがらかになる。



「ありがとうございます。ではそのように、お願いします。

 ——今日はばたばたとすみません。また来週からよろしくお願いします」


「いいえ、シェイラ導師。ヴェッセンダリアの智慧(ちえ)者が定期的に来てくれるのであれば、私も毎週がんばることができそうです」


「はい。ではまた、どうだったか教えてくださいね」


「記録しておこうと思います」



 きちんとしている教師である。

 シェイラは笑う。



「それから、学園長にも文句を言っておきます」



 キルシュ師の黒い瞳が炯々(けいけい)と光った。


(そういうことですか!)


 学園長がシェイラを案内して逃げるように去った理由がわかったのであった。

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