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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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59話:盛夏ノ休暇と噂の王子さま(2)

「……わたしも協力しますか」


 宮から出て歩き回ると、迷子になりそうだが、シェイラには当てがあった。

 かくれんぼで、子どもを見つけるのは得意だ。孤児院での経験を舐めてもらっては困る。


 シェイラは悠然と入口から出ると、末広がりの階段を下りた。周囲をきょろきょろ見て、宮の周囲を把握する。

 ひと通り眺めてから、宮の側部に回る。使用人用と思しき勝手口を通りすぎて、くだる。急斜面に立っている宮だ。くだった場所は、目につきにくい。

 いなくなってすぐ近くの死角を、かくれんぼでは、あまりさがさない。ざっと見て、いないなと思えば、遠いほうに行っただろうと、皆離れていく。


(そういうことに頭が回りそうな子でしたもんね。なので、まずはこのあたり……)


 思ったことをつぶやきながら、シェイラはすべり落ちないように中腰で降りる。下手な魔法は使わず、生身の体のまま、斜面を降りる。



「こことか……どうでしょうか?!」



 宮の斜面にせり出した部分は、柱によって支えられていた。ちょうど影になっている部分だ。言って、シェイラは覗き込む。


「当たりです……っ!」


 シェイラは、見つけた姿に興奮した声が出た。



「——おまえ……」



 見つけられた少年——イディは、シェイラを見て、縹色の双眸を丸くした。



「こんにちは、イディさん」



 シェイラは屈託なく笑う。


 イディ——イディオン・ガルバディアは、唖然と言葉を失った。

 ひょっこり隣にやってきたシェイラを凝視する。


「やっぱり、イディさんでしたか」

「…………」


「黒檀から、名前を聞いた時に、絶対にイディさんのことだーって思ったんですよね。身分高そうでしたし、納得です。大正解でした」

「…………」


「それにしても、かくれんぼ好きなんですか? なんか皆さん困ってましたけど、どうします? わたしとしては、このまま見つかるまで一緒に隠れたままでもいいですし、なんなら逃亡でもお助けしましょうか? 見つけるのも得意ですが、逃げるのも得意ですよ」


 シェイラがぺらぺらとひとり喋っていると、イディオンは両手で目を覆った。大きな溜息も聞こえてくる。



「……なんでここに」



 ぼそっと一言。


「ラムル師と一緒に来ました。

 ——あらためまして、導師シェイラータです。ヴェッセンダリアから派遣されてきました。お喚びいただけて、うれしいです」


 一緒にお守りをさがした時に、シェイラが残した言葉を、イディオンは覚えていたのだろう。

 今回の女王陛下からの勅命は、間接的にイディオンが頼んだものであると、シェイラはわかっていた。


 当のイディオンは、怪訝に眉をひそめる。

 シェイラは、にこにこと笑みを返す。


「おまえ——」

「シェイラ」

「いや——」

「シェイラです」

「…………」

「どうぞ、シェイラと。導師はやめてくださいね。似つかわしくないので」

「……シェイラ」


 諦めたような声が、余韻を持って響いた。

 酒場で聞く詩人たちの言霊と柳弦(リュート)のようで、静かな詠嘆があった。少年特有の高さもあって、フェノアが歌い手として勧誘しそうな声だ。


「はい、なんでしょうか?」

「……ぼくを、捕まえに来たのか?」

「え、なんでそうなっちゃうんですか」


 ヴェッセンダリアの束縛の魔導師もびっくりである。

 シェイラにそんな趣味はない。


「……皆さがしてると」

「さがしには来ましたけど、捕まえには来てませんよ? もうさがし終えたので、わたしは満足です」

「……なんだそれ」

「隠れていると見つけたくなるものでしょう? 見つかったので、満足です。さっきも言ったとおり、つづきをするのも楽しそうです」


 どうします? とシェイラに聞かれると、イディオンは小さく笑った。

 シェイラはイディオンの笑みを邂逅五回目にしてはじめて見たので、声をあげる。


「わあ、素敵ですね! イディさん、笑ったら、かわいいです!」

「……かわいいは、やめろ」


 一瞬でむっとされる。しかめ面になる。


「あー、せっかくのご尊顔が……」


 シェイラが嘆くと、イディオンは眉間のしわを深く寄せる。これ以上言いすぎると、気分を害されそうだったので、シェイラはやめておいた。


「それで、どうしましょうか?」


「……戻る」


 イディオンは言って、立ち上がる。

 宮のせり出した部分は、張り出し構造になっていて天井が低い。背の低いシェイラでもかがまなければいけなかったが、イディの背の高さはちょうどぶつかるかぶつからないかだった。

 あとにつづきながら、はた、とシェイラは疑問が沸き起こる。


(イディさんって、おいくつでしょうか……)


 たしか、第二王子は十三だと黒檀は話していた。

 第一王子と言うなら、第二王子より年齢がうえだ。少なくとも、十四よりうえになるはず。


(それにしては……)


 背が低い。顔立ちも、幼い。

 ユートと同じか、もう少しうえくらいだろうと思ったことを思い出す。

 違和感を覚えた。

 斜面を上がって、宮のなかに戻る。


 シェイラはイディに許可されて、玄関広間より先に招き入れられた。


 幅広の、壁窪(アルコーブ)が印象的な応接間だった。壁窪部分は窓になっていて、座面が設置されている。調度の色は白。窓布(カーテン)には深緑が選ばれ、窓を飾っていた。ところどころに銀が差し色になって、引出(ひきで)蝶番(ちょうつがい)、額縁などに使われている。


