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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児—前編—

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57話:セレリウスとヨハル(2)

 閉じていたまぶたを開く。


「——ほい、お前の好きなやつ」


 ヨハルから渡されて、セレリウスは小さく礼を言う。


「セル、礼を言えるようになったんだな」


 なんだか感動したように、ヨハルが言った。

 セレリウスは、ああ、と思い当たることがあった。


「導師に教わった。礼を言われるほうが一般的にはうれしいんだと」


「え、導師って、あのちっちゃかわいい美人?」


「よくわからないが、この学院に来ている導師はふたりしかいない。前からいるフェノア師と比べれば、たしかに小さいほうだ」


「いやあ、あの導師かわいいよな。最近けっこう噂になってるんだ。フェノア師は前から根強い人気あるけどさ、系統がちがうから、別の男どものなかで盛り上がってるんだ。ちっちゃいっていうのもいいよな。守ってやりたくなるっていうかさ。そういうかわいさがある」


「なんで小さいと守ってやりたくなるんだ?」


「男の性ってやつだよ」


「僕にはないやつだ」


「おれはフェノア師派だけど、シェイラ師もな……最近ありかなって思ってる。守りたくなるんだよ。こう、ぐぐぐっと」


「ぐぐぐ」


「そう、ぐぐぐっとだ」


「あの導師、そんじょそこらの男よりずっと強いと思うけど」


 セレリウスが事実を言えば、ヨハルから、身も蓋もないことを言うなとどやされた。

 事実なのだから、致し方ない。導師なる称号は、力がなければ授けられない称号なのだ。

 セレリウスも、いつか導師になりたいと思っている。



「——それで、話ってなに?」



 訊いて、腸詰め肉(ソーセージ)をうえに挟んだ麦粉焼(パン)を口にいれる。

 いつもの味。塩気。肉の味。北の黒麦の香り。

 いつも同じ、というのはどこかほっとする。


「ああ……」


 ヨハルは、思い出した、というよりは、どことなく言いたくない雰囲気があった。

 さすがに十年近く付き合いがあれば、これくらいの空気ならセレリウスにも読める。

 もしかしたら、ヨハルのほうがセレリウスにわかりやすいように振る舞ってくれているのかもしれないが。


(こういうのをありがたい、って言うんだろうな)


 ヨハルは押し売りをしない。説教をしない。対等にセレリウスのことを扱ってくれる。

 なんなら、理解もしようとしてくれる。

 得がたい、友人だった。


 その得がたい友人が、食べる手を止めて、遠いところを見ていた。

 東のほう。陽が昇るほうをずっと見ている。

 セレリウスは不審を感じる。


「なんかあったのか?」


 言いたくない。セレリウスに言いづらいなにかが。


 わからない。わからなくて、足の裏がかゆくなる。掻痒感をどうにかしたくなる。

 どうにかしたくなって、ぱっと口を開こうとした時、ヨハルはやっと口火を切った。



「——おれ、今週で退学する」



 ヨハル。今週。退学。

 セレリウスは言葉を咀嚼して、あまり感じたことのない驚愕を覚えた。


「なんで……」

「……前から決まってだんだよ」


 ヨハルは、諦めたようにからっと言う。


「前から?」


「そ。……査定あったじゃん? おれさ、案の定、生活魔術の判定だったって伝えたと思うんだが」


「覚えてる」


 六から七割くらいがそういう判定が出る。

 つまるところ、あなたはふつうです。生活魔術を使って過ごしやすく、お暮らしください。そういう判定結果だ。

 稀にその判定が出て、魔導具作りですごい才能を開花させるものもいるが、本当に稀な話だった。


「父親がさ、生活魔術の判定だったら、勉強なんかしてないで、どっかの工房に弟子入りしろってずっとうるさくて」


「ああ」


「べつの判定だったら学院に残っていいけど、生活魔術だったら、家の足しになるよう工房入りしろって言われてたんだよ」


 ヨハルの家は、家族が多かった。弟や妹が五人いる。

 ヨハルの父もどこかの工房で働いていたが、その稼ぎだけでは家族を養いきれないのだろう。

 理解はできた。


「だから、今週で学院やめて、おれ、技術国に行くことになった」

「技術国」


 東にある魔導師テッペンスを祖とする国。


「そ。父親の知り合いの知り合いが、どっかの組合の副なんとかっていう偉い人らしくてさ。そこから紹介を受けて、おれに合ってる工房に弟子入りさせてくれるんだと」

「…………」

「……悪いな」


 なにに対する悪いなのか、セレリウスはわからない。

 ただ、目に見えない不快感が腹のうちに溜まっていく。掻痒感が足裏だけでなく、全身へと広がっていく。いらだちにも似ていて、けれど、そうではない。

 この感覚がなんなのか、セレリウスはわからなかった。


「——セル」


 セレリウスが、自身の内側を探り、衝動的に吐き捨てそうな言葉をたえていると、ヨハルが真剣な顔で言った。


「おれ、すげえ、やだよ」


「…………」


「こんなこと言うの恥ずいけどさ、金槌の音でうるさそうな技術国なんか行きたくねえよ。親方とかに絶対最初は怒られたりするだろうし。お前とこうやって喋れなくなるの寂しいよ」


「……寂しい」


 悲しいに似たもの。


「それにさ、おれ、お前が心配だわ」

「…………」

「心配、つーか、不安? おれみたいな人間いなくて、やってけんのかなーって」

「……無理な気がする」


 寂しい。不安。

 セレリウスのなかで、蜷局(とぐろ)を撒いているのはそういった種別の感情。


「だよなあ」

「僕……」


 やっていけるのか。


「やめても、連絡するけどさ。お前もなんかあったら連絡しろよ」

「……ああ」

「だれか、お前の理解者見つけろよ」

「……善処する」

「見つかるといいな」

「……ああ」


 見つかるのだろうか。

 そんな人間。ヨハル以外に。


(僕は……)



 この世界で、ほんとうにやっていけるのだろうか。



 セレリウスは暗澹たる思いを抱いて、盛夏ノ休暇を迎えた。



(第3章:空気の読めない孤児——前編・了——)

【3章登場人物】

セレリウス・ヴァックス

 高等魔法学院の精霊魔術専攻。14歳。ガルバディアでは珍しい、エレンシア女王国の血を引く、精霊魔術の血筋。人の気持ちが読めず、精霊の声も聞こえない。


ターニャ師

 セレリウスの担任で、新任教師。空気を読みすぎてしまって、あまり意見が言えない。大地の魔術師。


ヨハル

 セレリウスの親友。夏休みで学院を退学し、テッペント技術国へ引っ越した。

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