48話:瞑想の魔導師
教導館に戻ると、物置きのような部屋で、シェイラたちは話すことになった。
「こんなところで、申しわけないです……」
ターニャ師が六角卓の埃を払いながら言う。
天井は蜘蛛の巣が幾重もかかって、床の隅には羽虫などの死骸が転がっていた。棚にはなにかの生き物の頭骨がいくつも並んでいる。標本瓶には〈猿猴〉の皮や、〈臙脂虫〉の赤い染料、魔獣バッショーの牙など、貴重なものが埃まみれになっていた。
魔法薬や触媒の管理庫なのだろう。
それにしては、随分となおざりな管理のようにも見えた。
「時間もないし、さっさと話しちゃいましょうか」
ターニャ師の項垂れるような声に対して、フェノアが明るく倍音を響かせる。歌唱魔導師の声は、部屋中の塵埃をさっと吹き飛ばすようだった。
「あ、はい」
はっとしたようにターニャがへこへこする。
六角椅子に腰かけたフェノアは、ぱきっとした声を出した。
「シェイラ、この子がターニャ師。まだ、教師になったばかりの若い子よ。あなたとそんなに年齢は変わらないと思うわ」
「二十二ですか?」
フェノアから聞いて、シェイラがターニャに問う。
「あ、はい。すでに誕生日を迎えて今二十三です」
「では、わたしと五つ差ですね」
言えば、ターニャは探るようにシェイラを見た。
五つ差という年齢に困惑するような視線に、フェノアが楽しそうに付け加える。
「ターニャちゃん、シェイラは十八よ。それも、本物のね」
「えっ?!」
「私みたいに実年齢と見た目の年齢がちがうわけじゃないのよ。八歳で初等部中等部学園の単位を取り終えて卒業、十歳で高等学院の単位も取り終えて、十二歳で大学府の学位を取ったと思ったら、十五歳で導師にまでなっちゃうんだから、天才ってやつよ。魔法のことになるとのめり込みすぎて、ちょっと残念なところもあるけどね」
フェノアが面白おかしく語れば、ターニャが目を白黒させる。
シェイラはじろりとフェノアを見やる。
「フェノアは魔導師らしく、見た目詐欺ですからね。この際、聞きますけど、ほんとうはいくつなんですか?」
「あら、知りたい?」
「今先ほども、男子生徒たちの視線を総なめにしていましたからね。実はこの人は何歳ですって廊下で{拡声}でもしておけば、生徒たちの夢も覚めるのでは?」
「やだあ。私ってば憧れの歌姫って言われているのに」
「……片づけられない人は、姫ってがらじゃないですよ」
フェノアは、片づけが苦手だ。王都の研究室のなかはぐちゃぐちゃだし、このあいだは共有空間の作業机にまで荷物が置かれていた。
シェイラは大迷惑だったので、自動化魔術を使った。今使わないものをとりあえず箱に入れれば、{運搬}{仕分}{整列}{整頓}が作動し、おおよそのものは勝手に片づけられるようにした。他の導師たちからも感謝されたので、長年の困りだったのだろう。
「人間、完璧すぎると魅力が半減よ? ちょーっと、ぽんこつなところがあるくらいのほうが魅力的なの」
「なら、片づけられないことも{拡声}しましょう」
「そういう魅力は出すところと時宜が肝心なのよ? シェイラだって、頭いいくせに、野菜とか全然食べなくて、斎王国のお餅とか揚げ麦粉焼ばかり食べているじゃない。肌によくないわよ」
「わたしはだれにも迷惑をかけていませんので。肌もこのとおり、つやつやですので」
「いやあね、本物の若さを売りにしないでよ。私なんか〈導脈〉が衰えないように必死なんだからね」
魔導師は寿命が長い。長い分、見た目も年を取りにくい。魔導師になるものは、常人よりも〈導脈〉が活性化して、体中の細部にまで行き渡っているからだという。
〈導脈〉が衰えるのに合わせて、体の年齢も老いていく。
フェノア本人は衰えを嘆いているが、せいぜい二十前半くらいにしか見えない。まだまだ現役であると言えた。
(そうすると、若かりし頃の師匠は、どれほどだったんでしょうか)
ヴェッセンダリア十二老師の一角、メイベ・ガザン。
斎王国出身の老魔導師。
シェイラは、ガザン師の最盛期を知らない。なにせ出会ったのは三年前だ。
ちょうどシェイラが、オルリア聖王国から追放処分になった時に、ガザン師に拾われたのだ。
「——あなた、ひどい顔ね」
身も心も、ぼろぼろだった。
第一の師は死に、ヴィクトルからは婚約を破棄され、血の半分を継いだはずのロゼイユ家からは、廃された。
聖教会の裁判を受け、聖都から追放される罪人。
十五になったばかりのシェイラに、教会堂の監獄を訪れたメイベ・ガザンは緋色の優しい双眸を向けた。孫でも労るような、そんな目だった。
「……皮膚の下がぼろぼろね。どんなことをしたら、そうなっちゃうのかしら」
「…………」
シェイラは、瑠璃の瞳から金の輝きを失っていた。
格子ごしに、茫洋とガザン師を見上げた覚えがある。
「追放されるのですってね。ということは、わたくしがどうにかしても問題なさそうだわ。教会はヴェッセンダリアには手出しできない。ちょうどわたくしも老いて、弟子でも取ろうかしらって思っていたところなの。今までだれも取らなくて、いろいろ言われていたからね。ちょうどいいわ」
「……どなた、ですか」
シェイラに誰何されて、ガザンは少女のように目を丸くする。それから、にこりとかわいいとも言える笑みを浮かべた。
「メイベ・ガザンよ。瞑想の魔導師、と人は呼ぶわ。
——わたくしのもとへいらっしゃい、シェイラータ。わたくしの最初で最後の教え子にしてあげましょう。あなたに、瞑想の手ほどきをします。あなたのその魔導には、きっと役立つし、……必要だわ。
その忌まわしいと断じられた魔導呪法を極めたいのであれば、わたくしの手を取りなさい」
そう言って、ガザン師は、すべてをわかったうえで、シェイラを塔ノ都に招き入れたのだった。




