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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児—前編—

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56話:セレリウスとヨハル(1)

 ——盛夏ノ休暇前の、最後の一週間。


 二回目の班別対抗戦の成績も、芳しくなかった。

 セレリウスなりに、班の様子を見て、行動したつもりだ。けれど、班員とはなじめていない。一番とも、十三番とも、二十番とも。

 変わり者と言われていても、それくらいはセレリウスだってわかる。


「……はあ」

「お、しみったれてる」


 嘆息が木造に沁み込むのとは裏腹に、明るいヨハルの声が後ろから小突いた。

 セレリウスは肩に回された手を払うようにする。


「近いな」

「悪い。昼、一緒に食おう。購買堂で買って、外の日陰に行こうぜ。ちょい話がある」


 ヨハルは、セレリウスの返事を聞かずにさっさと購買堂のほうに行ってしまった。


 きっと適当に買ってくるのだろう。

 ヨハルは、セレリウスの好みを熟知しているから、心配はなかった。


 木造の帽子屋根群から、少し離れたケヤキの下。セレリウスとヨハルがふたりでよく来る場所だった。セレリウスたちの学環のある棟まで距離があるので、あまり人が来ない。居心地がいい。


 木陰になっている場所に腰を下ろす。

 南薫(なんくん)が涼しい場所だった。風の音を聞くと、セレリウスの気持ちはおだやかになる。まぶたを閉じれば、そよぐ風の音がセレリウスになにかを語りかけてくるような気さえする。


(精霊の声とはこういうものだろうか)


 大地の魔法を感じるということを、二ヶ月近くやっている。

 進展はない。ただ担任の魔法を見せられ語られるだけ。シェなんとかという導師は感じろと言う。成果を急ぐな、と。


(わかっているさ)


 わかっている。

 盛夏ノ休暇までと言われた。今週だ。とりあえず、いつまでやればいいのかわかって、考えないようにしていた。


 どうにも、目に見えないものは苦手だ。あるのかないのか、はっきりしないものは苦手だ。

 あるならある、ないならない。

 わからないと、足の裏からぞわぞわとしたものがやってくる。掻きむしりたいような、いらだち。

 いらだって、衝動的に物を言ったり行動すれば、たいがい失敗する。さすがにセレリウスだって学んだ。


 あの導師に指摘されたことも、わかってはいる。

 だがたまに、どうしようもなく衝動的に発してしまうことがある。感覚的な感情が、理性を跳び越えてしまうことがあるのだ。


(簡単に言うなよ)


 僕のなにがわかるんだ。

 僕が、どれだけ努力して、馴染もうとしているのか、わかっているのか。

 どれだけの失敗を繰り返して、そのたびに揶揄され、陰口を叩かれる。それを当事者である自分が知らないとでも思っているのか。


(ばかにするなよ)


 みんな、セレリウスをばかにしているのだ。


 変わり者だ、と言って。

 あの導師だって、担任だって、きっとそうだ。どうせ、仕事でセレリウスにかまっているだけのくせして。

 院のやつらと一緒だ。院の育司士たち。


「育てにくい子」


 ぼそっと言われた。いくつだか覚えていない。けれど、目の前で言ってもわからないだろう。そういう歳で言われたのだと思う。


 セレリウスだって、好きで変わり者に生まれたわけではない。セレリウスなりに、周囲を理解しようとしている。それがいつも、上手くいかないだけで。失敗ばかりなだけで。


 なのに、なぜ、だれもセレリウスを理解しようとしないのだろう。


 なぜ、大衆のほうが正義のように振る舞うのだろう。合わせろというのだろう。セレリウスばかりが理解しようと努めて、あちらは押し売りばかりしてくるというのに。


(それで今度は、精霊か)


 うんざりだ。

 なにが感じろだ。精霊のほうから話しかけに来いよ。なんで、僕ばかりが歩み寄らなきゃいけないんだ。


 だが、卒然と、養父の顎がありありと目の前に浮かんだ。



「——精霊魔術が使えないそうだな」



 学院から伝わったのだろう。

 ヴァックス家の当主である養父は無表情の男だった。

 なにを考えているのかわからないから、こわい。

 そう使用人たちが話していたが、セレリウスはむしろ、言っていることのみを信じればいいから、関わりやすい。


「はい」


 返事をすれば、養父は執務机に両肘を突き、手指を組んだ。そこに突き出た顎を乗せる。

 セレリウスと婚姻が約束されている、当主の娘もまたこの顎を持っていた。

 ヴァックス家にいると、セレリウスはどうしてもこの顎を見てしまう。吸い寄せられるように目がいく。

 人の顔を見ると、気になる場所に目がいく。これはセレリウスの昔からのくせだった。


「卒業までだ」


 明確に示された。


「はい」


 セレリウスもはっきりと返事をする


「学院を卒業するまでに、身につけなさい」

「はい」

「でなければ、お前との縁組は解除する」

「はい」

「お前を招き入れたのは、その虹の瞳のためであることを忘れるな」

「はい」

「わかったのなら、行ってよい」


 顎で示される。

 辞儀をして、セレリウスはてかった赤茶の部屋をあとにした。


(もたもたしているわけにはいかないんだ)


 ヴァックス家には感謝している。

 あの、反吐が出そうな院から自分を連れ出してくれたこと。仕事で仕方なくセレリウスと関わる人間から救ってくれたこと。感謝しかない。

 虹色の目がほしい、というのもわかりやすくて助かる。

 仕方なく、ではないのだ。虹色の目がほしい、と求められているのだ。

 自分の存在が求められているというのは、こうもうれしいものなのだ、ともらい受けられた時にはじめて知った。


 であるからには、セレリウスは存在証明をしなければいけない。

 精霊魔術を必ず身につけなければ、いけない。


 考えると、うんざりした気持ちが凪いでいく。

 仕方ない。やろう。また、たえればいい。困ったら、ヨハルに聞けばいい。


 そんなことを考えていると、横にヨハルの気配を感じた。

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