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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児—前編—

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55話:終わりのわからない不安

(……とまあ、うまくいくような気もしましたが)


「そう簡単にいくはずがありませんよね」


 セレリウスとターニャの様子を見て、シェイラはのんびりとつぶやいた。


 ——セゾン魔術学院の郊外丘陵。


 視界の隅に、銀ブナなどの防霧林を捉えつつ、夏の風を南から受ける。


 斜面から平らになった場所で、ターニャは必死にセレリウスになにかを説いていた。説きながら、持ってきたパム紙に角墨(コンテ)で図示している。

 視覚化したほうがよい、とシェイラはターニャに助言していた。

 言葉のみだと伝わらないことがある。特に抽象的な感覚のようなものは、絵にしてみたり図示してみたりすることで、言葉だけでは伝わらないものが一度で伝わることがある。


 〝学びし者は常に真理を抱く〟


 ヴェッセンダリアでの教えをまっとうするうちに、シェイラが確立していった方法だった。

 説明をする時には、視覚的にも説明できるようにする。あるいは、なるべくわかりやすく具体例を用いる。

 シェイラが、教師や子どもたちに伝える時に、必ず(もや)を描くのは伝わりやすくするための工夫のひとつだった。



「——この時間、僕には意味があると思えません」



 ふいに聞こえてきた声に、シェイラは虚を突かれた。

 淡然とした言い方だった。

 シェイラはふわりと翅を開いて、ふたりのもとへ降り立つ。


「どうかしましたか?」


 尋ねると、戸惑ったターニャ師と、真顔のセレリウスがいた。

 この郊外で行う授業も、三回目だ。

 なにかの成果を得たいのだろう、とシェイラはセレリウスを見た。


「意味ないですよ、こんな授業」

「どうして、そう思ったんですか?」

「精霊につながりません」

「精霊をまだ感じられないということですか」


「そうです。僕はさっさと大地の魔法なんか終わらせて、精霊魔術を使えなきゃいけないんです」


「なるほど。はやく使えるようになりたいんですね?」


「そうです。こんなところで、知っていることをあらためて何回も言われたり、できることを何回も教えられるのは、たえられません」


(見通しのつかなさからのいらだちでしょうか)


 シェイラは、悠然と思う。

 ほんとうにはっきりとした物言いをする子だ。敵も多いことだろう。

 シェイラは気にしないし、慣れているが、横目で見ればターニャは蒼白になっている。


 自分の教え方が悪いのだろうか。


 気持ちが顔の全面に出ていた。


(そんなことはありませんよ)


 むしろ、丁寧に辛抱づよくターニャ師は説明している。


 急いていて、頭に入らないのはセレリウスのほうなのだ。

 それもまた、彼の性分と言えるだろう。ターニャに伝え足りなかったのは、シェイラのほうだった。


「……わかりました。では、セレリウスさん、せめて盛夏ノ休暇まではこの授業をつづけてください。休暇中もきちんと、ご自宅で大地の魔法を感じてください」


「なぜですか。僕はできます」


「できるできない、の話ではないのです。あなたに今、ターニャ師が伝えているのは、感じるか感じないか、です。できても、感じられなければ意味がありません。大地の魔法を通じて、大地を感じてください。それが、あなたに伝えていることです」


「……感じる」


「そうです。あなたには、森人の血も流れていますが、〈導脈〉があることを示すように、ふつうの魔法や魔術使いの血も流れています。珍しいです。その珍しさが救いです。あなたは、大地の魔法を通じて、大地を感じることができるはずです」


「…………」


「はず、と言ったのは、わたしも目にしたのがはじめてで、今が試している最中だからです。試しているゆえに、成果が出るのは少し時間がかかります。当たり前です。通常、森人が生まれて育ちながら感じるものを、短期間で感じようとしてるのですから」


「それが、盛夏ノ休暇終わりまで、ということですか?」


「そういうことです」


 シェイラがきっぱりと言えば、セレリウスは黙った。

 最後にひとつ付け加える。世の中を渡っていくうえで伝えなければいけないことだった。


「それから、さっきの意味がないという発言は、ターニャ師に失礼です」


「……べつに、ターニャ師のことを否定したわけではありません」


「そう聞こえる言い方です」


 シェイラが言えば、セレリウスがはじめて罰の悪そうな顔をする。

 ターニャが驚いたようにシェイラを見る。


「セレリウスさんが、成果が出るのか出ないのか、いつまでやればいいのかわからず、いらいらしてしまう気持ちはわかります。無性に落ち着きがなくなるのかと思います」


「…………」


「ですが、発散で言葉を選ばずに言うのはやめましょう。いつまでやればいいのかわからなくていやだから、教えてほしいと言えばいいんです」


「……なるほど」


「なので、漠然としたものに不快感を感じたら聞いてください。そして、ターニャ師には謝罪してください」


「……わかりました。——ターニャ師、すみませんでした」


 セレリウスはいっそ清々しいほどきれいに頭を下げた。

 下げられたターニャのほうがたじろぐ。


 ターニャがセレリウスの謝罪を受け取れば、大地の魔法を感じる会は無事に再開された。


 授業が終わったあと、ターニャはシェイラに驚いた心情を吐露した。


「すごいですね、シェイラ師。セレリウスがあんなにすぐに納得するなんて。なんかの魔法ですか? 闇の魔術?」


 シェイラは苦笑する。

 なるべく曖昧な表現は避け、代わりにどうすればよかったのかをはっきりと伝えたにすぎなかった。

 正直なところ、セレリウスにどれほど響いたのかわからないし、もしかしたら反感を買ったかもしれないが、今言わなければいけないことだと判断したから、伝えた。

 子どもたちは、あとから言われてもわからない。十四のセレリウスであれば思い至るかもしれないが、予告されないなかで後出しされるのは、だれだって不快を覚える。

 今言わなければならないことや、事前にできることは、時宜(タイミング)が大事なのであった。


「……ちがいますよ。見通しが利かない不安に対処して、事前にできることと、不安の対処方法を伝えただけです」


「見通し……不安?」


 ターニャがきょとんとする。

 最近、どことなくシェイラに対して懐っこい空気のあるターニャは、杏ギツネの子のようだった。


「そうですね。たとえますと、週末に教導館で行われる全体会議ありますよね?」

「はい」

「あれで、たまに、目的がなくて、なにを決めたら終わりになるのかわからない議題ってありませんか?」

「ああ……」


 くすっ、とターニャが笑う。


「あります」

「ですよね。特に歴のながーい先生がこんこんと喋ったり、持論を交わしたり」

「それで、昔はこうだった、とか言うやつですね」


 ふたりで、目を合わせてくすくす笑う。


「ですです。それで終わりが見えず、いつまでつづくのかわからないけど、我慢しなきゃいけない時の気持ち」

「わかりますわかります。いい加減にしてくれって思います」


 ひとしきり、ふたりで笑い合う。どこにでもある光景を共有する。


「ようは、そういうことなんです。はっきり期日だったり終わりがわかってないと、セレリウスさんは不安になったり、いらいらしやすいんです」


「……たしかに、考えると、いらいらしますね」


「しますでしょう?」


「しますします」


「ターニャ師がわかってくださったなら、セレリウスさんは心強いです」


 シェイラがにっこりとほほ笑むと、ターニャも杏子が熟れたようにはにかんだ。

 伝わった気がして、シェイラも胸がくすぐられたようにうれしくなった。

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