47話:セゾン高等魔術学院
フェノアとともに陣を使って、王都からセゾン県の庁舎に{転移}すれば、雄大な景色に、シェイラは思わず声をあげた。
「素敵です……!」
平原。左手に見える星ノ国アベルの山稜。右手のオルリアの丘陵地。
それらが丘のうえの庁舎から、シェイラに迫ってくるように感じた。王都よりも少し冷たく感じる向かい風の影響もあったかもしれない。
国境の要衝セゾンは、自然美を感じることのできる土地だった。
「——向こうが学院ね」
フェノアが指し示したほうには、ちょうど庁舎と同じ高さだった。
いくつものとんがり帽子のような屋根が見える。随分と、年代の感じさせる学舎だった。
「行きましょう」
フェノアが{浮遊}{移動}を足元に描くのを見て、シェイラは翅を描く。あとを追うようにして、空を舞った。
フェノアの長外套や裙衣が風ではためく。
シェイラが優雅に飛んでいるのを見て、フェノアはうらやましそうに声をあげた。
「その翅、やっぱりいいわよね。風に苦労しなくていいもの」
「そんなに難しくないですよ? ちょっとこつは入りますけども」
「そうねえ。でも、ややこしそう。わたしが戦闘ばりばりの魔導師だったら考えるけど、飛ぶことなんてあんまりないし。今はこのままでいいかな」
「そしたら、箒で空でも飛びます? あれは空気抵抗を一定にする意味では理にかなってますよ?」
「いやあよ。箒を使うと両手が使えないじゃない。戦闘しないわけじゃないんだから。あんなのに乗っていたら、いざという時に命取りよ」
シェイラが笑って提案すると、フェノアはそう抗議した。
箒で空を飛ぶのは、魔法を習いたての中等部でしか流行らない。
進学をすれば、〈蟲〉との戦闘を学びはじめる。そうすると皆、悟るのだ。
箒なんかに乗っていたら、戦えない、危ない、と。
そもそも、飛びながら戦うのは技術を要する。討伐隊や討伐団を志望するものか、シェイラたちのような魔導師しか身につけないものなのだ。
「学院長に挨拶をして、それから顔合わせをしましょう」
着地すると、フェノアが言った。
シェイラは頷いて、フェノアに付き従う。教導館の学院長室に顔を出し、別の校舎に向かう。
授業中なのか、実習を行っている学徒たち以外、構内には人気を感じられなかった。
初等部や中等部のある学園よりも静かだ、と思う。
通りすぎた教室にはたしかに子どもたちがいるはずなのに、木目に子どもたちの初々しさが吸い取られてしまったかのようだった。
ちょうど授業終わりの鐘が鳴り終える頃、目的の学環に辿り着く。
ざわめきが、一気に波のように廊下に押し寄せた。
「昼、購買でてきとーにしようぜ」
「さっき彼、前の席なのに寝ててね。起きたら寝癖ついてて、かわいかったの……!」
「触媒学、くそねむかったわ」
いろんな話題がシェイラの耳に飛び込んでくる。
声変わりをすませたばかりの男子の声は、まだ体に馴染んでいないように異音が混ざって聞こえる。女子の声は、授業からの解放なのか総じて高い。
昼餉ノ憩いの前だから、十代半ばの熱気は押し寄せるようだった。
(うう、背が高いんですよ……)
さらに男子たちは成長期を迎えているからか、シェイラよりずっと背がある。
成長期の〈導脈〉の活性化も相まって、魔力も必要以上に感じられ、妙な圧迫感を受ける。
初等部や中等部では、こういう圧迫感はない。
シェイラはささやかな抵抗で、足裏に{浮遊}を描く。林檎ひとつ分だけ浮き上がり、少しだけ十代の圧を緩和させた。
そのシェイラに、ぶつかる人間がいた。
「あ、ごめんなさい……!」
よろけながら、シェイラは言う。
その人間は、ちらっと虹色の目でシェイラを見てそのまま通りすぎていった。
ぽかんとしているうちに、シェイラの横に次の人間がやってくる。
「——すみません! 大丈夫ですか? あいつがほんとすみません!」
シェイラにやたらとぺこぺこ頭を下げたのは、茶髪の男子だった。適当な返事をすれば、もう一度しっかり頭を下げる。
「おい、待てよ、セル!」
廊下にうるさく木霊するくらいの声をあげたかと思うと、その男子はぶつかった人間を追うようにして、人波を縫っていった。
(あの子、でしょうか?)
フェノアの相談に上がったのは。
白髪に虹色の瞳というのはなかなかいない。
(なかなか大変そうですね)
本人も、周りも。
(いい友人には恵まれていそうです)
律儀に謝っていった茶髪の男子は、人のよい子なのだろう。
「——シェイラ」
呼ばれて振り向くと、フェノアの横には橙色の髪の若い女がいた。
「ターニャ師よ」
紹介されて、目礼される。
シェイラも目礼を返した。
(こちらも、なんかありそうですね)
その女の——ターニャ師の瞳は、廊下に消えていった先を睨んでいるように見えた。




