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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児—前編—

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48話:瞑想の魔導師

 教導館に戻ると、物置きのような部屋で、シェイラたちは話すことになった。


「こんなところで、申しわけないです……」


 ターニャ師が六角卓の埃を払いながら言う。


 天井は蜘蛛の巣が幾重もかかって、床の隅には羽虫などの死骸が転がっていた。棚にはなにかの生き物の頭骨がいくつも並んでいる。標本瓶には〈猿猴〉の皮や、〈臙脂虫(えんじむし)〉の赤い染料、魔獣バッショー(大イノシシ)の牙など、貴重なものが埃まみれになっていた。

 魔法薬や触媒の管理庫なのだろう。

 それにしては、随分となおざりな管理のようにも見えた。


「時間もないし、さっさと話しちゃいましょうか」


 ターニャ師の項垂れるような声に対して、フェノアが明るく倍音を響かせる。歌唱魔導師の声は、部屋中の塵埃をさっと吹き飛ばすようだった。


「あ、はい」


 はっとしたようにターニャがへこへこする。

 六角椅子に腰かけたフェノアは、ぱきっとした声を出した。


「シェイラ、この子がターニャ師。まだ、教師になったばかりの若い子よ。あなたとそんなに年齢は変わらないと思うわ」

「二十二ですか?」


 フェノアから聞いて、シェイラがターニャに問う。


「あ、はい。すでに誕生日を迎えて今二十三です」

「では、わたしと五つ差ですね」


 言えば、ターニャは探るようにシェイラを見た。

 五つ差という年齢に困惑するような視線に、フェノアが楽しそうに付け加える。


「ターニャちゃん、シェイラは十八よ。それも、本物のね」


「えっ?!」


「私みたいに実年齢と見た目の年齢がちがうわけじゃないのよ。八歳で初等部中等部学園の単位を取り終えて卒業、十歳で高等学院の単位も取り終えて、十二歳で大学府の学位を取ったと思ったら、十五歳で導師にまでなっちゃうんだから、天才ってやつよ。魔法のことになるとのめり込みすぎて、ちょっと残念なところもあるけどね」


 フェノアが面白おかしく語れば、ターニャが目を白黒させる。

 シェイラはじろりとフェノアを見やる。


「フェノアは魔導師らしく、見た目詐欺ですからね。この際、聞きますけど、ほんとうはいくつなんですか?」


「あら、知りたい?」


「今先ほども、男子生徒たちの視線を総なめにしていましたからね。実はこの人は何歳ですって廊下で{拡声}でもしておけば、生徒たちの夢も覚めるのでは?」


「やだあ。私ってば憧れの歌姫って言われているのに」


「……片づけられない人は、姫ってがらじゃないですよ」


 フェノアは、片づけが苦手だ。王都の研究室のなかはぐちゃぐちゃだし、このあいだは共有空間の作業机にまで荷物が置かれていた。


 シェイラは大迷惑だったので、自動化魔術を使った。今使わないものをとりあえず箱に入れれば、{運搬}{仕分}{整列}{整頓}が作動し、おおよそのものは勝手に片づけられるようにした。他の導師たちからも感謝されたので、長年の困りだったのだろう。


「人間、完璧すぎると魅力が半減よ? ちょーっと、ぽんこつなところがあるくらいのほうが魅力的なの」


「なら、片づけられないことも{拡声}しましょう」


「そういう魅力は出すところと時宜(じぎ)が肝心なのよ? シェイラだって、頭いいくせに、野菜とか全然食べなくて、斎王国のお餅とか揚げ麦粉焼(パン)ばかり食べているじゃない。肌によくないわよ」


「わたしはだれにも迷惑をかけていませんので。肌もこのとおり、つやつやですので」


「いやあね、本物の若さを売りにしないでよ。私なんか〈導脈〉が衰えないように必死なんだからね」


 魔導師は寿命が長い。長い分、見た目も年を取りにくい。魔導師になるものは、常人よりも〈導脈〉が活性化して、体中の細部にまで行き渡っているからだという。

 〈導脈〉が衰えるのに合わせて、体の年齢も老いていく。


 フェノア本人は衰えを嘆いているが、せいぜい二十前半くらいにしか見えない。まだまだ現役であると言えた。


(そうすると、若かりし頃の師匠は、どれほどだったんでしょうか)


 ヴェッセンダリア十二老師の一角、メイベ・ガザン。

 斎王国出身の老魔導師。

 シェイラは、ガザン師の最盛期を知らない。なにせ出会ったのは三年前だ。


 ちょうどシェイラが、オルリア聖王国から追放処分になった時に、ガザン師に拾われたのだ。



「——あなた、ひどい顔ね」



 身も心も、ぼろぼろだった。


 第一の師は死に、ヴィクトルからは婚約を破棄され、血の半分を継いだはずのロゼイユ家からは、廃された。

 聖教会の裁判を受け、聖都から追放される罪人。

 十五になったばかりのシェイラに、教会堂の監獄を訪れたメイベ・ガザンは緋色の優しい双眸を向けた。孫でも労るような、そんな目だった。


「……皮膚の下がぼろぼろね。どんなことをしたら、そうなっちゃうのかしら」

「…………」


 シェイラは、瑠璃の瞳から金の輝きを失っていた。

 格子ごしに、茫洋とガザン師を見上げた覚えがある。


「追放されるのですってね。ということは、わたくしがどうにかしても問題なさそうだわ。教会はヴェッセンダリアには手出しできない。ちょうどわたくしも老いて、弟子でも取ろうかしらって思っていたところなの。今までだれも取らなくて、いろいろ言われていたからね。ちょうどいいわ」


「……どなた、ですか」


 シェイラに誰何(すいか)されて、ガザンは少女のように目を丸くする。それから、にこりとかわいいとも言える笑みを浮かべた。



「メイベ・ガザンよ。瞑想の魔導師、と人は呼ぶわ。

 ——わたくしのもとへいらっしゃい、シェイラータ。わたくしの最初で最後の教え子にしてあげましょう。あなたに、瞑想の手ほどきをします。あなたのその魔導には、きっと役立つし、……必要だわ。

 その忌まわしいと断じられた魔導呪法を極めたいのであれば、わたくしの手を取りなさい」



 そう言って、ガザン師は、すべてをわかったうえで、シェイラを塔ノ都(とうのみやこ)に招き入れたのだった。

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