 イディオンは、そのままてくてくと進むと、壁窪の座面に腰を下ろした。膝を立てたかと思えば、膝に肘をつく。


 窓からの陽に、肩より少し長い銀髪と、縹色の瞳が照らされる。イディオンの物憂げな横顔に室内の様相も相まって、まるで一幅の絵画のようだった。

 シェイラが画家や絵画魔術の魔導師だったら、絵筆を取っていただろう。


 いっとき、立ち止まる。



「——殿下っ!!」



 背後から、どかどかとうるさい音がしたかと思うと、間もなくしてラムル師と他二名が舞い戻ってきた。

 イディオンはちらっとその様子を認めて、無言で視線を元の位置に戻す。


「どこに行っていらっしゃたのですか——って、シェイラータ導師っ!?」


 ラムル師は片眼鏡を直して、シェイラを見る。


 なぜ、おまえがここに、という顔だった。

 シェイラは曖昧にほほ笑んでおく。


「殿下、おさがし申し上げました。勝手にいなくなられては困ります。御身をお考えくださいませ」


 さきほどの赤髪の近衛だ。面倒見はよさそうな反面、口うるさそうな様子が見て取れる。

 これに対しても、イディオンは一瞥しただけだった。


「——お茶を用意して参ります」


 咳払いをして、空気を払拭するようにしたのは、青髪の侍女——テニアだった。

 どことなく、近衛をたしなめるような空気があった。

 テニアという侍女の発言に対して、イディオンは、こくりと一度肯く。


(うるさい人間は無視するけど、客人はもてなす気はある、と)


 シェイラは、情報収集をはじめる。

 シェイラの派遣期間は一年。すでに四ヶ月が経過している。残りは、八ヶ月。そのあいだに、イディオンが魔法を使えない理由を解明して、手立てを講じ、引き継ぎをしなければいけない。

 一瞬たりとも、時間を無駄にはできなかった。


(……やっぱり、いい子なんですね)


 お守り(タリスマン)の時を思い出す。


 イディオンは、色々あって感情がごちゃごちゃになっているけれど、元来、人がいいのだろう。でなければ、投げたお守りをあとからさがしたりないし、茶の用意をすすめたりはしない。


 シェイラは、そういう隙間や、ちょっとした仕草から読み取れる、人のやさしさが好きだ。

 特にこの四ヶ月のあいだで、さまざまな子どもたちや、教師たちとふれ合って、その思いは強くなった気がする。彼らの相談役という役割であったけれど、彼らから多くのことを教わった四ヶ月でもある。

 近くで、ラムル師がイディオンにぶつぶつと小言を言っていたが、このラムルとも、言葉を重ねればわかり合えるだろう。

 そう思える、四ヶ月でもあった。


(そういえば、セレリウスさんはどうしているでしょうか……)


 ユートやリヨンは、風向きがよいように思う。火炎ノ日に行っている学園の子も、少し前向きな変化がある。

 だが、セレリウスだけは心配だった。


(ヨハルさんが突然退学したと聞きました)


 その影響を、ターニャ師とともに心配しないわけにはいかなかった。


「お待たせしました」


 ラムル師の小言を両断するように、侍女のテニアがお茶を差し入れた。


 シェイラの思考が切り替わる。

 出されたアメリ草のすうっとした茶を口に含む。あとから、華やかな薔薇の香りがふわっと広がって、いつもの茶とちがって感じた。

 宮殿の茶は、こういうものであったなといつかの記憶が思い出される。



「——それでですな」



 茶で喉を潤してから、ラムルがまたもや口を開いた。場をしきり直すように言う。


「殿下、今回シェイラータ導師は、私を補佐するために参りました」


 補佐とはよく言う。

 赤髪の近衛と、侍女テニアは壁に控えながら、シェイラのほうを見る。

 イディオンは、顔を横に向けた。じっとシェイラを見る。


「期間限定の補佐です。シェイラータ導師は、本日より、ノザリアンナの月(さんがつ)まで定期的にいらっしゃいます」


「…………」


「特に、シェイラータは、魔法が使えないことの原因を探るために参りました。殿下もご協力をお願い申し上げます」


 ラムルの説明のあいだ、シェイラはにこにことした笑みをイディオンに返していた。

 イディオンは聞きながら、表情を変えなかった。聞き終えてから、ひとつ口にする。


「……いつ、来る?」


 定期的という言葉への問いだろう。

 ラムルが応えようとしたところに、シェイラは満面の笑みを浮かべた。


「福音ノ日に参ります。そこだけ空いているので」

「……今日は、福音ノ日じゃない」


 宵闇ノ日だ、とイディオンは言う。

 ああ、とシェイラは思い至った。


「えっと、アベルの月(はちがつ)のあいだだけは、毎日来ます」


「…………は?」


「毎日です。あ、静寂ノ日(きゅうじつ)は来ないですけど」


「毎日……」


 イディオンが表情を変える。ぞっとしているように見えた。シェイラの顔を見て、下まぶたを引きつかせる。


「なので、今日よりよろしくお願いいたします。イディオン殿下」


 シェイラは、楽しそうににっこりと笑った。

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