43話:セレリウス(1)
出席番号一番、女。
出席番号十三番、女。
出席番号二十番、男。
(僕は、出席番号四番)
セレリウス・ヴァックスは、班の面々を見て、頭のなかでそう入力した。
人の顔や名前を覚えられないセレリウスだったが、数字や番号で覚えることは得意だった。
「学年が上がったら番号がかぶることあるよな? そういう時どうすんの?」
親友とも呼べるヨハルが、以前そんな見当ちがいの質問をしてきたことがあった。
ヨハルは、セレリウスがきちんと名前も顔も覚えている人間のひとりだったが、たまに自分と認識のずれを感じることがある。
(たまなら、ましなほうか)
セレリウスはどうも人と感じ方が異なるようだったから、むしろヨハルのような人間のほうが稀かもしれない。
——出席番号は、頭のなかではきちんと分類されている。
たとえば今年なら、〝高等学院四年・出席番号二十番・男〟だが、以前は〝高等学院一年・出席番号二十番・男〟もいた。これなら番号がかぶったとしても問題ない。
「え、じゃあ、同じ人間と同じ学環になったけど、番号がちがったらどうすんの?」
それは致し方ない。
何事にも欠点というのはある。
被っているのか被っていないのか、セレリウスの分類のなかではわからなかったが、たとえば、〝高等学院四年・出席番号一番・女〟と〝高等学院二年・出席番号二番・女〟は、セレリウスの分類学上、別の人物だ。
こればかりは致し方ない。
「うわあ……めんどくさいな、お前の頭のなか。おれはよくわからないわ。おもろいけど」
ヨハルは基本的に裏のない人物なので、言ったことはそのままだろう。
けなされてもいるが、褒められてもいる。
そういうわかりやすさが、セレリウスにとっては得がたいものがあった。
(この班の連中は、わからない)
わからない、はセレリウスにいつも付きまとうものだ。
人間というものがよくわからない。集合されるとますますわからない。
この班別対抗戦というのも、心底やめて欲しかった。
「——セレリウス、行くよ」
出席番号一番の女がそう言う。
わかっているので後ろをついていくと、顔をしかめられた。
なぜ、しかめられたのか、セレリウスには《《わからない》》。
けれど、行くよと言われたから付いていく。そういう刺激があったから反応する。いたってふつうの行動をセレリウスは選択していた。
国境に近い防霧林のなか、無言の時間がつづく。セレリウスのなかでは、余計なことを判断しなくてよい時間だ。
銀ブナと乳白カエデの梢から、さらさらと春風の吹く音がする。
そのなかに、防霧林にはない異物の気配を感じる。
セレリウスが感じ取ったものを口にしたのは、十三番の女だった。
「ファル石が見える!」
視力を{強化}した女が言う。
班別対抗戦で目的とするべき、ファル石。会場に撒かれた十二のファル石を集めることが、差し当たって各班が目指すことだ。
セレリウスを含め、一番、十三番の三人がファル石を目指して{移動}{強化}で走り出す。
「待て!」
二十番の制止に足を止めたのは、女たちだった。
セレリウスは走ったままだ。触覚で感じるファル石の気配に進む。呼ばれていない。そのまま、真っ直ぐ進めばいい。
虹色に輝くファル石が、翡翠スギの洞に見えた。
手を伸ばせばすぐのところまで来て、根本に足裏がつくと、{始点}を踏みしめたことがわかる。走った{導線}が罠を起動する。藁紐が、セレリウスの足元をすくう。
足首に藁が絡みついて、頭上高くまで吊り下げられる。視界が逆転する。
一番と十三番、二十番が、別の班と対抗しているのが逆さまに映った。
罠を仕かけた連中だろうか。
虹色ファル石を囮に、他の班を消耗させるか脱落させようという魂胆だろう。
セレリウスは頭に血流がのぼるのを他人事に感じながら、懐から小刀を出す。足に巻き付いた藁を切り取る。造作もない。
宙で半回転して着地をし、目的のファル石を奪取した。
手の平大の石は、凸凹の原石で、虹色の輝きを——セレリウスの瞳の色と同じ輝きを放っていた。
同調するようなものを感じる。
(たしか、このファル石の点数は……)
木の幹を背に、根本に尻をつけながら、十二個のファル石の点数を思い出す。
虹色は、精霊女王の色。女王エレンシアは、サージェストの五番目の弟子。なら、点数は五点。
「——おいっ!!」
まだ、他の班と競り合っているのか、二十番の声が遠くから聞こえた。
おい、じゃなにを言いたいのかわからないだろう。もう少し、具体的に言ってほしい。
セレリウスは嘆息を吐き出しながら、ファル石を覗き込んで、班の連中がこちらに来るまで待っていた。
陽が、中天から午後に少し傾いた気がする。
「……信じられない」
薄汚れた長外套の、十三番の女がセレリウスを上からねめつける。
意味がわからない。
「なにが?」
座ったまま聞けば、一番の女がむっとした顔をする。怒っているのはわかる。
「なんで、勝手に行動するの」
「いや、僕はファル石を取ったから、班の行動だけど」
「そういうことじゃなくて——」
「いい、アリナ」
止めたのは、二十番の男だ。さきほどは声を荒げていたが、戦闘が終わったから落ち着いている。
「セレリウス、君の行動は班長として見過ごせない。さっきの場面は班で対応するべきだった。君以外の自分たちが全滅しかねない。現場だったら仲間を死に追いやっている行動だ」
「だから?」
「は?」
「僕は《《名指しで》》指示を受けなかった。僕だって、きちんと言われたらやった。でも、言われなかった。だから、合理的に考えて点数になるファル石を取った。現場だったらって言うが、今は現場じゃない。班別対抗戦だ。点数を取るほうが優先だろう?」
セレリウスが返答をすれば、一番も、十三番も、二十番も、絶句した。
二の句が継げないという現象をセレリウスは知らない。意図が伝わった、とセレリウスは解釈した。
そのあとの対抗戦は散々だった。
せっかく得た虹色ファル石は奪取された。セレリウスが襲撃を受けても、班員がなにもしてくれないので、文句を言った。
そうすると、十三番の女が言う。
「だって、あたしたちだって、あなたから名指しで助けてってきちんと言われてないもの」
班長も、一番の女もセレリウスを庇うことはなかった。
(こいつらは、この対抗戦の意味がわかってないのか)
班別対抗戦の成績は、卒業時の進学や就職に影響が出る。
点数は取らなければいけないものだ。なぜ、それがわからないのだろう。
——ヴァックス家に養子に入ったセレリウスにとっては、成績に関わるものは、重要な事柄だった。
高等学院四年の第一回班別対抗戦、セレリウスの班は無得点で幕を下ろした。




