41話:どっきり大作戦
盛夏ノ休暇前の最後の訪問日、シェイラは顔がにやにやしてしまうのを、朝からどうにかして抑えなければいけなかった。
きっかけは先週の、レーネたち子どもたちからの相談だった。
「——シェイラ師、いい案ありませんかっ?」
授業がはじまる少し前にオーズの学環がある棟に足を踏み入れると、わらわらと子どもたちがシェイラを囲ったのである。
リヨンはちょこんと席にすわって身動きすらしていなかったけれど、視線は小さくこちらにやっている。
「いい案、ですか……?」
なんのだろう、とシェイラが首をかしげると、ドランというシェイラが助けたひとりの男児が大きな声で答えた。
「来週のこの日、オーズ師の誕生日なんだよ!」
「それで、皆で先生をお祝いするために、こっそり作戦を考えてて、せっかくだからオーズ師から教わった生活魔術を使った作戦ができたらと思うんだけど、色々試してもうまくいかないんです!」
ドランにかぶせるようにレーネが言う。
この学環で一番の成績であるセアス少年も、なにがうまくいかない理由なのか解明できないということだった。
「ちょっと案を見せていただいてもいいですか? まったくうまくいかない仕組みであれば、別の案を提案しますが、せっかく皆さんが考えた案なら、どうしたらうまくいくのか考えたいです」
シェイラが答えると、パムの植物紙に書き殴られた魔術構造の図が渡される。さあっと目を通して、
「なるほど」
とシェイラはひとつ肯いて、耳飾りをちりんと弾く。
「これは面白そうですね。私もぜひとも立ち合いたいです。で、問題なのは——」
子どもたちを集めながら、シェイラは問題点を指摘する。
基本的な{導線}の使い方の誤りだった。
大魔導師サージェストの弟子であるオルターヴが体系化した生活魔術のなかで、特筆するべきは通称として自動化魔術と呼ばれるものだ。
主なる{導線}と、{始点}{終点}からなる。高等学院でさらに習うのは{分岐点}や{条件}などだ。
生活魔術は便利であるが、基本的に使い手の術者の〈導脈〉の力に依存してしまう。そして、なによりの欠点は《《恣意性を持たない》》、ということだった。
大陸外の魔法使いの話で謳われるような、ちちんぷいぷいのぷいで杖を振るって、何事もできるわけではないのだ。
もちろん杖などの触媒を介していれば、ある程度術者の思った通りにできる。だが、日常生活における{洗濯}などは一度かけるとやりっぱなしだ。かけた人間の〈導脈〉の魔力が枯渇するまで、ずっと洗濯しつづけてしまう。
それを解決したのが、オルターヴの自動化魔術。
{導線}を引き、{始点}や{終点}さらには{中継点}や{条件}を定めることで、術者が介在しなくても自動でできることが増えることになった。
『オルターヴはめんどくさがり屋だったらしいぞ〜』
いつだったかオーズの授業ではそんな小ネタが披露されていた。
日々の面倒な事柄から解放されるために、研究されてできあがったのが自動化魔術なのだった。
シェイラは子どもたちに問題点を指摘しつつも、この年頃にしてはよくできた構造図であると思う。
日々の学びが蓄積されている証拠だ、とシェイラはなんだかうれしい気持ちになった。
《……先生、びっくりするかな》
ふと、そんな声が、シェイラの頭のなかを過ぎていった。
リヨンの笑いを含んだ心の声だ。こちらには来ないものの、リヨンがこの作戦にどのような思いを抱いているのかわかる。
「絶対に成功させて、びっくりさせよう!」
振り返って、レーネが言う。
この声は、どこまで届いているのか、届けられるのか、——あるいは逆もあり得るのだろうか。
メッケル学園長が、リヨンが発生させた魔法について厳しい顔で黙り込んだのは、シェイラと同じ考えに行き着いたからだった。
のちほどふたりだけになった時に、メッケルから小さく尋ねられた。
「——あれは、シェイラ師も知らない魔法ですか?」
「……はい」
「自分の気持ちを人に伝えられる、それは今のリヨンにとって差し当たってよいことでしょう。——ですが、逆もありえるのでしょうか。逆にも至れると思いますか?」
人の気持ちを読み取ることもできるのか、ということを暗に問われていた。
「わかりません。……ですが、闇魔術の系統であるならば、それに至る可能性は大きくあり得ると思っています。まずは、制御のための言霊を規定せねばいけないと思います」
「……そうですか。敏感な子だ。万が一にも周囲の人間の心が不用意に聞こえてきてしまったら、今よりさらに心を閉ざしてしまいそうです」
「そう……ですね」
それはとても心配なことだ。リヨンのことを思うとあまりにも心が痛い。
——だが。
