51話:精霊魔術と大地の魔法
宵闇の底より
火炎が命を孕み
風が煽る
やがて訪るる水が静寂をもたらし
聖なる福音とともに
大地が揺籃となろう
シェイラは、『大地ノ書』の文字面をなぞる。凸版印刷の凸凹とした感覚が指の腹をなでた。
中表紙に記されているのは、元素魔術の成り立ちを表していた。
闇・火・風・水・聖・大地の順に生まれた魔法たち。
あらゆる魔法や魔術のなかで、一番はじめに生まれたのが、闇・火・風・水だった。魔導大戦を経て、聖属性が加わり、サージェシア全体が〈霧〉に包まれるようになった頃、最大の魔法である大地の属性が加わった。
『大地ノ書』は六番目に、魔導師ガルバーンによって編纂されたものだ。サージェストの六番目の弟子であるガルバーンは、六大元素魔術を定義し、その魔導書を作り上げた。
このガルバディア王国もまた、ガルバーンを祖として建国されている。
だから、ガルバディアには、ユートのような名門の四大元素魔術家や、リヨンのような特定の元素に特化した魔法使いや魔術師が多い。
極めているのがガルバーンを祖とする王族だ。
今上は、絶対女王とされるグシェアネス。
ガルバーン以来の強大な〈導脈〉を持つと言われている。〈蟲〉が多くなる冬には、前線へと出て、その力をふるうのをいとわないという。
(一度、戦ってみたいものですね)
羊皮紙をめくりながら、シェイラは思う。
(わたしと、女王陛下、どちらが強いでしょうか)
噂に聞くに留まるので、わからない。
実現もしないだろう。
いかにヴェッセンダリアの導師とはいえ、女王陛下に相まみえることなんて、早々ない。
「うーん、あんまりこれは役に立ちませんね」
シェイラは、ぱたんと『大地ノ書』を閉じる。
精霊魔術の理解を深めるのに、あらためて開いてみたけれど、記憶しているとおりにしか書かれていない。
大地の魔法は、精霊魔術と共通しているものがあるのだ。
大地の魔法は、〈導脈〉の魔力で大地を呼び起こす。
精霊魔術は、大地に宿る精霊の力を借りて行使する。
大地を感じるという点で、通っているものが同じだった。
そこに、セレリウスの困りをなんとかするものがないかと思っていたが、書から得られるものはなかった。
(やはり精霊魔術そのものを調べないといけませんね)
シェイラは、立ち上がる。
魔導具にあふれた自身の研究室を出ると、図書ノ塔へと向かう。
長外套に留めている〈導師〉の肩留め徽章を認めてもらい、上階への昇降機に乗る。下階は、学生などに一般解放されているが、上階には資格がないと入れない。貴重な魔導書や歴史書などが保管されているからだ。
シェイラは上階へと辿り着くと、人気の少ない書架を自由に{浮遊}する。
目的の書棚を見つければ、数冊に{浮遊}をかけて、適当な長卓のそばに降り立った。
迫持窓から差し込む光がおだやかに、つやのある煉瓦色の長卓を照らす。一冊を開けば、文字が入り込んでくるようだった。
〈精霊界〉という言葉がまず飛び込んでくる。
光と水と緑の世界。
吐息のような空気。
サージェシアの大地に重なるように、されど隣り合う世界。
ささやくような精霊たちの声。
彼らの声を聞き、彼らの心を聴き、つながり合う。
虹色の目はつながりの証。
魔法の出口。
(随分と詩的な表現です)
二冊目。
虹の双眼は、真実の眼なり。大地を媒介に、双眼は真実なる〈精霊界〉を捉える。
精霊とは、〈霧蟲〉や魔獣とは異なる存在なり。星の命の御使いであり、分子である。彼らを知り、彼らも知り、なして力を得ん。
(精霊さんたちと仲よしになれってことですね)
次、三冊目。
精霊は、大地を揺籃とする。大地は彼らの心を知る。
精霊魔術とは、彼らの心とともに、神秘を扱う。森人は、彼らの心を知るため、大地とともに育つ。紫水マツや銀ブナの根を揺りかごに、枝を遊び場に、葉が茂っていくように心を知っていく。
そうして、〈精霊界〉が視えるようになり、彼らを感じ、彼らと心を通わせ、力を借り受けるのだ。
——精霊と心を通わせる。
どの書にも、書かれていた。
精霊魔術を扱うのには必須なのであろう。
(ですが……)
セレリウス少年を思い出す。
どこか焦点の合わない、けれどこちらの真実を覗き込むようにする目。えらい人には敬意を払わなければいけない理由を問うてきた口ぶり。シェイラやターニャとのやり取り。
なにより、彼はエレンシア女王国の大地で育っていない。
孤児院で育って、今は貴族の養子だ。
(セレリウスさんに、心の交流を教えてくれる人はいたのでしょうか……?)
学院ですれちがったセレリウスの友人と思しき人物。セレリウスのことを理解しているであろう振る舞いだった。あの人物はきっと、ふだんからセレリウスが見えていることと、大多数が見えているあいだに横たわるものを、補完しているのだろう。
ひとつ、救いだった。
だが、先日の様子やフェノアから聞いたことを考えると、簡単に解決できない問題が鎮座していた。




