44話:セレリウス(2)
「セルって、ほんとに生きづらいやつだな」
セレリウスが、対抗戦のできごとをつらつらと愚痴もこめて話せば、親友のヨハルは、けけと笑ってそう言った。
査定までに待ち時間があったので、話すのにちょうどよい話題だった。
重心を移動させながら話していると、古い床板がぎしぎしと言う。
セレリウスたちが在籍するセゾン県の高等魔術学院は、随分と年代ものの建築で、あちらこちらが軋んでいた。
四角い煙突のような屋根に、四方に帽子のつばを付けたような塔。塔の下には鱗のような木の屋根瓦。
セゾンの魔術学院の特色だ。より古いものは壁まで木造だった。今いる棟は比較的新しく、漆喰壁だった。{保存}が施された建築群は、それでも床板が音を立てる。
まるで、セレリウスが感じないようにしている、違和のようだと思う。
「……僕はただ、ふつうにしているだけだけどね」
「ふつう、なあ。ふつうってなんだろうな。おれは、そんなものないって思うよ。みんな同じだと思いこんでいるだけで、実はでんでばらばら。おぞましいよ」
「僕のふつうの感覚と、他の人間のふつうの感覚がちがうっていうのはさすがにわかってる。君はばらばらのなかに共通項を見出して、人生の荒波を乗りこなしている」
「そういう自分に辟易することだってあるよ。うまくやりすぎている。表面的で、たまに楽しくないのに笑っている自分に、ぞっとすることがある」
「楽しくないのに笑ってるからだろ?」
「セルは楽しくなきゃ笑わないもんな。お前が、羨ましいよ」
そうやって、ヨハルは苦笑いをする。
羨ましい、と率直に気持ちを言ってもらえるのは、セレリウスとしては安心できた。
だから、ヨハルとは初等学園からこの方、関係がつづいているのだろう。
「じゃあ、僕みたいに笑わなきゃいいんだ」
セレリウスも率直に意見すれば、ヨハルが渋い顔をする。
「やだよ。だって、それはそれで、すげえ生きづらそうじゃん」
「僕からすれば楽しくもないのに笑ってるほうが生きづらそうだ。みんなそうやって生きているんだとしたら、どこに真実が転がっているんだ?」
「真実なんてどうでもいいんだよ。なんとかそつなく人と過ごせれば、だいたいの人間は満足だ。セルみたいな人間は稀なんだ」
「……よくわからない」
「ようはお前は全体集団に対して、一割か、なんなら五分とかそれくらいの割合しかいない人間。珍しい。だから、お前のふつうを、残り九割とかが理解するのは難しい。説明しなきゃ伝わらん」
「説明しても伝わらない」
「それじゃあ、どっちかの言葉が足りないんだな。通訳が必要」
「……厄介だな」
ぎしっ、とまた船のように床が軋む。
並んでいる列が前に進む。代わりにすれちがうように、同年代が前方の扉から出てくる。皆、興奮したように顔を紅潮させて、出待ちした友人たちと「どうだった?」と言葉を交わしていた。
——査定の結果を共有しているのだ。
通常、数えで十五になる魔術学院の四年生は、専門分野を選択するようになる。なにを選んでもいいと言われているが、忌月ノ休暇が空けたのち、学年のはじまりである春——オルリアの月末に行われる査定の結果で、だいたいの人間は専門分野を選ぶ。
査定は、どの魔法・魔術の系統に素養があるのか見極めるのと同時に、国への戸籍情報の更新も含まれていた。魔法・魔術に関する情報を収集することは、ガルバディアに限らず、サージェシア全土の国々における重要な責務だった。
皆が浮かれて楽しむなか、ひっそりと国による管理がはじまっている。
それが査定の正体だった。
これをヨハルに話した時、ヨハルは顔をしかめていたが、セレリウスは特になんの感慨も覚えなかった。
効率的かつ実用的。
考えた人間の頭のよさに、セレリウスはむしろ唸りたくなった。
「お、セルの番みたいだ」
気がつけば、列は前に進んで、セレリウスの番だった。
木彫りの扉を開き、なかに入る。
査定室は高さのある部屋だった。幅は四馬身ほどで、円形の空間。ちょうど煙突屋根の下に作られている空間のようだった。
床には、見たことのない巨大な魔法陣が施されている。魔法円。魔法角。そういうものがいくつも描かれ、びっしりとさまざまな文字が描かれている。
セレリウスの知らない文字も多くあった。
興味深い。
「——真ん中に立って」
ぼうっと室内を眺めているセレリウスに声をかけたのは、学環の担任教師だった。二十代の、大学府を出たばかりの、若い女の教師だ。
(えと、名前は……た、ター、なんとか)
セレリウスのなかでは、〝高等学院四年・担任・女〟としか登録されていない。
名前を覚えるのはほんとうに苦手だ。
ヨハルから担任の名前くらい覚えろと言われて、昨年度から奮闘している。去年の担任の名前を覚えたのは、十二番目の月であるヴェッセンダリアの月になってからだった。だが、その記憶は年を明けた一番目の月であるマイスリーの月でしか役に立たず、忌月ノ休暇の二ヶ月が明ければ、もうすっかり頭から吹き飛んだ。苦労したのに、特になにか成果を得られたわけではない。
うんざりする。
そんなことを思い起こしながら、セレリウスは陣の中央に歩を進める。ちょうど一人が立てるくらいの円は、螺鈿のような、蛋白石のような輝きを放つ床石だった。
立つと、仄白く明灯する。そこから{導線}が伝うように、魔法円や魔法角に淡い光を走らせていく。外周までいくと、光量が増すようだった。
魔法陣の上、セレリウスの横の三次元に、数種の文字が無方に浮かび上がる。判定をするように。いくつもいくつも。
そして、示されたのは古代帝国文字。遊色の輝きを放つ。
「……精霊魔術の判定だ」
奥で査定を見守っていた筆頭教導師の男が、驚いたようにつぶやいた。
セレリウスは驚かない。なんら驚嘆に値するものではない。
むしろ、自明。あるいは、確認。
セレリウスは査定結果を受け取ると、無言で踵を返した。もと来た扉を出る。
「——どうだった?」
ヨハルが尋ねる。
セレリウスは真顔で答える。
「どうもなにも、ヴァックス家から聞かされた通りだった」
そう。セレリウスはすでに知っていた。
珍しい、虹色の瞳。
それは、エレンシア女王国の森人に共通する色。
〈導脈〉を使う魔法とは異なる、精霊魔術の血統の色。
その色と血統を以ってして、セレリウスは、ヴァックス家の養子に迎え入れられた。
——セレリウスは、もとは孤児だった。




