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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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58話:盛夏ノ休暇と噂の王子さま(1)


 ——盛夏ノ休暇、初日。


 シェイラは姿見で、全身を映す。覗き込んでから、くるりと回る。肩より少し下、薄紫色の髪がふわりと舞った。もう一度、一歩下がって全身を映す。


「こんな格好で、いいんでしょうか」


 ぼそっとつぶやく。

 黒い長裙衣(ワンピース)に、葡萄色の長外套(ローブ)、徽章となっている両肩の肩留め(フィブラ)。揺れる瑠璃の耳飾り、十の指すべてに嵌まる意匠の異なる指輪。


 いつもどおり、だった。


 王宮に参内するというのに、シェイラの格好はいつもと変わらない。

 一瞬、めかしこんだほうがいいだろうかと考えたが、シェイラは導師として喚ばれている。着飾る必要はなかった。


(首元だけでも、なにか付けましょうか)


 夏だったから、着ている長裙衣は襟がなく、首元がすっきりしている。全体で見ると、そこだけ寂しい気がする。

 シェイラは、付けるか付けないか悩んだ挙げ句、瑠璃の付いた笹縁(レース)首輪(チョーカー)を留めた。

 目の色や、耳飾りと合わさって、ちょうどいい。


「これでいいです」


 浮かれていない。見せたい相手がいるわけでもない。ただ少し、首元が寂しかっただけ。

 言いわけのように考えると、シェイラは仮住まいを出た。大学府内にあるシェイラの仮住まいは、幅が一馬身、奥行きが二馬身ほどの部屋だった。寝るために帰っているような部屋なので、寝台と書記用机、長櫃(ながびつ)、姿見しかない。


(向こうの部屋は、大丈夫でしょうか)


 ヴェッセンダリアの研究室に付属する自室は、もっとごちゃごちゃしている。魔導具類が、広がったりぶら下がったりしているような様相だ。


「もう少し、片づけなさい」


 よくガザン師から、そう怒られた。

 雑然としているけれど、整理されている。言っても、信じてもらえなかった。


(フェノアとはちがうんですよ)


 自分の部屋から荷物だって飛び出していない。

 きれい好きのガザンによって、シェイラの部屋が片づけられてしまっていないか、少し心配だった。

 自動階段をくだって、仮住まいのある塔を出る。すぐ隣に見える城壁沿いを進んだ。大学府内から王城へとつながる裏門が、待ち合わせ場所だった。


「——お待たせいたしました」


 シェイラが小走りにいけば、すでに待ち人はいた。



「——五分の遅れです、シェイラータ導師」



 その男を一言で表すのなら、痩せた長葱。

 長細く、節ばっている。両肩は直角を描いているようで、茶の長外套越しでも主張が激しい。髪は、使い込んだ鉄釜のような色合い。肩でぱっつんと切り揃えられていた。見た目は四十ほどだが、魔導師なので実年齢は知れない。

 片眼鏡越しの朽葉色(くちばいろ)は、シェイラをねめつけるように見下ろしていた。


(あきらかに、嫌われていますね)


 まあ、そうか。

 この男の失態を取り返せと黒檀に命じられたのが、シェイラなのだから。


「……すみません。王城に行くと思うと、足がもたついてしまいまして」


 適当なことを言う。

 首輪を選んでました、なんて言えば、このあと一切口を利いてもらえないだろう。


「ふんっ。付いて参れ」


(今、ふんっって言いました……?)


 あからさまに鼻で笑う人を、シェイラは、はじめて見た。びっくりしてさっさと進む背中を凝視する。


(この人に王子さまとの関わり方を伝えられるようにするんですよね?)


