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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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4話:ユート(1)

「——そうして、偉大なる大魔導師であるサージェストは言いました。マイスリー師よ、わかりました。師でありますが、これからはあなたを弟子とも思います。ですが、あなたが私の偉大な師であることは——」



 朗読の授業なのだろうか。どうすれば、この最高に推せるやり取りをつまらなくできるのかわからない。


 シェイラは、自分が学園に所属していた頃から、つまらない授業がほんとうにきらいで退屈だった。

 自分で勉強したほうがまし。

 ましだったから、本を読み漁り、試験をくぐり抜けて単位を取り終え、結果的に十二歳で大学府を卒業した。

 周囲は天才だと言ったが、魔法や魔術が好きなシェイラはただつまらない授業がいやでいやで仕方なかっただけだ。楽しくやろうとして、そうなっただけだ。


(実技が大学府の進学に影響しなかったのは、ほんとうによかったです)


 でなければ、今この場にいないだろう。ヴェッセンダリアに行くことは、かなわなかったにちがいない。ガザン師にも出会えなかっただろう。


 そんな記憶を思い出すくらいには、中堅とも言っていいキルシュ女史の、つまらない授業は淡々と続けられた。


(みんな騒がしくしないのがえらいです)


 なぜだろうとあらためる。

 教室内に目を走らせて、シェイラと同様にたえがたい様子になっている子を何人か見つけた。


 指いじりする者、教科書をぺらぺらとする者、別の頁を読む者。

 皆どうにかして、この苦痛な時間をたえようと、本人たちなりにどうにか過ごそうとしている。


(わたしと一緒に遊んじゃいます?)


 いかんいかん。

 シェイラは思わずそんな提案をしたくなってしまったけれど、ここがどういう場で自分がどういう立場で来ているのかを思い出す。

 声をかけず、見守る。


 授業が終わったら、みんなに対して、



「よくがんばりましたねえ」



 と褒めたくなるくらい、皆どうにか参加していた。


 そのなかで、ひとり、気になる子が目に入った。


 男の子だった。椅子をがたがた揺らし、椅子のうえで膝をついたり胡座をかいている。長机に置かれた教科書は斜めになって、どことも知れない場所を開いていた。筆記用具全般は本人の周囲に広がっている。


(この子が一番よくがんばっていますね)


 勲章をあげたいくらいだ。体を動かしたくてしょうがないのだろう。うずうずしている。


 キルシュ師の眠い声がつづく。


「おお、サージェスト師よ、あなたはわしが今まで面倒見てきた弟子のなかで、一番謙虚で賢く、あまつさえこのわしを師として忘れないという。あなたの第一の弟子になれるのであればこれ以上の誉れはない」


 ここが一番尊い場面でしょう。シェイラは内心で盛り上がる。ぐっと拳を握って胸が熱くなる。



「——マイスリーっていいやつだな」



 気になっていた男の子が翰筆(ペン)を回し、椅子を前後に揺らしながらそう言ったのに対して、シェイラは、


(わかるわかる)


と同意した。意外と話を聞いている。男の子に対して、すごいと褒めたい気持ちが出てきた。


 刹那、だった。


 ひゅんっ、という風を切る音がした。

 男の子の長机に投げ出された教科書に、翰筆が斜めに刺さる。

 風の元素魔術と{移動}をかけ合わせた簡単な応用魔術。シェイラは見定めた。教科書に刺さる加減も素晴らしい。


 さすが中堅の教師。

 シェイラは、翰筆を投擲(とうてき)してきた先であるキルシュ師を見て、瑠璃色の片目をすがめる。残香する魔力量から考えるに、シェイラであれば、おそらく長机をまっぷたつにしていたにちがいない。



「ユートさん、これで本日何回目ですか」



 驚愕していた男の子が、聞こえてきたキルシュ師の、いやな響きを持った声に顔をあげる。



「えーっと、たぶん、四回……とか?」



 ユートというらしい。

 聞かれた言葉そのままに答えると、キルシュ師の顔が歪んだ。



「残念。七回目です」

「あー、惜しかったなあ」



 悪びれた様子もなく、ユートは言う。



「何度言ったらわかるのですか。あなたはなぜ、静かにしていられないのですか。みんなの邪魔になるでしょう」


「え、オレ、静かにしてたよ?」


「さきほど口を開いていたでしょう」



(授業に関係のあることなんだから、いいじゃないですか)


