36話:学園外実習
「うわー、それかわいいね。どこで買ったの? うちの店にも置きたいくらい!」
レーネが言うと、リヨンが首をかしげてから自分の腕のなかのぬいぐるみを見た。問われていることを察したらしい。首を振った。
今まで見たことのない、はっきりとした仕草だった。そういえば、さっきの肯きも動きが大きかった気がする。
「どこで買ったのかわからないの? あ、お母さんが買ってきてくれたとか?」
レーネがリヨンの仕草の意図を察して尋ねれば、またもや大きな肯きが返ってくる。心なしか、目や視線もはっきりとしているような気がした。
レーネは、このリヨンの翠の瞳が好きだった。
きれいな湖面のようで、ちょうどそこに林立する翡翠スギのような色合いだと思う。
「そっかー。どこで売っているのかわかったら、調べて父さんに言って、うちの店でも扱ってもらおうと思ったのに。絶対売れそうなのに。残念っ」
レーネが言えば、リヨンは小さく笑顔を見せた。
あまり見たことがないリヨンの表情の変化に、内心でレーネは驚く。が、顔には出さない。そんなふうに驚けば、この学友は傷つくだろうと、商人の娘の感覚でそう思った。
「——注意事項を言うぞ」
オーズ師の近くにレーネたち学徒らがおおよそ集まると、オーズは口を開いた。
全体を見渡しながら言う。
「これから昼餉の時刻まで、午前の班活動になる。よく陽を見て中天に来るまでここに戻ってくるように。今日は地理と自然で習ったことを存分に活かせよ。特に将来、占術志望のやつらは、太陽の傾きは見とけな」
オーズの言葉に、近くのセアスという学友が何度か肯く。レーネたちと同じ班で、霧詠みの母を持つ。真面目な男子だから、レーネは同じ班にセアスがいることに安心を覚えていた。
その後もオーズの話はつづけられる。暑くてずっと立ちっぱなしもきつい。そろそろ行きたいんだけど、と皆が思ってそわそわしはじめる頃に、オーズは声色を変えていった。
「——最後に一番大事なことを言っておく」
ぴしり、と場を締めるようないつになく低い声だった。
「いいか。今はフィシェーユの月で、〈霧〉は出ない。先生たちも昨日からあらかじめ{霧除け}を施しているし、林のなかには先にニカ師が行って、〈蟲〉がいないかも確認してくれている。先生たちも活動中は巡回しているから、まず問題はないだろう。今日のために、討伐隊の人たちも先生たちの応援に来てくれている。だが、もし万が一ってことがある。救難信号が上がったら、皆すぐにここに戻ってこい。
——もし、〈蟲〉と出くわすことがあったら、逃げろ。いいか、踏み止まるんじゃない。中等部のお前たちにはなにもできない。逃げろ。ここを目指せ。それだけだ」
おそらく、ごくりと全員が生唾を呑み込んだだろう。セミの声がよく聞こえる。その場は、そわそわしていたのが嘘のように、しん、としていた。
草いきれの暑さがどこか遠くに感じるほど、オーズの言葉は学徒たちに響き渡った。
だが、注意喚起が終わったからだろう。
オーズはそれから、にかっと笑った。
「うしっ! 以上だ! お前たち、存分楽しんでこいっ」
実習開始! という声とともに、全員の緊張が去る。セミの声を掻き消すほど、わーと騒がしくなった。
「よーし、行こうぜ」
同じ班のドランが振り向いて、レーネたちに声をかける。ドランはすぐにふざけるどうしようもないやつだったが、楽しいやつではある。
魔法雑貨屋のレーネ、闇魔術使いのリヨン、霧詠みのセアス、箒職人のドラン。
この四人が同じ班で、今日一日行動を伴にする仲間だった。
「——なあ、おれ、今日いいもん持ってきた」
林に入ってしばらくしてから、ドランがうっしっしと笑いながら言う。
背負った合切袋を前に持ってくると、ドランはがさごそと物を漁る。出てきたのは、包装紙に入ったいくつかの菓子だった。
「あ、それ、うちのやつじゃん!」
魔女のうす焼き芋。
ぴょんもち果しずく。
かえかえ黒かたまり。
おしゃべり蜂蜜玉。
レーネの店の人気商品ばかりだ。
「お前んち、いいもん売ってるよな! 実習は疲れるから菓子持っていっていいんだぜって母ちゃんだまして持ってきたっ」
「なにそれ、せこい。ちょっと寄越しなさいよ。じゃないとおばさんに言ってやるからっ」
「お前はいつでも食えんじゃんっ」
「じゃあ、なんのために出したのよ! 今寄越さなかったら、あんたうちの店を出禁にしてやるからねっ」
「まじかよ。それはなしだ! これだって、父ちゃんの手伝いして藁だらけになってもらった小遣いで買ったんだよっ」
「それじゃあ、見せつけてないでさっさと寄越しなさい!」
レーネが仁王立ちをすれば、渋々と言いつつにやけたドランが、ぴょんもち果しずくを放って寄越してくる。
「……君たち、包装紙を落とさないでよ」
眼鏡を溜息で白くしながら、セアスが言う。
「え、お前はいらねえの?」
「……いる」
ドランがにやにやして言えば、セアスもただの八歳の学童でしかない。いくら真面目さがあっても、同じようににやっと笑って、魔女の薄焼き芋を受け取る。
「リヨンもいるか?」
ドランに聞かれると、リヨンはこくりと大きく肯く。レーネには、やはり仕草がいつもよりはっきり見える気がする。
(いやいや、それはないでしょ)
ドランがリヨンに渡したのは、おしゃべり蜂蜜玉だ。
リヨンへの嫌味のようでレーネは一瞬心配になったが、リヨンが興味深そうに包装紙を太陽にかざして透かしているのを見ると、余計な心配だったことがわかる。
くるくると包装紙を開けば、ひょいっと飴玉を口のなかに放っているのを見て、レーネはなんだかうれしくなった。
「——うわっ、なんだこれっ」
ごうっ、と小さな音がすると、セアスがぼうぼうと火の玉を吐く。
「やば、これってか、え、うわ、からっ」
セアスが火を吐きながら、うげえええと言うのを見て、隣でドランがのたうち回るほど笑う。
魔女のうす焼き芋は激辛なのだ。ちなみにレーネが考案した。
腹の底から笑いが出てきて、レーネも、あははと笑う。
「……っ」
「リヨン?」
レーネとドランが大きな声で笑い、セアスが瀕死の声をあげる。
そのなかで小さく、ほんとうに小さく、リヨンが笑い声をあげた気がした。
レーネはそれを認めて隣のリヨンを見ると、きれいな翠の瞳は笑みを浮かべていて、それは蜂蜜玉の甘さを堪能しているようにも見えた。
レーネたちの班は、そんな騒ぎからの活動開始だった。




