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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児—前編—

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49話:国境の孤児

「ごめんね、ターニャちゃん、話が脱線しちゃった」


 いつの間にか、過去へ旅立っていたらしい。


 ふいにフェノアの美声が、鼓膜に届いた。

 もしかしたら、シェイラが今から抜け出しているのを悟って、{魅了}を少しだけのせたのかもしれなかった。


「すみません、失礼しました」


 シェイラも、フェノアに重ねて言う。

 ターニャ師は首をふった。愛想のある笑みを浮かべる。


「……いえ」


 昼餉ノ憩いの残り時間は少なかった。

 そこから、シェイラはターニャに質問した。フェノアから聞いた内容では足りない情報の答えをもらう。


 セレリウス・ヴァックスという十四の少年が、今回の相談にあがった対象だった。

 セゾン県の守備防衛を行う国境の大貴族——ヴァックス家の養子。

 精霊魔術の素養を見出されて、養子に迎えられたのだという。


 サージェシアではよくある話だった。

 魔法の力が強いものを貴族家に取り入れ、家の魔法の力を強くする。そうやって、連綿と〈導脈〉の継承をたしかなものとする。


 けれど、とシェイラは思う。

 精霊魔術は、〈導脈〉の魔力に依存しない系統だ。

 森人たるエレンシア女王の精霊魔術は、精霊を通して魔法や魔術を行使する。特異性ゆえに、女王国に住まう森人しかその魔法を扱えないという。

 なぜ、今回の相談にあがってくるのか、シェイラは疑問だった。


「セレリウスさんの、ほんとうのご両親に当たればよかったのではないですか?」


 シェイラがそう尋ねれば、ターニャは首を振った。


「セレリウスは、もとは孤児なのです」

「……なるほど」


 両親がわからない、ということだ。父か母かどちらかが森人で女王国の出身だったのだろう。


(ご両親がどうなったか興味深いですけれども……)


 エレンシアの森を出たのだろう。精霊と直でつながる森を出てまで、伴侶とつがったのだろうか。なにゆえ、出ることになったのか。さまざまに気になり、そういった事情がセレリウスを孤児というものに追いやったのだろうと思えた。


(それとも)


 どちらも亡くなって、致し方なく孤児院に預けられたのか。

 セゾン県は国境。それも、北に近い国境なら、秋冬には霧がたち込める。なら、きっと死者も多い。そういったところには、〈蟲〉に襲われるものが多く、孤児が多かった。


 ——痛ましい。


 景観の美しいセゾンであっても、その大地は霧砂が死者の血でかたまったものなのだ。

 シェイラは、拳を握り込む。皮膚の下の〈脈〉が打つようであった。


「……事情は、わかりました。であれば、致し方ないですね。——精霊魔術が使えない、となる理由がわかりました」

「はい」

「であれば、一度観ましょう。観させていただきながら、方法を考えさせてください。わたしも、精霊魔術が使えないと相談を受けるのも、そういった事例を聞いたこともはじめてなので、どうしてそうなっているのか観てみない限りはわかりません」


 シェイラが誠実と思ってそう言えば、途端にターニャ師の顔は曇った。

 不安を感じたのかもしれない。

 シェイラは、大慌てで両手を振った。


「あ、でもまったくわからないというわけではなくて、ですね! 当てとかつけたり、仮説はありますよ? きっとこのせいだろうな、と。ただ、決めつけはよくないので! 決めつけないために、観させてください。そういった意味です!」


 シェイラの説明に、ターニャは少しほっとしたように肩を下ろした。


「わかりました。ありがとうございます、シェイラ師。このあと……六つ目の時限が、選択科目の授業となります。なので、そこに参観いただければ」

「はい、ぜひに」


 シェイラが返事をすれば、ちょうど昼餉ノ憩い終わりの鐘が鳴る。


「あれ、ターニャちゃん、お昼は?」

「大丈夫ですよ、お昼を食べないくらいのほうが授業に集中できます」


 フェノアの問いに、シェイラは、はっとする。

 シェイラとフェノアはここに来る前に簡単にすませていたが、授業を行っていたターニャは昼餉を取っていないのではないだろうか。シェイラたちが拘束しすぎて、食べる時間がなかったにちがいない。

 シェイラは、ターニャの顔色を窺う。その表情から悟る。


(この方は……)


 リヨンに、似ている。いや、ちがう。リヨンとは異なる。けれど、似ている。


(空気を読みすぎてしまっている)


 人の顔色が気になりすぎて、自分の主張ができないのだ。

 いろんなものを読み取りすぎて自分がなくなるくらい、周りに溶け込もうとしているのかもしれない。

 さきほどすれちがったセレリウスと、対軸にあるようなあり方な気がした。



   〜*〜



 六つ目の時限になると、フェノアとは別れた。講師として授業の担当があるということで、別の棟へと去っていく。

 シェイラは、五つ目の時限から戻ってきたターニャ師と合流し、精霊魔術を行う教室へと向かう。

 昼餉を取れなかったはずのターニャは、愛想笑いを浮かべて、空腹をおくびにも出さなかった。

 気づかいの言葉を口にしようとして、シェイラはやめる。

 ターニャは恐縮してしまうような気がした。


 鐘が、鳴る。

 六つ目の時限のはじまりと同時に、シェイラとターニャはちょうど教室に辿り着いた。

 木彫りの戸をくぐると、途端に植物の生気が肌をなでる。さまざまな葉や茎、花などの芳香が鼻腔を抜けるようにする。


 立方に、魔法植物の満ちる室内だった。


 翡翠スギや蛍モミの原木が柱で、枝が梁のように天井に広がっている。根は足元を悪くし、どこからともなく茜羊歯(あかねしだ)宵燈草(ランプそう)などが生えていた。

 原木や木造の壁からは、柘榴茸(ザクロダケ)などの茸類。隙間を縫うようにして、蛇行蔦(だこうづた)が絡み合う。鉢からは多肉植物が原色の花を広げ、壺からは怪しげな食蟲植物が口をぱかっと開いていた。


(ここは密林でしょうか……)


 シェイラは天井から垂れ下がる螺旋(らせん)紐苔(ひもごけ)をどけながら思う。

 まだ訪れたことのない太古の森シャドゥーラは、もしかしたらこんな感じかもしれない。


(それにしても、いい加減すぎますが)


 四季を無視して、でたらめに植物たちが盛っている。

 通常ならありえない植生に、シェイラはこの教室の管理者を問いただしたくなった。

 根のあいだになんとか設置されている机と椅子には、すでにセレリウス少年が待っていた。


「——じゃあ、授業をはじめようか」


 おずおずと、ターニャが言うと、虹色の瞳が動いた。



「この人、だれですか」

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