 シェイラはげんなりしながら、ふたりのやり取りを注視する。



「あ、あれはつい。だって、マイスリーっていいやつじゃん」



(そうなのですよ。医療魔術の祖であるマイスリーはいいやつなんです)


 シェイラは、ユートにまたもや、うんうん、と肯く。

 一方でキルシュ師は、まぶたを引きつかせた。



「もう三年生になるのです。思ったことや感じたことはあとで紙に書き記しなさい。あなたのそういった発言が、みんなの集中をかき乱すのです」



 キルシュ師の発言に、他に二十はいる子どもたちからの視線がユートに直で刺さった。手遊びをしていた子たちも手を止めて、ユートを見やる。


 途端にユートは顔を強張らせた。

 突然、大きな声を出す。



「——うっせえなあ!!」



 なにかが、切れたようであった。声を甲高くあげ、長机を蹴り上げる。一緒の机を使っていた女の子が、きゃあ、と声をあげた。



「ユートさんっ!」



 キルシュ師が諌めるために名を一喝(いっかつ)する。


 それからのユートは、はやかった。立ち上がると、シェイラの横をするりと抜ける。教室を飛び出した。

 あとには、はあ、と大きな溜息をつくキルシュ師。ざわめく子どもたち。


 シェイラは一連の流れを見て、



「なるほど」



 一言、つぶやいた。腕を組みつつ、右手の人差し指で、右耳の揺れる耳飾りをさわる。


 キルシュ師の諦念(ていねん)をはらんだ視線とぶつかった。

 目礼を受けて、シェイラも目礼を返す。



「放っておきましょう。——授業をつづけます」



 平坦な時間になげうたれた騒ぎに、子どもたちはまだるい空気を払拭させたようだった。再開されると、やだなあ、と皆の内心が聞こえてくるようだった。


 シェイラはキルシュ師に再度の目礼をする。自らも教室を出た。

 安全管理上、ユートをひとりにさせておくわけにはいかない。

 シェイラは羽織っている葡萄色の長外套(ローブ)を翻した。

 己で研鑽した魔導の〈脈〉を活性化させる。感覚を研ぎ澄ませる。


(下?)


 外にむき出しになっている歩廊から、三階下のブナ林まで飛び降りたのだろうか。体を動かしたいとはいえ、いささか無理がある。{強化}の魔術でも使ったのだろう。

 シェイラはもとの体がやわいので、{強化}は遠慮しておきたい。


 ひらりと三階から飛び降りる。腰に〈脈〉を走らせ、瞬時に風と{浮遊}を描く。四枚の(はね)が、腰を支えるように花開いた。ふわりとした心地がする。旋回し、舞うように林のうえを飛ぶ。目的の気配を見つけると、悠然と長靴の踵を下ろした。



「——うわっ、なんだお前! 来んな、ゴキブリばばあっ!」



 突然上からおりてきた人間を見て、ぎょっとしたユートの台詞に、シェイラは感動を覚えた。



「ゴキブリって言われたのは、さすがにはじめてです」



 シェイラはのんびりと返した。

 きっと四枚の翅のことを言っているのだろう。発想にびっくりだ。

 翅をたたみながら思う。だいたいの人間はこれを見ると、蝶みたい、妖精みたい、と美しい形容をする。



「じゃあ、ただのばばあだっ!」



 根がいい子なのだろう。ゴキブリという言葉がよろしくないということを判断して、ばばあ、だけになった。


(ついに! 子どもから、ばばあ、と言われました! 師匠!)


 孤児院にいる時はまだ「お姉さん」だった。

 子どもはいらいらすると、すぐに自分より年上の女性に対して「ばばあ」と言う。

 シェイラはちょっと言われてみたかったのだ。子どもの、生のままの感情をぶつけられるような響きが、甘酸っぱく聞こえてしまう。


 まさか、十八歳で経験するとは思わなかった。

 もっと言って欲しいくらいだ。



「ゴキブリばばあというのは、なかなかの発想です。きっと魔導の祖であるサージェストもびっくりですね」

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― 新着の感想 ―
随所に染み渡る描写にうっとりしております。すごい。こんな文書を書いてみたい……! からのゴキブリばばあ、に笑ってしまいました!!
xから来ました。 魔法が使えないという致命的な“欠点”を抱えながらも、その境遇ゆえに他者の苦悩や弱さに寄り添える魔導師シェイラが、伝説的な天才として注目されながらも人間としての不安や葛藤を抱える子ども…
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