 そう、黒檀は言った。

 王子が魔法を使えない原因を解明し、解明した暁には王子への指導方法を残る導師に引き継いで、シェイラがいなくなっても問題ないようにしろ。

 シェイラに命じられた全容だった。


(この人、わたしの言ったことなんか、絶対に信用してくれない気がしますよ)


 前途多難だ。

 シェイラは顔が引き攣りそうになりながら、小走りで男の後ろを付いていった。

 裏門をくぐった先の王城は、入り組んだ迷路の山だった。至るところに階段、植木、坂、植木、四阿(ガゼボ)、館、四阿、塔。似たような景色がつづく。


「……飛んじゃだめなんですか?」


 ぐるぐると目眩を覚えて、シェイラは長葱の背中に声をかける。


「城内は、{浮遊}禁止だ。発動させた瞬間に撃ち落とされたくなければ、黙って歩きたまえ」


 そんなことも知らんのかっ、とまた鼻で笑われる。

 これ以上きらわれたくなかったので、シェイラは言われた通り黙って進んだ。


(王城勤め……大変すぎませんか)


 気づけば、シェイラは息を切らしていた。踊り場のような空間で、膝に手をついて、控えめに、ぜえぜえと息を吐く。

 魔法に頼りすぎて、身体能力を向上させるのを怠った結果だった。


 建物六階分は登ったにちがいない。


 気づけば見晴らしのよい場所で、ガルバーンの都が一望できるような空間だった。

 清夏の香りが、抜けていく。汗をかいた体に、すっと気持ちのよい風だった。


「シェイラータ導師」


 諌めるように呼ばれて、シェイラはとことこ長靴を進める。

 

 第一王子宮。


 尖塔のある方形(ほうけい)屋根、四方には小塔。白いまだら模様が特徴の、バラムの石材でできている宮だった。階段は末広がりになって、上った先の両扉に近衛の装いをしている者たちが控えていた。



「——魔導師ラムルだ。約束の時間なので参った次第」



 長葱は、ラムルと言うらしい。

 近衛たちが肯いて扉を開けば、シェイラは会釈をしてラムルの後ろに従う。

 陽光の差し込む明るい玄関広間が、上部まで吹き抜けていた。壁面に不規則な翠の石材。ところどころに、観賞用の植物と陶器鉢。陽を吸い取って反射して、防霧林のなかにいるような錯覚を覚えた。

 ぼうっとしていると、ラムルにまたもや名前を呼ばれる。

 今度は侍女が控えている扉をくぐれば、目的の人物とまみえる——《《はずだった》》。



「——殿下っ?!」



 ずかずかと先に入ったラムルがひっくり返った声を出したのは、すぐだった。

 シェイラが入るより先に、青筋を浮かべたラムルが戻ってきた。侍女に喚くように尋ねる。


「おい、殿下はどこだっ」

「なかにいらっしゃるかと……」

「いないではないかっ」

「——どうかされましたか」


 ラムルが喚いていると、近衛のひとりが入ってくる。癖のある赤髪が特徴だった。


「殿下がいらっしゃらないっ!」

「まさか」


 赤髪の近衛が顔色を変えて、室内に入る。そんなに広くない空間のようで、すぐに戻ってきた。


「ほんとうだ……」


 絶句したように赤髪がぼそっとつぶやく。


「お前たちの警護はどうなっているんだっ!」

「窓から出られたとしか……」

「何度同じことが起きている!」

「本日は、魔導師殿がいらっしゃる旨を、ここのテニアとともに伝えております。ラムル殿が、もうおひとりを連れて、授業にもいらっしゃると」


 赤髪がしょぼくれたように、今度は侍女のひとり——青髪の女と目を合わせながら言った。青髪の侍女も、こくりと肯く。


(予告されていたんですね)


 あちゃー。

 という言葉を、シェイラはもちろん口にしない。

 つまり、逃げられたのだろう。噂通りらしい。


(もう少し伝え方を工夫しなければなりませんね)


 工夫したところで、このラムル師の様子を見ていると、全力で逃げられそうな気もするが。


「おさがししろっ!」


 ラムルがうるさく命じた。細長い体のどこから声が出ているのだろうか。きーんと聞こえて、耳を塞ぎたくなる。

 ラムルの命令に、近衛も侍女も蜘蛛の子を散らすように宮を出ていった。ラムル自身もどこかへと走っていく。


 シェイラはぽつんとひとり、取り残された。


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