シェイラは、ヴェッセンダリアの導師として、べつの恐ろしい危険性のほうを感じる。
リヨンがもし、人の心を読めるような闇魔術を確立させてしまうのであれば。
(利用されるかもしれない)
あの純粋できれいな琅玕の瞳が。闇の、負の部分に呑まれてしまうかもしれない。
シェイラは、導師という立場からそういった危険性にも思い至っていた。早々に対策を打ったほうがいい、と。
「このことは、わたしからヴェッセンダリアへ報告をあげてもいいですか?」
シェイラは、学園長には導師としての意図を伏せて問う。
首肯されると、その日すぐにヴェッセンダリアに書簡を飛ばした。
そんなことを思い出しているうちに、当日の計画は盛り上がっていった。
そして今日が、オーズの誕生日どっきり作戦の決行日だ。
シェイラはオーズに適当なことを言って、昼餉ノ憩いのはやいうちから教室に足を踏み入れた。子どもたちの大急ぎの準備を手伝う。
あれはどこだ、これはどこに設置しておくんだっけ、などの怒号乱闘とも言えぬ声が飛び交う。
リヨンは、隅のほうに控えているだけかと思いきや、他の子どもたちと一緒に{導線}を引くのを手伝っている。
当初出会った時よりも、随分とかたさが取れた動きだった。
《先生、喜んでくれるといいな》
きっと、そんな願いがあるから、結果的に体が動いているのだろう。
シェイラは聞こえてきた声からそう思う。
(もしかしたら、モーちゃんはいらなかったかもしれません)
おまじないがなくても、リヨンは喋れなくても、こんなふうに動いたり気持ちを紡いだりできるようになったかもしれない、と。
昼餉ノ憩いの終わる鐘が鳴る。
間もなくして、なにも知らないオーズが教室に足を踏み入れた。
「うっし、そしたら休み前の最後の授業をはじめるぞおっ——って、うおおおおおおお」
そうして、はじまった。
オーズの足裏は、{導線}の{始点}をしっかり踏みしめる。
突然振ってくる、ぴかぴか金平糖の雨。
星のまたたきのように光りながら、豪雨のように降り落ちる。
オーズがよけて{終点}を踏むと、{運搬}に{回転}が施された椅子がオーズの尻をしっかり羽交い締めにした。今度は、猛速度でぐるぐると回る。
終わって、教室中央に現れた布張りの跳躍台にオーズは、吐き出すように飛ばされた。オーズがよくわからない酔いを感じているうちに、榛色の頭頂部が天井にちょうどよく当たる。
それが最後の{始点}を押下した。
{導線}を辿って、花火もろこしが大爆発して教室中を煌めかせて騒がしくする。
天井から落っこちたオーズは、ぽかーんと、跳躍台に尻餅をついた。
「——先生、お誕生日おめでとうっ!」
《おめでとう、先生!》
学環の子どもたちとリヨンの声、拍手が、オーズに届く。
なおも、ぽかんと呆気に取られているオーズに、子どもたちが我慢できなくなったように爆笑する。学環中が大笑いをする。
そのなかで、ふと小さな、くすっ、というかわいらしい声が紛れた。
みんな笑っているので気づかない。
おそらく拾ったのはシェイラと、オーズだけだった。
リヨンが楽しそうに口を開いて、笑っていた。オーズのおかしな様子にたえきられなくなったように、自然と笑い声が漏れ出ていた。
オーズはそれに気がつくとなんだか泣きそうな顔になり、一度シェイラと目が合った。
リヨンを笑わせよう。
いつかの結束が、夏の暑さを帯びながら、じんと広がっていくようだった。
「お前ら、最高かよ……っ」
オーズがほんとうに泣き出すものだから、盛夏ノ休暇前の最後になる生活魔術の授業は、お祭りのようになって締めくくられたのだった。
中等部を卒業する頃になると、リヨンは次第に話せるようになることが増えた。
メッケル学園長が、リヨンが楽しく過ごせるように色々なことを配慮したことは大きかっただろう。なにせ、それから二年、オーズ師が担任を持ちつづけたのだから。
しばらくしてから、リヨンの魔法は、ヴェッセンダスの知と書架の魔導によって{感応}と名付けられ、{登録}された。
——闇魔術の{感応}が、大陸での重大事件に巻き込まれることになるのは、これより数年後の話となる。
(第2章:大人しくて目立たない娘——了——)
【2章登場人物】
リヨン・ペリメル
ルーマン県ツェット市の魔法学園中等部1年生。8歳。闇魔術使いの一族だが、話すことができない。
オーズ師
リヨンの担任。三十代くらいの中堅の教員。話が面白くて子どもたちに人気。
レーネ
リヨンのクラスメイト。喋れないレーネの意を汲んだり、話しかけたりなどする。
ニカ師
リヨンとオーズのいる魔法学園の筆頭教導師。
フェノア・マリア
シェイラの同僚で金髪金眼の美人。芸術魔術であるフィシェーユの魔法の使い手。歌唱の魔導師。




